366.助っ人(後編)
※今回は前半はいつものルシア視点ですが、後半はカリストの視点になります。
厳密には今回も(後半は)第三者視点に一番近いと思う。
「......。」
ルシアは睨み付けるように前方に立つ青年を見つめた。
少しだけ腰を落として、無駄になる可能性の方が大きいけれどいつでも逃げられる態勢を取ったのは敵を前に足を退いたのと同じ最早、本能的なものだろう。
しかし、ルシアの視線を受け止めるその青年はそれは平然とルシアに向き直っていた。
その背後には先程、ルシアと一対一の対峙をした敵が一人、地面に突っ伏して伸びていた。
たった瞬きほどの間に目前の青年が地に沈めてしまったのである。
尚もルシアの一方的な睨み合いは続く。
青年は去るでもなく、ルシアに近付くでもましてや危害を加えることもせずに、表情の抜け落ちたような、仕事だから助けたのだと今にも言い出しそうな、ある意味、冷め切った瞳を静かに伏せた。
その顔は、その表情はルシアが何度も見たそれととても良く酷似していたのだった。
突然、現れては自分に迫る敵を斬り捨てて、窮地を救ってくれたその青年。
また、睨め付けるルシアの前で目を伏せてみせたその姿に、ルシアは敵意を一つとして感じられなかった。
敵を斬り伏せるのに手にしていた武器も彼の腰へと戻っている。
完全にこちらを傷付ける意思はないと取れる行動だ。
それでも、ルシアは身体に篭めた力は抜かずに腰を落とした態勢を解くことはなかった。
それはその青年が今先程、取った行動が余すところなくルシアを助けるもので味方だと示すものであると理解していても、彼が持つ不安要素もしっているが故に、警戒を解いて近付けるほど信用に足る人物とは断言出来なかったからである。
しかし、いつまで経ってもその無防備状態を晒したまま動きもしない青年にやがてルシアが動いた。
恐る恐るといったようにゆっくりと音を立てずに距離を開けながら、僅かに身体の力を弱めた。
一つ深呼吸を吐く。
ルシアのそれら全ての行動を空気の揺れだけでも感じ取っていても可笑しくないのに微塵も動かない青年に、ルシアは逸らしていた訳ではないが改めて鋭い視線を向けた。
「......どういうおつもり?」
「...。」
短く問い詰めるようなそれに青年は目深に被ったフードの影になっていても分かる褐色の瞼が閉じた時と同じように緩やかに静かに持ち上がった。
一対の双眸がやはり無感情な色を宿して、その紫眼の中にルシアを映し込んだのであった。
目が合っているのに合っていないような、そんな気さえしてくる。
それでも少しでも真意を探るようにルシアはじっくりと自分の鏡像にピントを合わせる。
「...どういうおつもりかしら、答えてくださる?――ねぇ、ハサン。」
ルシアは沈黙を続けるその青年の名を硬い声音で呼んだのであった。
ーーーーー
ルシアが紫眼の青年と対峙し、ノックスが数の差を物ともせずに特攻を決めていた、一方、その頃。
宿屋のある一室にて、青年たちが張り詰めた空気が漂う中、テーブルを囲んでいた。
ルシアの欠席した作戦会議の最中である。
「――して、カリスト。貴様はどう思っているのだ?」
聞いておいて然程、興味がない風に周囲の目を気にせず、頬杖を突いてその紅い瞳を閉じていたシャーハンシャーがすっと瞼を持ち上げて流し目をカリストへと寄越した。
視線を受けたカリストは黙したまま、その紅と向き合う。
気怠げに見えて、その瞳には気を抜けばすぐさま喉元に喰らい付かれそうな、そんな怪しさと凶暴性が潜んでいた。
少しの間をおいてからカリストは口を開いた。
「......ケラヴノスの言にも一理ある、とは思う。」
「殿下...っ!!」
低く静かにカリストがそう溢せば、オズバルドが堪らずといった様子で声を上げた。
そこには少なからず非難めいた色が含まれていることは人の機微を敏感に感じ取るカリストでなくても分かるほどのものであった。
カリストがちらりと周りを一瞥すれば、他の側近たちもオズバルドと似たり寄ったりの険しい表情を浮かべていた。
「...殿下、確かにそれも手の一つかもしれませんが、イオンたちが認めるかは分かりません。」
「認めるだろうな。少なくとも、ルシアが今のままであれば。」
「シャーハンシャー殿下!...確かに、そうかもしれませんが。」
隣で仕えるものらしく立っていたフォティアがすっと上半身を僅かに前傾させて、カリストに意見を述べる。
しかし、それにカリストが何かを言う前にばっさりとシャーハンシャーが否定を発した。
フォティアはほんの少しいつもの冷静な表情を崩して焦り気味で咎めるような声でシャーハンシャーの名を呼んだ。
ただ、すぐにはっと気を取り直したようにフォティアは抑えた声音でシャーハンシャーの言葉を受け入れる。
心無しか、その表情には苦々しく悔しげなものが混じったのをカリストは横目に見咎める。
「何もそうしろとは言っていない。ルシアがあのままであれば、それも作戦としてあり得ると言ったまでだ。どちらかと言うのであるのなら、俺は賛成はせぬな。」
勝手に早とちりしてそのような顔をするな、と言わんばかりにシャーハンシャーは余裕然とした決定者ならではの視線をフォティアに返す。
フォティアは一瞬だけたじろいで身体を揺らしたが、すぐに分を弁えたようにシャーハンシャーに向けて一礼をしてから元の位置に戻った。
「...カリスト、本当にそれでも良いと思っているのか?」
「...ああ、そうだな。」
椅子の背凭れに凭れ掛かり、腕を組んだイバンが分かりやすく眉を顰めたまま、再確認のように聞くのに何処か居心地悪い心地でカリストはぎこちなさを残した動作で頷いた。
イバンが納得のいっていない顔でじっと真意を探る視線を寄越すのをカリストは堂々と受け止めたが、その視線にも今にも目を逸らしてしまいたいような心地を感じたのだった。
「...僕は反対ですね。確かに今のルシア様を気になされるお気持ちは分かります。ですが、あの方が居て初めて、全てが上手く回るように思うのです。」
「...俺もピオと同意見ですね。――ニキティウス、お前は?」
「んー、ケラヴノスの意見が間違ってるとは言わないけどまぁ、ピオとノーチェと一緒かなー。なんか、ルシア様なら絶対どんな作戦でも成功させてくれそうな気がするんですよねー。」
ピオ、ノーチェ、ニキティウスの順に自分の意見を述べていく。
誰一人、発案者のケラヴノスを責めることこそはしないが、揃って反対を口にしたのだった。
先程の様子からフォティアもイバンも彼らと同意見であることは充分に窺える。
どうやら、側近たちは誰もケラヴノスの案には乗らず、決して全面的ではないものの、ただ俺一人だけがそちらへと意見を傾けているらしい。
「貴様の部下共はこう言っているが...どうするのだ、カリスト?今回の作戦、主に俺にとって重要なものであるが故、言いたい放題してきたが、事これにおいては貴様に決定権があるぞ。」
すっと心の内まで見透かされそうな、そんな目をシャーハンシャーは細めて言った。
カリストは黙り込んで、この場全員の視線を受け止める。
居心地悪さはまだ続いていた。
「......何にせよ、ルシアの様子を見なければ決めようがないだろう。」
ある種、逃げの言葉だった。
だが、この場において最適解であるかもしれなかった。
ピリピリとした空気だけが残り、室内に沈黙が落ちる。
先程、ケラヴノスが声を発した時と同等の険しい表情や空気ばかりが充満していた。
「......そう、ですね。確か今、ルシア様はノックスが外へ気晴らしに連れ出しているのでしょう?予定であればそろそろ帰ってくるはずですし、一度、休憩を入れませんか。」
「...そうだな。シャー、良いか。」
「ああ、俺は構わん。」
重い空気の中、最初にそれを破ったのはピオであった。
窓の外の日の高さと部屋に置かれた時計を見て、そう提案した。
委ねられたカリストは緩慢に頷き、もう一人の決定者へ尋ねる。
シャーハンシャーは事もなげに首肯した。
「うむ、暫し休憩としよう。スズ、部屋に戻るぞ。」
「――分かりました。」
ガタンと椅子の音を立ててシャーハンシャーは立ち上がり、己れの魔術師へと呼び掛けた。
そしてそのまま、まるで下らない話し合いであったかのように大っぴらな背伸びをして欠伸を吐き、スズを背後に連れて廊下へと消えっていったのであった。
そこからは続々と昼食等の準備を整えてきます、と言ったピオを筆頭に疎らに皆、退出していく。
最後にカリストとフォティアとケラヴノスだけがこの部屋に残った。
まだ立ち上がる気配すらないカリストに一度、目をくれてからケラヴノスは扉へと動き出した。
しかし、途中で足を止めてカリストへと振り返る。
カリストはその燃え盛るファイアオパールを見つめ返した。
「俺は何があろうと意見を変えない。人間の小娘は皇都に着けば、宿か何処かに置いていけ。」
硬質な声音でそれだけを言うと、もう用はないとばかりにケラヴノスは去っていたのだった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ってからカリストはゆっくりと立ち上がる。
大丈夫ですか、と声をかけてくるフォティアに一言、平気だということを伝えてカリストは隣の自室として借り入れた部屋へと向かったのであった。
すみません。
0時にはほぼ完成してたんですが、前書きやら何やらの調整を考えると滑り込みアウトでした(ただの言い訳、土下座してろよもう)
さて、ルシアの方も気になりますがカリストたち、会議の方も何かと空気が怪しいですね...。
ああああ、またケラヴノスのヘイトが上がるよ~(泣)←そうしているのは私。




