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368.紫眼の青年は膝を突いたのだった


何度か目を(またた)かせたルシアは反射で持ち上げていた手の傘を下ろす。

最早、そこら中から聞こえてくる喧騒は慣れたもの。

心無しか、往来の人の行き交いも(せわ)しい様子にほんの少しの間であったのに懐かしさを覚えて、ルシアは何とも複雑な表情を浮かべた。


「...貴方には悪いけれど、半々の確率で全く違う場所へ連れていかれると思っていたわ、

私。」


「...左様ですか。」


ルシアがその表情のままに少し前で立ち止まったままのこちらに半身を向けて、こちらの動作を待っているハサンを見上げて言えば、ハサンは変わらぬ表情で短く返答したのだった。


ルシアは視線を正面に戻す。

視界に広がるのは大通り。

ルシアは宿屋から数歩、歩いた辺りが今居る位置だというのが、周りの景色を見て気が付いていた。

確かにハサンは宿屋のすぐ傍に出る、と言ったけれど、こんなに近くだとはさすがに思っていなかった。


「ここまで来たら、私一人でも宿屋に行けるわ......貴方はどうするの?」


「...私も宿屋まで行きます。」


「そう。」


陽光の下に一歩、踏み出してからルシアは敢えて横に並んだハサンにそう尋ねた。

ハサンはその意図を知ってか、知らないのか、やはり読めない表情で静かにここまで来たのだから最後までとでも言うようにそう言った。

ルシアはそれ以上、追求することなく、今度はハサンの先導に付いていかずに前を行くように歩き始めたのだった。

ハサンは少しだけ興味深げに華奢(きゃしゃ)な背中を見てから選手交代とばかりに後ろに一瞥(いちべつ)もくれず前を行くルシアを追うように足を進めたのであった。


大通りの人混みの中を進み始めた二人の位置からはもう既に家々の隙間に隠れるようにあった旧路地の入口は壁と壁の隙間に溶け込んで見えなくなってしまったのであった。



ーーーーー


「殿下、そのままルシア様を遠ざけていてください。」


「ああ、元よりそのつもりだ。」


「ノックス...!!カリスト、貴方もよ...!」


腰を落として、愛用の剣を引き抜いて、いつでも飛び掛かれる様子でこちらに背を見せるノックスが険しい顔をしているだろうことを理解してルシアは身を乗り出す。

しかし、それは王子によっていとも容易く止められてしまい、そのまま(かか)え込まれてしまったことで充分な身動きが取れなくなってしまった。

あー、もう!!ちょっとは人の話を聞いてくれないかな!?

内心で盛大にルシアは叫ぶが現実問題、ノックスと王子を始め、ルシアの話を聞いてくれる状態にないのが現状であった。


ルシアは真っ直ぐに視線を送る。

それは剣を間近に突き付けられているのにも関わらず、静かに(たたず)んだハサンに対して向けられていた。

けれど、ハサンはルシアのその視線に気付いて尚、動かない。


少し考えれば、こうなるのも必然だったのに...!

ルシアは作戦らしい作戦を立てずにハサンと連れ立って宿屋まで戻ってきたことを少しだけ後悔した。

いや、あの状況では仕方ないと思うんだけども。


ルシアは回想する。

旧路地から出た後、宿屋まで辿り着いたところで丁度、出てきた王子と出くわしたことを。

王子としては食事を前に少し気分転換も兼ねて、外の空気を吸いに出たところであった。

ついでにそろそろ帰ってくるだろうルシアと一緒に食事へ戻れればと考えていたのだが、ある意味、王子の思惑通りになったということだ。

ただし、ルシアに付き添う青年が護衛のノックスではなく、目下、敵側の人間かもしれないと遠ざけたハサンだったのだから、王子がルシアを引き寄せて、ハサンと対峙したのは至極当然のことだった。


ルシアはハサンと再会した時のことから旧路地でのことを含めて、ここまで何もせずに本当に送り届けてくれただけのハサンを少なからず敵対者から外し始めたところだった。

少なくともハサンを問答無用に斬り掛かってくる敵ではなく、対話可能な者として認識し始めていた。

だから、今にも剣を抜きそうな王子に慌てて落ち着くように声をかけたのだが、何故かいつもより苛立ったような、ハサンを鋭く見据えながらもそんな口の引き結び方をした王子は少々(かたく)なに取れる態度で聞く耳を持たなかったのであった。


それだけでもルシアは充分に眉を引き下げて、どうにかしてこの状況を鎮静して説明をする方法を探すのに頭を回転させた。

心無しか、刻一刻と険悪さが増しているように思うのだ。


しかし、そこに守りではなく、攻撃に戦い方を転じたことで一気に敵を()ぎ払って倒し切り、行方の知れない、既に周辺の何処にも居る様子のないルシアを探す為に取り敢えず、増援を呼ぶことも含めて、宿屋へと戻ることにしたノックスが帰ってきたのだ。

ノックスもノックスでルシアの姿とそれを庇うように抱える王子とその対峙する先に居るハサンを見咎めて、焦りの顔を殺気に満ちさせたものだから、状況はより複雑に悪化したのだった。


そうして今、ルシアは王子に抱え込まれて後ろへと強制的に下げられて、ノックスが王子の前に立って抜刀し、ハサンがそれに武器を手に取ることもなく、然れど、逃げることもなければ表情を変えることもなく対峙する、という状況が出来上がったのであった。

そして、誰も私に話す隙すりゃ与えてくれない。

こうなれば、耳を痛めるのと周辺への迷惑を代償に高音且つ最大声量で叫ぶか、とルシアは目を据わらせた時である。


「殿下、どうされましたか...!」


宿屋の中からフォティアを筆頭に側近たちが飛び出してきたのだ。

彼らは外に一人で出た王子の様子を見に入口近くまで来たのである。

いくら、ハサンが攻撃の意思表示をせずに突っ立っているだけとはいえ、大通りでこうも分かりやすく対峙していれば、周りは注目する。

喧嘩が一種の娯楽になっているこのアフマル()の地では尚をこと。

ならば、外がいやに騒々しいことに側近たちが気付かない訳がなく。


「......お前は。」


出てきた側近たちは騒々しさの中心に居るのが己れの仕える夫妻であることに気が付き、そしてその対峙している青年が誰であるかも気が付いた。

途端に鋭くなる彼らの瞳にルシアがいよいよこれ以上、面倒になる前にと口を開き、息を吸い込んだところだった。


「うん?これは何の騒ぎだ?」


殺伐とし始め、いよいよ喧嘩が始まるかと野次の熱気も最高潮に上がったところであった。

場違いなほどのんびりとした声が響いたのは。

ルシアはばっと宿屋の入口を振り返る。

そこには気怠(けだる)げなシャーハンシャーの姿が。


「......ほう?これはまた、面白いことになっているな?」


周囲を見渡した彼がにぃと笑ったのが布面の上からでもルシアにはよく分かった。

シャーハンシャーは周りの視線と膠着状態ににも意に介さず、渦中へとゆっくり足を踏み出した。

誰も彼の動きを止めることが出来ないまま、シャーハンシャーはハサンの腕を伸ばせば触れられる距離まで歩き、やっと立ち止まった。


「ハサン。」


「はっ。只今、戻りました。」


シャーハンシャーの呼びかけに今の今まで斬り殺される寸前になっても微動だにしなかったハサンは綺麗で無駄のない動作で膝を突いて、(こうべ)を垂れたのであった。


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