35.4年の月日(前編)
竜を失ったかつての強国イストリア。
この国の街並みの中から竜が消えてから10年経った。
そう、10年。
今日もまだイストリアは存在している。
私こと、ルシア・クロロス・オルディアレス改め、ルシア・ガラニスは王子宮の自室にて欠伸を噛み殺していた。
王子の婚約者となった日から早くも4年の月日が流れていた。
私は婚約当初の王子の年齢に追い付き、王子は先月の誕生日をもって、成人した。
それによりつい先日、盛大なる結婚式が行われたのである。
勿論、私と王子の、だ。
結局、私は婚約中にフラグを折ることは敵わず、とうとう結婚まで来てしまったのだ。
まぁ、元よりそれを見越しての離婚目標だったけども。
10歳で人妻って、どうよ……!?
前世では三十路間近でも気配なしだったのに!!
この国では、特に貴族などでは年の差婚も少なくなく、そういった場合は大抵、幼い方が男ならば成人の年に、女ならば最短で10歳で結婚する。
ルシアたちも年の差はそれほど離れていないが政略結婚になるので色々な思惑が動作しまくった結果、王子の成人の年に結婚という流れになったのである。
「お嬢、殿下がお呼びでしたよー。ほら、朝御飯の」
「あ、忘れてた。そういえば、一緒に食べる約束してたわ」
ノックを響かせ、こちらの返事を待たず入室してきたイオンの言葉に慌てて姿見の前で身を整える。
…というか、了承なしに押し入ってくんなよ。
いつものことだけど!
イオンはルシア付きの従者兼護衛兼密偵としてオルディアレス家から王宮仕えへとなった。
しかし、今や王子妃になったルシアに対しての態度は一向に変わっていない。
常に完璧従者モードのイオンも薄ら寒いので良いんだけどね。
ルシアはさっと飼い猫を呼び寄せて、先日から自室となったこの部屋をイオンと共に出た。
ーーーーー
「カリスト様、おはようございますわ」
「ああ、おはよう」
本日は春の陽気麗らかなテラスにて朝食である。
席に着いていた王子に朝の挨拶をして、ルシアは向かいの席へ着いた。
「フォティアもおはよう」
「はい、おはようございますルシア様」
挨拶を終えて、テーブルには料理が並べられる。
全てを運び込まれたのを確認した侍女は主の指示を待たず、心得たようにテラスから辞した。
まぁ、いつも王子が下げてしまうからね。
「それで?最近、忙しかったみたいだけど」
「別に少し時間が空いただけだ。...ルシア、この後は?」
婚約当初は猫を被っていた王子の騎士たちには徐々に素を見せることが多くなり、今ではイオンと同じように声をかけている。
ノーチェに指摘されたように白々し過ぎてお互いに気不味くなったとも言う。
なので、こういった彼らや王子しか居ない場所では猫は散歩させていた。
「ああ、いつもと変わりなく。図書館へ行って読書を。たかが貴族子女では読むことの出来なかった本をまだ読み切っていないの。カリストが良いと言うなら執務室でも訓練場の見える個室でも、本を借り出して読むけれど?」
「......今日は執務室だ」
お互いに食事を口に運びながら会話を繰り広げる。
王子の返答は了承の意である。
そうなのだ、伯爵令嬢では開示不可だった本の幾つかが王子妃になったことで読むことが出来るようになったのだ。
本当は図書館のそれが収められているスペースの本は持ち出し不可の物ばかりなのだが、王子の執務室という場所で当の王子の許可ありなら持ち出せるはずだからと提案して良かった。
「オズバルドを付ける。イオンが居るからと勝手に向かうなよ?」
「ん、分かったわ」
ここ2年前くらいから王子はルシアの扱いを完全に心得ており、ルシアが王子宮の外に出る時はどちらかが離れることになってもどちらかは留まれるようにと二人は護衛として付けるようになったのだ。
ルシア関連以外に仕事の少ないイオンが付いていても必ず一人は派遣される。
そして、こうやって釘を刺す。
あんたは私の父か兄か!!
過保護という言葉は既に何度も頭を過っているが未だに止めらせる目処はなし。
まぁ、婚約以降に何度危険に晒されたか分かっているので強く言えないし、その内の幾つかは自分から首を突っ込んでいることも今後も突っ込まない訳がないことも自覚の上なので毎度、説教交じりの説得の末によって折れている。
この二人体制も婚約2年目から続いているので最早、諦めが出て馴染んできた。
他にも色々と王宮の各所に馴染んでしまって私の庭とも化しているがこれで良いのかという感じは否めない。
「ごちそうさま。では、後でねカリスト」
「ああ、あまり図書館に長く留まらないように」
席を立つ王子にひらひらと手を振って送り出す。
またもやお小言をもらってしまった。
本当に私を年の離れた妹のような扱いばかり王子は上手くなってしまった。
私の方がずっと中身は年上だからな!?
はぁ、とため息を吐きながら随分、彼が作中の主人公へと近付いてしまったものだと思っていた。
成人したからって大人び過ぎていやしないか。
元々、背伸びせざるを得なかったませたガキだったけども。
ルシアはここ暫くは王子の言い付けを素直に聞くつもりだったので、大人しくオズバルドが来るまで紅茶を喉に流し込んだのだった。




