370.それでは改めて、話し合いを
「...分かったわ。今、この時よりハサンのことは味方として置いて話を進める。それで良い?」
「ああ、ハサンが持ってきた情報は全て開示させよう。今後もあちらと行き来させるだろうが、此奴は下手を打つほど無能ではない。安心すると良い。」
先程までに何度か訪れていた沈黙とは違う静寂が落ちていた部屋の中で気を取り直したルシアは話を進める為に口を開いた。
冷静に効率的に無駄に言葉を重ねることはしない。
例え、まだ追求したいことがあれど、まだ疑心を持っていたとしてもそうしないのは今、それを言い連ねても時間がただ消費されるだけだと知っているからである。
勿論、獅子身中の虫にならぬように慎重になるべきこともあるが、少なくともシャーハンシャーが自分の利にもならないことをしないというある種の信頼があるからだ。
今回に関しては協力関係であり、利害が一致しているのだから、ルシアはあっさりとハサンの立ち位置をこちら側へと定めたのであった。
ルシア自身、ハサンがスパイだと聞いて腑に落ちたこともあった。
ルシアのそこまでの思考は同様に頭の回る王子たちにも理解が出来たらしい。
シャーハンシャーはルシアの進めた流れに無為な逆らいを入れることなく頷いて、より明確に断言する。
それは彼の所在と責任をシャーハンシャーが持つということに他ならない。
この場においてはこれ以上ない保証だろう。
王子もハサンと対峙したばかりではあるが、口を挟むことはしなかった。
「...なら、今後の作戦もまた立て直す必要があるわね?」
ルシアはそう言って、灰色の瞳をきらりと光らせた。
三人が同意したことで今後の作戦を立てるにあたってハサンが味方であることが前提となったのだ。
そして、それが今ここで初めて確定させた情報であるということはまだそれを踏まえた作戦会議は出来ていないということ。
「......。」
ルシアはすっと視線を部屋の端で我関せずとでもいう態度で腕を組み、壁に凭れ掛かっていたケラヴノスに向けた。
ケラヴノスはその炎の瞳で受けて立った後、如何にも呆れたようなため息を吐いて、目を伏せた。
非常に腹立つ態度ではあった。
しかし、それをルシアは勝手にして良いという肯定として、これまた勝手に決めて微笑んだ。
シャーハンシャーにも匹敵する不敵な笑みであった。
「さぁ、では作戦会議をしましょうか。カリストもシャーも食事を取りながらの話し合いでも構わないわよね?」
ルシアのその言葉に否やを言う者は一人として居なかったのであった。
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「作戦の中で別働隊として動くのであれば、それも受け入れるわ。でも、このままなら私は絶対に首を縦には振らない。これは無駄でしかない。」
「ああ、そうであろうな。では、やはりカリストとルシアで賓客としてそのまま王宮内に入ってもらうか。」
「そうね......他に妙案がなければ、それが妥当でしょうね。なあに、文句でもあるかしら?」
時間は少し経って、話し合いは中々に熱の入ったものになっていた。
ルシアが何かを言えば、シャーハンシャーが、王子が間髪入れずに言葉を返し、ルシアもまた二人の意見に間髪入れずに言葉を重ねる。
会議は物凄い勢いで話がまとめられ、進んでいた。
テーブルにはほぼ手付かずの軽食が、これは軽食と言って良いのかというほど大量に並んでいる。
その中で現在、ルシアは眉を顰めていた。
頑として、これだけは覆しはしないし、覆させはしないという顔をして誰にというよりは皆に言い聞かせるように意思表示を示し、言い放ったのであった。
それはルシアが居ない間に挙げられた皇都の宿屋にルシアを置いていくという提案について。
それにルシアは強い拒絶を示したのである。
効率良く物事を進める采配としての配置であるのであれば未だしもただの厄介払いなど受けて堪るかと言わんばかりに。
シャーハンシャーが自分のことでもないのに得意げに笑って、テーブルに並んだ軽食の中から適当に摘み上げて口へ運びながら、ルシアの我儘にも近い意見を寛容に受け入れて、作戦を組み立てていく。
ルシアは少しだけシャーハンシャーの様子に怪訝そうな表情を浮かべながらも話を進めることを優先した。
ただ最後に、黙り込んでいる王子へ向けて小首を傾げてみせたのは偏に先の提案についてその場に居た者がどのような反応をしたのかを面白可笑しく嬉々としてシャーハンシャーが発したからである。
「...いや、ないな。」
「そう、それなら良かったわ。」
凄みのあるルシアの笑みを意味を正確に読み取った王子は苦々しい顔をして、そう溢したのであった。
ルシアはその返事に満足したようににこやかに笑う。
その笑みすらも喜び以外の感情が混じってあるような見ていた者たちは皆、思えてならず、僅かに口元を引き攣らせるなり、苦い表情を浮かべるなりしたのだった。
シャーハンシャーだけが完全に己れのペースで話し合いを強引さえ思わせるスピードで進めていくルシアの姿に声を立てて笑ったのであった。




