36.4年の月日(後編)
「オズバルド、ありがとう」
「いえ、貴女のお役に立てたのであれば俺は本望です」
紅茶を一杯、飲み終わるよりも前に現れたオズバルドとイオンを伴ってルシアは今、図書館に来ている。
高い位置の本をルシアが声に出すまでもなく取ってくれたオズバルドに礼を言うが返答は相変わらずだ。
相変わらずと思えるほどに私は王宮に入り浸ってたのかぁー、とついついルシアは感慨に耽るように自分の頬へと手を添えた。
うん、もう4年だもんなぁ。
この4年間、初年度に拉致だのヒロインとの遭遇だの騒々しいほどに慌ただしく過ごした割にその後、事件へと発展する物事はほとんどないままで過ぎ去った。
他の令嬢からの嫌味、王女の嫌がらせに王妃と再三に渡る遭遇時に繰り広げられる茶番とただただ平和な日々とはあまり言い切れない日々ではあったが。
まぁ、それも日常茶飯事となれば案外慣れて避けたり、あしらえるようになるものでして。
王宮でまだまだ過ごす必要がある以上、重要なスキルではあるけども出来ることなら身に付ける必要のある生活を送りたくはなかったよ...。
「お嬢、悩み事ですか?」
「!...いいえ、少し考え事してただけよ」
ルシアの護衛ということで入室しているイオンとオズバルド以外にこの開示制限のあるこの書庫には人が居ない為、イオンもルシアも素の会話であった。
ルシアが昔から思考を飛ばす癖をよく知っているイオンはルシアの表情を見ただけで、声をかけて遮った方が良いのか、それとも邪魔しない方が良いのか的確に判断して行動に移すので一種の目安代わりにもなっている。
我ながら悲しいことに筋金入りの無表情なのだが、イオンは見事に読み解くのでルシアは内心、イオンには心理読解のスキルがあるのでは、と疑っていた。
「さぁ、カリストに長居はするな、と言われたから執務室へ向かいましょうか」
ルシアは何冊かの本を抱えて扉へと向かう為に一歩を踏み出した。
実際にイオンの言ったことは決して全くの的外れということではなかった。
婚約をした初年度に続き、今年は結婚した初年度である。
一時期マシになっていた分、今年は激化しそうでならない。
嫌な予感がするなぁ。
...ああ、よくよく考えてみれば私と王子は新婚したてほやほやなのか。
とはいえ、10歳の子供と成人したばかりの14歳に求められるものなんてありはしないけども。
夫婦っていうより兄妹だもんな、家族という意味では精神面で何かと不遇な王子の支えになれてたりする?
そこはヒロインの仕事だが婚約発表したあのパーティー以降、ルシアは彼女を見かけていない。
作中のように頑ななほどに追い詰められるくらいなら、本来の役割ではないとはいえ、少しでも王子の息抜き場所になれていたら良いんだけど。
王子が良い子な分、あまり不憫過ぎるのは見てられないし、近くで見てきただけの情はあるルシアだった。
本件に付随するかは分からないけど最近ちょっと周りが騒がしいんだよなぁ。
ここ暫く、ルシアが大人しく王子の言い付けを守ろうとしているのもそこに起因していた。
王子はあまり見せたくないようだが、ここ何度も忙しくしているにも関わらず顔を出してきたり、気を張っていたりしているのをルシアは知っている。
前以上に護衛をしっかりと付けたり、決して離させないように言うのも同じ理由が根本にあるだろう。
食事を一緒に取るのも王子の傍らで、王子と同じ物を食べることが毒混入のリスクは上がれど十全に対策している分、安全と判断したからに違いない。
現に毒見役の人が数度入れ替わっているようだし、使用人も入れ替わりがあるようでどうもきな臭いけれど。
何よりルシア宛ての贈り物はいつも検閲されているものの、ここ最近に限定して、その幾つかは手元に届いていない上に中身の報告がないことをルシアはしっかりと気付いていた。
普段であれば、嫌がらせの類いはルシアの手元に届けられずとも何かしらは報告があるのに、だ。
これは本格的に行動を慎んで、ちょっと注意、警戒が必要かもしれない。
「イオン、頼み事」
「あー、なんなりとお嬢」
まぁ、私が薄々気付いているのも見越してのお小言や護衛なんだろうけど、私は私で少し調べさせてもらおう。
...そんなことの為の二人体制ではないと後で怒られそうではあるけども。
魔窟は本当にいつだって魔窟だなぁ、全然嬉しくないけど。
リアルでこれは最悪で済まないよ。
...まぁ、小説に酷似しているからあまり現実的という思考が当てになりそうにないけど。
ルシアは本日二度目のため息を吐きながら執務室へと向かうのだった。




