362.護衛の狼は語る
※今回はノックスの視点になります。
厳密には第三者視点や説明回のようだと思いますが、うん、それが一番近いと思う。
「......。」
アフマル・アル・タセェの街にある、ある宿屋の一室でルシアは居間のソファに腰掛けていた。
ルシアは一人、半刻前にノックスが淹れてくれたすっかり冷め切ってしまった紅茶入りのカップを両手に持ちながら、じぃっと波打つ茶色の底を見つめていた。
室内に居るのはルシアとノックスのみ。
イオンとクストディオは調査に駆り出されており、ここには居ない。
王子を始めとした側近たちやシャーハンシャーとスズは隣室で今後の作戦を話し合っている最中でもう暫く、この部屋には顔を出していなかった。
「......。」
沈黙だけが耳に痛いほど、部屋に落ちていた。
何処か思い詰めるようにカップの底を見つめ続けるルシアにノックスは声をかけることが出来ずに衣擦れの音一つでも響いてしまいそうな空間に、それを躊躇わせるような雰囲気を身に纏うルシアに謎の緊張感を抱えたまま、いつ、この空気に変調が来しても良いように護衛らしく壁際にひっそりと立ち続けたのであった。
沈んだ静寂だけが痛いほど、部屋に落ちていたのだった。
普段ならばイオン辺りが透かさず軽口を叩き、良い意味で空気を壊してくれただろう。
しかし残念ながら今、そのイオンはここに居らず、何よりイオンでさえも口を挟むのを躊躇わせるような、少なくともノックスは今まで見たことがない空虚な雰囲気をルシアは纏っていた。
思えば、今回の旅路でのルシアは総じて普段とかけ離れていたと言えるであろう。
その要因が同じものであるかは別として。
さて、そんな通常外ばかりルシアの中から引き出した要因が幾つかあるとしよう。
少なくとも今、あのルシアが作戦会議にも参加せずに大人しく自室として与えられた部屋に引き籠っている要因はある一つを指してそれだ、とはっきりと断言することが出来るだろう。
それはノックスの目から見ずとも明らかな要因で元凶であった。
まずはルシアたちがアフマル・アル・タセェの壁まで辿り着いて、三人の増援と合流した時に遡ろう。
人間と、半竜と、竜人と、ものの見事に種族の違う三人の増援が合流したその時はまだ、前日に倒れたことが見間違いであったかのようにいつも通りに振る舞うルシアが居た。
とはいえ、長年一緒に居る他の護衛仲間や王子等はそれが本調子でないことなど、とっくに気付いてはいたのだが。
ただ、普段のように振る舞える程度には回復したのだと、そういう判断をした。
それだけ取り乱したルシアはいつも通りではなかったのだ。
今までもらしくないルシアは何度か彼らの前に現れたが、今回はその比ではなかったのだ。
だからこそ、回復の兆しとしてその多少の無理の上に立っているであろう微笑みにも敢えて口を挟まずに見守ることに徹していたのだが。
「......。」
ノックスは目前に座る己れの主に視線を向けたまま、内心で盛大に舌打ちを打った。
その狼の目のような金の瞳にも恨みに近いものを悪態を吐く心のままに宿らせた。
勿論、主である少女に向けてではない。
増援として現れた、ノックスもこれが初対面となる一人の竜人族の男である。
先王に仕えていたというその男は他の二人の竜人のヒョニやアナタラクシと同じ純血の竜の印たる縦長の瞳孔を抱えた緋色の瞳をしており、同色の髪を後ろへと撫で付けているその容姿は正しく美丈夫と言われる類いのものだった。
そんな顔で張り詰めた空気を纏うものだから、近寄り難さはヒョニより上で強面と言われて恐れられても仕方がないような男。
竜人族らしく見た目よりずっと長く生きているだろうその男の名はケラヴノス。
今は、王子に仕える竜人。
ノックスが、いや、イオンもクストディオもが恨みの篭った念を送ったのはこの竜人だった。
王子に仕えている以上、他の側近たちと同様に仲間の枠に入る彼を敵視する対象、若しくは見過ごせない行動を取った時に矛先を向けるだろう対象として、ノックスたちが認識したのは偏にルシアを今の状態に陥れた元凶だからである。
ノックスたちは少なからず主であるルシアのことを崇拝とまでいかないが、もし今後、ルシアがどんな状況下に立たされようと迷わずついていくくらいには仕えるべき、守るべき主として捉えている。
そんなルシアに、しかも動けるようになっただけで本来ならば療養していて欲しいルシアに所謂、傷口に塩を塗り込んだケラヴノスをノックスたちが敵視するのは自然の摂理だった。
話は逸れたが、要はケラヴノスが瀕死寸前を漸く持ち直したルシアに容赦ない言葉の数々を浴びせ、ルシアは今の状態になり、作戦会議は王子たちのみ、ノックスたち護衛三名がケラヴノスを敵視するという現状になったのであった。
「ルシア様、殿下方の話し合いは時間がかかりそうですから一度、お休みになられてはどうですか。まだ日が高いですけど、倒れたばかりですし、移動の疲れもありますよね?殿下が戻ってき次第、起こしますから。」
ケラヴノスのことを思い出して、沸々とした感情が起き上がってきたこともあって、ノックスは室内に篭る重い空気への謎の緊張感も薄れてきていた。
その勢いのまま、ノックスはルシアへと声をかけた。
ルシアの放つ雰囲気のせいで誰も構いにいくことが出来なかっただけでノックスも含め、弱っているルシアを気遣いたくて仕方なかったのだ。
心配しているのは何も王子だけではなかった。
「...そうね、このまま起きていても上手く脳が回りそうにないから......そうするわ。」
ゆっくりと初めて室内に自分以外が居たことを思い出したかのような緩慢な動きでルシアはノックスへと振り向き、ちゃんと起こしてね、と言ってカップをテーブルへ置いて立ち上がった。
いつになく素直なルシアに本格的にあの男をどうにかせねば、とノックスが内心で護衛仲間への報告まで決意し、ルシアの腕を引くようにして寝室までつれていったのであった。
ーーーーー
「...ケラヴノスか。」
ルシアを寝台へと押し込んだノックスは居間に戻ったところでそう溢した。
全身から今にも人嫌いだと言い出しそうな威圧感を放ち、その引き結んだ表情以外を浮かべることがあるのかというあの男。
何よりもいけ好かないのは彼の言っていることは全て本心からのもののようであり、ノックスたちから見ても、必ずしも間違いだとは言えないことである。
しかし、時と場合というものがあるだろう。
人外だからか、人の心を思い遣ることを知らないような歯に衣着せぬ物言いで、相手の状態を目にしていても口を噤む気配すらなかった。
根本的に人とは違う存在、有り体に言えば生粋の竜人。
「でも、何だってあんな...。」
ノックスが思い浮かべるのはアフマル・アル・タセェの街の壁の外で対面した時のケラヴノス。
人なんぞにはどんな感情も揺るがされはしないといった顔をしていた、何よりそれ以降、一貫してそんな態度であったあの竜人が唯一、発露させた揺らぎ。
可笑しな行動をした訳でもない、ただそこに居たルシアに向かって見せたあの燃え盛るような大きな激情。
嫌悪にも似た、もしかしたら憎悪にも近い...少なくとも決して良いものとは言えないそれを何を持ってしてあの竜人は見せたのであろうか。
どうしても引っ掛かるそれをノックスはずっと考え続けていたのだがついぞ、その答えは見当がつかないままなのであった。
昨日は急な休載申し訳ありません。
まだまだ詳細は出てきていませんが、今回はノックスの目線から見たケラヴノスでした。
めっちゃ嫌な奴かもしれませんが、本当は色々あるの...どうか、嫌いにはならないで上げてね。
作者はケラヴノス好きですよ。
ケラヴノスの言葉に関しては次回、ルシアの目線で語ってもらおうかと思っています。
P.S.
度々、誤字報告してくださっている方、本当にありがとうございます。
作者では気付いていなかったり、編集作業にも時間がかかりますので、報告していただけるとボタン一つで直るのでとても楽です、私が。
ですので、今後も見つけ次第、報告してくださると嬉しいです。
他の方もよろしければご協力お願い致します。
それでは次回の投稿をお楽しみに!




