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386.金剛の竜人は諭すように語る(後編)


「あー、それでね。ケラのことなんだけどさ。まぁ、ルシアからすれば俺から言われてもって思うかもしんないけど、これだけは言っときたくて。」


「ええ。」


少しの沈黙が落ちた後にアナタラクシがそう切り出した。

元々はそれを気にしてアナタラクシはルシアと一対一の対話を望んだのだろうからルシアは素直に相槌を打った。

別にアナタラクシの言うことが余計なお世話とは思っていないし、ケラヴノスのことは相互理解が必要と感じていたから人伝てであっても話が聞けるのは有(がた)いことだった。


「......彼奴(あいつ)は人一倍、不器用なんだよね。人間との意思疎通が下手くそって言ったでしょ。ただでさえ、人間からしたら怖いかもなって顔してんのに何十年経っても無表情のままっていう...や、ヒョニ姐さんもそうだけど。ほんと、不器用。別にね、ケラはルシアのこと嫌ってないよ。(なぐさ)めとか、お世辞?とかじゃなくて。」


「......。」


アナタラクシの言葉にルシアは何かを返そうとは思ったものの、相応(ふさわ)しいと思える言葉が一向に出てきてはくれず、結局は少し口を開けただけで何も溢すことなく、それを閉じたのであった。

その様子にアナタラクシは困ったように笑う。

それを見て、ルシアはすぐに慰めやお世辞なんて思ってないわ、とアナタラクシに向かって声を上げたのだった。


ルシアだって、アナタラクシのことを(うたが)ってはいないし、彼の話はちゃんと本心からのものだと感じ取っていた。

けれど、ルシアの知るケラヴノスは竜人(りゅうじん)らしくて、何故か険しい顔でこちらを毛嫌いしている青年だった。

ただ単に嫌われているというよりは何かしらの理由がありそうな態度だとは思っているけども。

根本的に相性が悪いから嫌いだ、というにはその向けられる感情は一色ではなく、激しいそれは理由なしで向けられるようなものには到底思えないほどの熱量だったからだ。


それが幾つもの衝突の末の結果であるならば、相性の良し悪しであることもあるだろう。

けれど、再三言うがルシアがケラヴノスと初めて顔を合わせたのはつい最近、このタクリードに来てからである。

こんなの理由があると言われているようなものだった。

勿論、竜人として人間には分からない相性のようなものを本能で感じ取った可能性もなくはないが、それは他の知り合いの竜人や半竜(はんりゅう)がそんな素振りを見せたことがないことで低いと思っている。


しかし、アナタラクシの語るケラヴノスは、アナタラクシ自身がそうだからだろうか、何だか人間じみていた。

同じ価値観に住んでいないはずなのに、思い悩むことなどなさそうなあのファイアオパールが私たちと同じように迷いに揺れる様子が何故だかはっきりと脳裏に浮かんだのだった。

確かにアナタラクシの言うように不器用な人かもしれない。

けれど、嫌われていないという言葉を信じるにはケラヴノスの態度はあんまり過ぎた。


「ケラはマリアを崇拝してたから。」


「マリア...マリアネラ先王妃?」


「そ、マリアネラ。ウィルフレドが大事にしてたお嫁さん。」


またもルシアの思考を読んだようにアナタラクシはルシアの脳裏に渦巻く疑念を解いていくようにまた語り始めた。

マリア、その名前をルシアは聞いたことがある。

いつだか、隠れ里でヒョニが呟いたマリアネラ先王妃の愛称だ。


マリアネラ先王妃、ルシアの生家オルディアレス伯爵家の令嬢で現伯爵である父の姉に当たる人。

そして、先王に嫁ぎ、才媛と名高い()()()

ルシアは特殊例ではあるだろうが、それを除外しても人嫌いそうなあの竜人が崇拝するのが人の娘であるマリアネラ先王妃。

勿論、ただの娘だとは言わない。

言わないがあまりに突拍子なく思えて、ルシアは目を丸くさせたのだった。


「あー、噓じゃないよ?ケラはほんとにマリアを崇拝してたから。それこそ、ウィルじゃなくてマリアに仕えてたとしても可笑しくなかったくらい。」


「!!」


アナタラクシは信じ難いという顔をしたルシアに頬を掻きながら、さらに驚くようなことを重ねて言った。

言い方は悪いが、何処までいってもマリアネラ先王妃は才媛であっても竜王(りゅうおう)長子(ちょうし)の配偶者でしかない。

つまりは竜人たちが仕える人の妻として配慮することはあれど、(かしず)かれる立場にはないはずなのだ。

けれど、念を押すように告げられたそれは例え、ケラヴノス一人からとはいえ、彼女はそれを(くつがえ)すことが可能であったことを示していた。


それが事実あったかどうかはこの際、どうでも良い。

可能性があったことこそが何より驚愕に(あたい)することだった。

マリアネラ先王妃は王子と同じだと、否、それ以上の人物であったと言っても過言ではない。

だって、竜王の長子でないのにも関わらず、マリアネラ先王妃にあっては王家の血筋でないというのに、それを可能とするだけの人だったと。

主人公と同じことを出来る人物であったと。

アナタラクシは言ったのだ。


「まぁ、結局のところ俺ら三人はウィルに仕えたんだけどねぇ。...でも、これでケラがルシアに険しい顔すんのも分かったんじゃない?」


「...どういう意味?」


驚愕抜け切らない状態だったルシアにアナタラクシは少しだけ目を細めさせて言った。

ルシアは努めて冷静に自分を落ち着かせて、アナタラクシに尋ねた。

ケラヴノスがマリアネラ先王妃を崇拝していたことと、ルシアにアナタラクシの言では嫌っていないものの、厳しい言葉ばかりを険しい顔で放ってくることに関係があると言うのか。

意味が分からず、今まで一番深くルシアの眉間には(しわ)が現れた。


「マリアにそっくりなルシアが危険な場所に危険なことに自分から突き進んでいっちゃうのが心配で見てらんないってことでしょ。」


「心配......?」


アナタラクシはそんな顔をするな、とばかりにルシアの頭を撫でながら(さと)すようにそう言った。

ルシアは思わず、繰り返すように呟く。

心配。

アナタラクシはあれを、あの態度をケラヴノスが私を心配してのことだというのか。

考えたこともない解答だった。

けれど、その言葉はルシアの胸中にすとんと落ちてきた。

同時にとても渋い顔して心配してくる王子の顔が浮かんだ。

浮かんでしまった。


「俺らは竜人で人じゃないよ。ルシアからしたら可笑しなことも俺らからしたら普通だったりする。あくまで俺らは竜だからさー、行動する時に基準にするもんが違う。」


それはルシアも知ってるでしょ、と問いかけが末尾に付いているようにルシアは聞こえた。

人と竜人の、人外との価値観の相違は勿論、知っている。

実感もした。

けれど、どうしたって同じように思ってしまって。

そうしないように本来ならケラヴノスのことだってそういうものだと、生粋の竜人だからこそだと、ルシアの知らない基準によっての態度と割り切るのが正解のはずだった。

他の竜人たちとは人の感覚で渡り合えているのに、と傷付くことがそもそもの間違いで。


「でも、竜人だからって人を想わない訳じゃない。それは半竜っていう存在が居るんだから賢いルシアは分かるでしょ。」


でも、とルシアの思考を遮るように続けられた言葉にルシアは目から(うろこ)が落ちる心地で目を見開いた。

そうだった、傅くことはなくとも竜人が人を想う事例は幾つもある。

ルシアが知る者にもそれを証明する者が居る。

お互いに相手を思い遣って、歩み寄ることが出来ない訳じゃないという証明が。


「特に俺らは人の身近で生きてきたんだよ?ウィルと過ごした時間はえーと、30年くらい?ほんの一瞬だけどさ。マリアはもっと(またた)きの間だったけどさ。一緒に居たんだよ。生きてきたの。だからさぁ......。」


ルシアは撫でられ続ける手の隙間からその手の主を見上げた。

こちらに向けられたダイヤモンドがつるりと美しく光を乱反射させていた。

けれども、ルシアは確かに温もりを感じ取る。


「だからさぁ、根本的な部分を、違うことを変えることは出来なくても何が人の普通であって、何が人の普通じゃないかくらい。」


分かると思わない?と言いながら、アナタラクシは穏やかな笑みを浮かべて、撫でるの止めた。

最後に一撫でした手は未だにそれはルシアの頭上にあって人肌の温もりを伝えてきた。

それはじんわりとルシアの心に浸透するように広がっていく。


「実はさー、ケラは...ケラヴノスは俺らの中で人の機微には二番目に詳しいんだよね。」


退けられた手の向こう。

その先で困ったようにでもなく、へらりとでもなく、アナタラクシはいつもの子供っぽさを感じる顔でにぃ、と笑ってみせたのであった。

やっぱり、心配の仕方は馬鹿みたいに下手くそだけどね。

そんな言葉を口にしながら。


大分、竜人たちについて皆様、詳しくなったんじゃないでしょうか。

イストリアという国についても。

(え、竜人についてはほとんどアナタラクシとケラヴノスのことしか分かってない?まぁ、良いじゃないそれはそれで)


やっぱり、世界観から作るの楽しいですね。


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― 新着の感想 ―
[良い点] しばらく読むことが出来なかったうちに、ルシアは大変な事?になっていました。そして、今日は泣かされました。もういない人だけど、誕生日を祝うって良いですよね。 連載一年と1ヶ月?をお祝いしそび…
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