353.フラッシュバックしたのはあの日の記憶
それはルシアたちがアフマル・アル・ラベエを出て、シャーハンシャーとの今後の作戦の擦り合わせもある程度終わらせた、そんな頃合いに突然に起こった。
否、元よりいつ起こっても可笑しくなかったのだから起こるべくして起こったのだろう。
それは今まで一番、本気という言葉を思い浮かばせる襲撃であった。
ハサンと決別したことでルシアたちの位置情報が一時遮断されて襲撃が治まるであろうことはルシアも王子も予測出来ることだった。
そしてそれが一過性のものであり、すぐに追っ手は自分たちを見付けて、シャーハンシャーと行動を共にする自分たちに容赦なく刺客を嗾けてくるだろうというのもルシアたちの予測のうちであった。
行路変更の結果、今度こそ本当にアブヤドに入る前に寄る最後の街、アフマル・アル・タセェまではラクダで駆け抜けて逃げ切れる距離ではなかった。
そうして、始まった戦闘。
まるでアクィラでの戦場を思い起こさせるような死に近い空気が砂漠の砂の上を泳いでいた。
「ノックス、後方左!クスト!右から上がって来てるわ!」
ルシアはそんな中で冷静に、とても冷静に指示を出していた。
最初、アフダル・アル・アーシェルでの戦闘よりも本格的に自分たちの命を取りに来ている多勢の刺客たちに怯みもせずに即座に視線を走らせて的確な指示を出し始めたルシアにシャーハンシャーやスズは目を見張らせたものの、すぐに、シャーハンシャーに至ってはとても愉快そうに笑って戦闘へとその身を投じた。
「ルシア!」
「...!」
四方八方から襲い来る一撃必殺の攻撃の中でルシアは呼ばれる声に振り返って手を伸ばす。
それをすぐ背後で敵を斬り伏せた王子が掴み上げるように引き寄せて、流れるままにその手をルシアの腰に手を回して力を篭める。
ルシアの足が砂漠の砂の上から浮いた。
まるでダンスでも踊っているかのように王子はルシアを片手で抱えたまま、くるりと身を翻した。
その勢いを殺さぬまま、今度はルシアに迫っていた前方の敵をもう一方の手に持つ剣で突き刺した。
「怪我はないな。」
「ええ、貴方が守ってくれたのだから勿論。――イバン、後ろ来てるわよ!下がって!!」
「!ありがとな、ルシア!!」
すぐに地面へ下ろされたルシアはこちらに視線を寄越しながらも然れど周囲の警戒は全く解かない王子の言葉にいつものように返答する。
しかし、ここは言わば戦場。
ルシアのすぐ傍まで敵がやって来れるくらいには相手は強く、そして数が多過ぎる為に捌き切れていない中で呑気な会話を続けられる訳もなく、ルシアは視界にイバンに迫る凶刃を見咎めて、言葉を途中で切り叫んだ。
イバンはルシアの声に反応してその場と飛び退く。
瞬間、そこに敵の持つサーベルが砂に沈んだ。
かなり苛烈し、どちらかが優勢とも言えない激化した戦闘。
しかし、乱戦も乱戦で遮るもののない砂漠の真ん中というのは初めてでない分、気を抜けないものの多少なりとも勝手を掴んだようにルシアたちは上手く立ち回っていた。
それはルシアの的確な指示によるものもあるだろう。
続いて、スズの出した火が簡単には燃えないはずの砂を焼きながら敵を片付けていく。
側近たちや護衛たちも同様に素晴らしい戦闘能力を遺憾なく発揮していた。
シャーハンシャーも本当に王族としての剣術ですか?と尋ねたくなるくらいには蹴り飛ばしたり、剣の柄で殴り付けたり、場合によっては鞘も武器にしたりと騎士というより傭兵さながらの何でもあり実践剣術で楽しそうに口元に弧を描いて、暴れ回っていた。
「......まだ、半分近く残っているわね。」
「...そうだな、中々の手練ればかりだ。」
それでも減り切らない辺り、精鋭も精鋭が刺客として送られてきていることが伺えるだろう。
少しだけ下がった位置でルシアは王子の背中越しに戦況を見つめていた。
しかし、この場において指示を出しては死角からの攻撃も対応してしまうルシアが一番相手方にとって邪魔な存在であったのは明白であった。
何よりも他の者たちの意識を一瞬で逸らせる方法としてルシアを狙うことがより有効な手段だと刺客たちも判断したのだろう。
「......!!」
「きゃっ!?」
残ったうちの刺客の半数が一斉に王子とルシアに、いやルシアに向けて襲い掛かったのである。
それにイオンたちもフォティアたちもしっかりと反応した。
しかし、向こうも連携には長けていたのだろう。
同タイミングで彼らも襲い掛かられ、ルシアと王子の元へ駆け寄る初動が遅れる。
だから、いつもであれば絶対にあり得ないのだが、この時ばかりはルシアを後方へと王子は突き飛ばした。
ルシアはあまりにも予想外のそれに咄嗟に反応出来ずに後方の砂の上を転がる。
少なからず、息を呑む音が聞こえた気がした。
ルシアは転がり切ったところで勢いよく前方を確認する為に顔を上げた。
幸い、砂の地面は緩衝材として役に立ってくれて手加減なしに突き飛ばされたにしては怪我らしい怪我は咄嗟に突いた両膝の擦り剥けと軽い全身の打ち身くらいのものである。
多少、怠いくらいの痛みなどではルシアは気にも止めずに顔を上げた。
そして、ピシリと両膝と両の掌を地面に突いたまま、動きを固まらせた。
自重によって砂にルシアの身体が少しだけ埋もれていく。
砂が零れ落ちるように動く中、ルシアは目が乾くのも厭わずに前方を呆然と見つめていた。
ルシアの前方、そこには王子や駆け付けたフォティアたちによって地面に沈められた刺客たちの姿と共に肩や腹にナイフやサーベルを喰い込ませて立つ王子の姿があったのだった。
王子の身体が徐々に赤に染まっていく。
真っ赤な鮮やかな鮮血の色に。
ルシアは意識の外で己れの喉から空気が洩れ出る音を聞いた。
ただ、目だけが釘付けになる。
赤だ。そう、赤い色。
真っ赤な真っ赤な薔薇よりも鮮やかな。
「カリストっ......!!」
ルシアは目の渇きによって生理的に滲み出た涙も拭わずに駆け寄ろうと足に力を入れる。
しかし、気の動転したルシアは上手く力を均等に入れられずに足場の悪い砂へと沈んだ。
イオンが慌てたようにこちらへと駆け寄ってくる。
それすらも視界に入らないルシアは赤の色だけを見ていた。
上手く息が吸えなくて、それでもルシアは這ってでも王子の元へ向かうように顔を上げて、手足に力を入れた。
けれども、それは鉛のように、まるで自分のものではないかのように上手く動いてくれない。
白く美しい令嬢らしさを見せる頬は砂によって汚れていた。
辛うじて、ルシアは上半身をもう一度起こす。
その頃にはイオンがルシアの元へ到着していて、半ば支えられるようにしてルシアは砂の上に蹲っていた。
「っ、...あ゛っ。」
「お嬢!?」
ひゅうひゅうと忙しなくルシアの口から息の吐き出される音が出た。
上手く息が吸えていない様子に気付いたイオンが血相を変えて、ルシアの肩に手を回す。
遠目からでもルシアの異変は伝わったらしい。
しかし、敵たる刺客はまだ残っていて、攻撃を仕掛けてきていた。
皆が苦痛の表情を浮かべて、敵を一掃していく。
「お嬢、お嬢...!」
「ルシア様っ!」
ただならぬ様子のルシアに皆が顔色を変えていた。
けれども、一番顔色が悪かったのはルシアだった。
ルシアの症状は過呼吸そのもの。
意識は既に朦朧としていて。
音は全て遠くに聞こえて。
「――ルシア!!」
王子の叫ぶ声が明瞭に聞こえる。
王子は身体を血で染め上げながらも全力でルシアの方へと駆け出していた。
ルシアは息苦しく俯きがちなった状態で少しだけ笑みを浮かべた。
いよいよ意識が遠退いていく。
ああ、夥しい鉄錆の匂いに交じって微かに潮の匂い、そして焦げた火薬の匂いがする。
ルシアは最後に紺青の瞳と共に焦げ跡をたくさん残し、血で真っ赤に染まった石畳を視界に捉えていたのであった。
ギリギリアウトーー!!でした、すみません(土下座)1時です(最早、この言葉が恐怖)
どうも第七章に入ってから戦闘シーンの書き方を忘れた作者のふゆのです。
さてさて、ルシアは大丈夫なのか...カリストもね。
あ、ここで一つご報告が。
実は本日で「英雄王とイストリアの白銀姫」は初投稿から1年という大きな区切りを迎えたんです!!
祝一周年!!!!
早いような長かったような...ともあれ、読者の皆様には1年間もこの作品にお付き合いくださり、本当に感謝するほかありません。
話数も無事、350話を越えまして、まだまだ終幕が見えてこないという作者にとってのイレギュラーはあるものの、こうしてやって来れたのは読者の皆様のお陰ですよ。
コメント等、とても励みになっております。
本当にありがとうございます!!
割と体調を崩したり、私用で執筆が追い付かないこともある不甲斐ない作者ですが、今後も最終幕まで立派にお届けしてみせますので引き続きのお付き合い、ご愛読、応援よろしくお願いします!!
出来れば、その後に続くであろう別作品にも目をかけていただければ幸いです。
長文失礼しました。
では、この辺で。
次回の投稿をお楽しみに!!コメント待ってるよ!!!!




