357.朝、起きて最初にすること
「...なに、この状況。」
爽やかな朝の香りと共に笛の音のような長い鳥の声を聞いて、ルシアは瞼を持ち上げ目を覚ました。
そして絶賛、王子によって拘束並みに抱き込まれていて全っっく身動きが取れない状態である。
早朝の涼しさが天幕には満たされていて王子の温もりが心地良く何とも二度寝を誘うが、ルシアは一度、目を抜け出そうから考えがまとまったかのようにしっかりと目を見開いた。
次に起き上がる為にルシアは王子の頬へと手をかけた。
抜け出そうとする前に王子を起こす手段を取ったのはそちらの方が手っ取り早いからだ。
基本的に慢性的な寝不足の王子を起こすという手段は普段、ルシアは滅多に取らないものではあるが、今はどのみち起きる時間であるだろうと判断した為の行動であった。
「カリスト。カリスト、起きて。ねぇ、ちょっと。」
「......ルシア?」
ふるりと睫毛が揺れて紺青の瞳が晒される。
それを見上げるようにルシアは顎を反らしたままに王子の頬にかけた手を使ってまだ少しだけ焦点の合っていない視線を無理やり合わせて、おはよう、と聞き取りやすいようにはっきりと発音した。
麗しい顔が瞼が数度、瞬いてやっと目が合った。
「ルシア。」
「ええ、他に言うことは?」
至近距離で自分の名前の形を紡いだ口を視界に収めながらルシアはにっこりと微笑みかける。
半分はふと思い付いた悪戯で半分はこの状況に対してのちょっとした仕返しのつもりの言葉であった。
寝起きざまに返答を急に求められた王子は少しだけ面喰った様子でルシアをまじまじと見つめた。
そして、するりとルシアの腰に回していた腕を片方、解いて銀色の髪まで持ち上げる。
「...おはよう、ルシア。よく眠れたか。」
「ええ、よく寝られたわ。ただ、起きられないの。これ、解いてくれる?」
こちらに手を伸ばして頭を撫でながら自分の望む朝の挨拶を告げた王子にルシアは微笑んだ顔をそのままに返答と自分の言い分を口にした。
パシっパシっと腰に巻き付いたままになっている王子の腕を軽く叩くことも忘れない。
王子は僅かに渋った様子で口を引き結んだが、少しの間を空けてするすると腕が解かれていき、ルシアは解放された。
密着していた分、間に入り込んでくる空気がひんやりと感じられた。
「改めて、おはようカリスト。起きたらすぐに出発出来るように、だったわよね?」
「...ああ、そうだな。」
夜中に一度、目が覚めた時に言われてしてやられたような気分になったことを思い出したルシアは先程と同様に茶目っ気たっぷりな表情を浮かべてそう言った。
昨日のことは何だったのかというほど溌剌としたルシアに王子はじっと探るような視線を向けたが、その視線に気付いているはずなのに何も言わずに笑みを浮かべるルシアに王子はため息を吐き出して、頷いたのであった。
ーーーーー
「...ねぇ、カリスト。それ、私がやっても良い?」
「......分かった。」
ちょっとした他愛ない会話を繰り広げた後、ルシアと王子は朝の準備を整えている途中であった。
ルシアがそう言って背後で着替える王子に声をかけたのは。
その時、王子はシャツを羽織る前に包帯を替えているところだった。
ルシアがそれ、と言ったのは間違いなく包帯のことであろうというのは王子にもすぐに理解出来た。
上半身のほとんどを覆い尽くさんばかりのそれは確かに自分で全て巻いていくには少々難易度が高い。
ピオやフォティアを呼べば良いのだろうが、良くも悪くも自分で出来るだろうということは多少やりづらさがあれど、自分でやってしまうのが王子であり、ルシアと共通の最早、癖と言うべき考え方であった。
けれど、目の前に何かをしている人が居れば、自然と手を貸そうとするのも彼らである。
だから、ルシアの提案は至極当然のことであった。
何よりその相手が王子で、怪我人で、その心配もあっての提案だ。
それは王子もよく知るルシアの思考回路であった。
それでもやや王子が返答に言い淀んだのは他でもない自分の怪我の具合である。
決して戦場でも救護班に交じって包帯を巻いていたルシアの手際を疑っている訳でもないし、触れられたくないという訳でもない。
ただ、断言は出来ないが十中八九、自分が怪我をしたから倒れたであろうルシアにまだ塞がっただけの傷を見せるのは躊躇われたことと何より自分でも見ても広範囲に広がる傷にルシアの雷が落ちるのが王子には容易に想像出来たからであった。
とはいえ、どんな巧みな言い訳も見抜かれることを思えば隠そうとすること自体が得策でないと王子は瞬時に判断して、新しい包帯をルシアに手渡したのだった。
何の意味のない普通の朝の光景ですね。




