389.予定外の遭遇
タクリード皇宮のある一角。
ドレスとはまた違って布を何枚も重ね着たような民族衣装を身に纏った集団が輪を作るようにして話に花を咲かせているようであった。
その全員が再度の高い色とりどりの布を身に着けており、また一人でも何色もの色を重ね、然れども品良いそれらは廊下を煌びやかに埋め尽くしていた。
「申し訳ないのですが、そろそろ戻らなければ...。お父様に皇宮に滞在中とはいえど、お稽古は欠かさぬように申し付けられておりますの。」
「あら、そうなの?もう少し、貴女とお話していたかったのに残念ですわ。」
「ええ、ぜひまた次にお会いした時に。では、ご機嫌よう。」
中央で囲まれるようになっていた赤い衣装に身を包んだ彼女は心の底から申し訳なさそうに鏡のようにつるりとした灰の瞳を伏せさせて、そう言った。
すると、周りで好き勝手に会話を弾ませていた少女たちが一斉に彼女に振り向き、残念そうな表情を目元だけが出るように隠している布の下で形作った。
そのうちの一人が引き留めるようにそう言えば、彼女は楚々とした微笑みを浮かべて、一礼の後にその場を後にしたのだった。
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「あーもう、本当に骨が折れるったら。途中から別に私が居なくても会話が成り立っているし...まぁ、それは向こうでも一緒だけれど。でも、昨日よりは早く撒けたかしら?」
「ああ、そうですね。逆に一昨日は早くに退散し過ぎて今度は夫人方に捕まってましたし、今日は一番は最速だったかもしれませんね。」
既に第一皇子宮の区域に入って、他の誰にも絡まれることのない廊下でため息を吐き出すルシアに、その全身赤に染まった姿の後ろを付いていきながら、護衛のノックスは愚痴めいたそのぼやきに返答した。
今日も今日とて、他のメンツは各自に割り振られた仕事を遂行しており、ルシアもルシアでアリ・アミール皇子と会うこと、そして嫌々ながらも貴族たちとの交流の為に第一皇子宮の外へと足を運んでいた。
勿論、この第一皇子宮の中でアリ・アミール皇子に声をかけることも可能だし、何ならその方が面倒な貴族たちの相手をしなくとも済むのだが、可も不可もない妃候補として送られてきた令嬢を演じるには第一皇子宮の区域だけでなく、皇宮内の他へと行くことにも必要と感じたからだった。
それは人目がある場所では素を引き出すような会話は出来ないものの、まず追い出される可能性を下げる為には外野に向けて仲の良いアピールが重要と判断した為である。
外堀を埋めるにも人目があれば、いくら後の暴君であるシャーハンシャーの振りをしているアリ・アミール皇子といえど、妃候補というその肩書に酷くあしらうことも出来ないと踏んでの策だった。
何より、同じ区域に居るとはいえ、私室へ勝手に近付くことは許可されていないので一番アリ・アミール皇子に接触出来る可能性が高いのはこの第一皇子宮の区域外なのだ。
お陰で精神には多大な負荷がかかっていない気がしないでもないが、このぐらいは踏ん張ってみせようとルシアはこの作戦に乗り出したのだった。
「一度、部屋に戻って昼食を取ってからまた行きましょうか。ノックスは平気?疲労があるようなら午後はイオンに頼むけれど...。」
「いえ、俺は平気ですけど、...。」
「?どうしたの、ノックス。」
時間も良い頃合いだし、と既に与えられた部屋へと向かいながらも開口部から入る日光に手を翳しつつ、太陽の高さを確認したルシアが横目で背後のノックスに問いかければ、ノックスは一度、横に軽く首を振ってから口を開いた。
しかし、ノックスの発したそれは言い切ったものの末尾だけ不自然な途切れ方をしたので、ルシアは首を傾げたのだった。
「あっ、ル...お嬢様!前っ、前見て!」
「え?...きゃっ!?」
ルシアは訝しげに眉を顰めたものの、そのまま前に足を踏み出せば、ノックスが慌てたように声を上げた。
しかし、咄嗟のことにいつもの呼び方が出そうになり、それを訂正することにほんの一瞬だけ遅れが出て、ノックスの制止虚しく何かにぶつかって予想していなかった衝撃にルシアは大きくよろめいたのだった。
すぐさま、後ろからノックスに支えられるも少々の間、ルシアは放心していた。
しかし、ルシアはすぐに誰かにぶつかったのだと気付いて、その場に立ち直す。
それはそうだ。
ここは廊下の真ん中で柱や何かの調度品などが置かれているはずがない。
十中八九、人である。
「...あっ。申し訳ありません、お怪我はありませんでした、か。」
少し慌てて、然れど貴族令嬢らしく謝罪を口にしながらルシアは相手を見ようと視線を向けた。
あれ、なんかすっごいデジャヴ......。
瞬間にルシアは頭の中を駆け去った鐘の音を聞いた気がした。
けれど、もう既に向けた視線は相手を捉える。
太陽に照らされた稲穂の如き、彼の手を払うような動きに合わせて僅かに黄金の髪が揺れる。
次いで、赤い瞳がこちらの謝罪に反応してこちらを射貫いた。
それは紛れもなく、不機嫌そうな顔をしたよく知るこの国の第一皇子の姿――否、その双子の兄の振りをしたアリ・アミール皇子の姿で。
ルシアは思わず、目を見開いて固まってしまったのだった。
(うわ、100話超えても第七章終わらなさそう...)




