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375.少女の提案の意味するところ


「ねぇ、ハサン。少し聞きたいのだけれど......。」


「...はい、私に答えられることならば何なりと。」


数分前にノックを鳴らしてこの部屋まで迎えに来た王子が怪訝な顔をするのも構わずにルシアはハサンの耳元に(ささや)くように身を寄せた。

ハサンは目前の王子の視線にやや眉を下げながら、ルシアの(つづ)る言葉を聞く為に身を少し屈めたのだった。


「...はい。妃殿下の(おっしゃ)られる通りです。......しかし何故、それをお聞きに?」


ルシアの声が最後の音を紡いで、少しの戸惑(とまど)いを落ち着けるような間を置いてからハサンはゆっくりとルシアに向かって(うなず)いた。

けれども、その顔は疑問符で埋め尽くされている。

そのことにより王子は眉を寄せる。


ルシアの声は凛としてよく通る声だ。

しかし、それを理解した上で抑えられた囁きはハサン以外には見事に届いていなかった。

果たして、ルシアはハサンに何を言ったのか。

ハサンを困惑させるような何を。


つい飛び出したとでもいうようなハサンの問いにもルシアは目を細めるだけで何も答えはしなかったのだった。

王子は伏せられ切ってしまって、何一つ内容が分からないそれに何故か途轍(とてつ)もない嫌な予感を覚えて、口も引き結んだのであった。



ーーーーー

ルシアとハサンが話をした部屋に今度は他の皆も含めて全員が(つど)っていた。

作戦会議が再会したような、そんな光景である。

しかし、この収集をかけたのはルシアであり、ルシアはこれを作戦会議の再会とは言わなかった。

ルシアは好戦的ないつもの笑みをその顔に貼り付けていたのであった。


否、これは作戦会議の続きには違いなかった。

ただ、今まで話し合ってきたその内容をそのまま続ける気がルシアに毛頭なかっただけの話で。


「急にごめんなさい。急遽、伝えたいことが出来たの。」


「構わん。なに、どのみち作戦を詰める為にもう一度、集まるつもりではあっただろう。気にすることはない。」


周りの反応を見るのもそこそこにルシアはそう切り出した。

言葉では謝罪を口にしていたが、その表情と灰の瞳は全くそんなことを思っていないとばかりに覇気のあるものだった。

他人の都合など、知ったことではないと言わんばかりであった。


それにシャーハンシャーが同等に好戦的な口角を持ち上げて、一蹴するように返答した。

何かが、ルシアの中で何かが変わったようだということはこの場に居る皆がその(まと)う雰囲気で勘付いていた。

それがハサンの話を聞くといってこの部屋に入った後からだということにも気付いていた。

シャーハンシャーはルシアとハサンが何を話したのかは分からないが、それが今、この状況を生んでいることは理解していたのだった。


まるで面白いことは始まったとばかりにシャーハンシャーは煌々(こうこう)()()瞳を弧に形作る。

人に寄れば気圧(けお)され、腰が引けてしまうその視線にルシアは真っ向から視線を返した。


「あんなに話し合った後で悪いけれど、作戦を変更するわ。」


「ほう?」


何を言うかと思えば、ルシアは作戦変更を言い放った。

シャーハンシャーが面白がるように頬杖を突いた。

王子は(いま)だに背を這う嫌な予感にいつも以上の仏頂面を(さら)して、ルシアにその紺青を向けていた。


作戦変更。

今現在、押し進めている作戦ははっきり言ってそれ以上もないが、最善かと言われれば足りないように思えるものだ。

もっと良い案があれば、と考えてしまわないとは言い切れない作戦である。

しかし、後は詳細を詰めるだけであった。

この作戦に不備はない。

このまま、実行しても差し支えはない。

それなのに、ルシアは作戦変更だと告げたのだった。


「変更よ。全く違う作戦に替えるわ。ただ、内と外から揺さぶるという点が同じだけの。」


「そうか。――して、具体的には?」


ルシアは言葉を重ねる。

その様子はよりはっきりと断言するようなそれは誰にも反対させないと言っているようだった。

それを感じ取ったからだろうか、シャーハンシャーは否定を口にせずに頷いただけでその具体性のない話の先を促したのだった。


ルシアはシャーハンシャーに視線を固定する。

言葉より雄弁な炎が一対。


「皇宮に行くのは私と私の護衛として選んだ者だけ。シャーにもこっちに来てもらう。だから、外はカリストに実行してもらうわ。」


「ルシアっ!!」


ルシアが放ったその言葉に衝撃を受けたように室内が少しざわついた。

それを掻き消すように王子の声がルシアの名前を大きく、そして非難するように呼んだ。

良くも悪くも何度も見る光景であるが、いつもより焦燥が紺青に沈んでいたのは間違いようのないような声だった。


「はははっ、また大胆な変更だな!!それで?俺とカリストを入れ替えて。ルシア、貴様はどうしようというのだ?」


王子が言葉を重ねるよりも、ルシアが口を開くよりも早く、シャーハンシャーの笑い飛ばすような声が室内にこだました。

しかし、次の瞬間にはもう獲物を一飲みしようと目を光らせる蛇のような瞳を見せて、シャーハンシャーはルシアに問うた。


王子とシャーハンシャーを入れ替える。

王子が内なのはイストリアの第一王子夫妻が夜会の招待を受けていてその名目で皇宮内に入ることが出来るから。

シャーハンシャーが外なのは皇宮内で彼の正体を知らぬ者は居ないからだ。


それを反対にするということは不利益しか生まない。

そうとしか思えない。

しかし、ルシアはそれを入れ替えるという。

それはどういった意図なのか。


「そうね。詳しく説明をすれば、少しだけ長くなりそうではあるのだけれど...。」


「良いぞ。好きに語るが良い。」


ルシアは話に乗ってきたことを喜ぶようににぃ、と口角を上げながら言い(よど)んだ。

シャーハンシャーはより面白くなったとながりに続きを促す。

ルシアは一度だけ彼の背後のハサンへと視線を向ける。

ハサンはその視線に何かに気付いたように目を見張った。


「まず、一言だけ先に。私、タクリードの第一皇子殿下に嫁いでくるわ。」


「!?」


ハサンが止める間もなく、ルシアはにこりと微笑んでそう言い放った。

まるで爆弾を投下させるが如く。

室内が驚愕に埋まる。

ガタッと誰かが椅子を倒したような音が響いた。

シャーハンシャーだけがその光景を少し遠方から眺めるように片眉を跳ね上げさせたのであった。


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