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351.渦中へ向けての旅路


「お嬢、お嬢...!」


「ルシア様っ!!」


誰かが両肩を掴んで支えてくれているようだ。

お陰で地面に顔から突っ込まずに済んでるな、と右も左も上も下すらも分からないほどに平衡感覚が狂った中でルシアは漠然とぐるぐると正常な動きを止めている脳裏の端でそんなどうでもいいようなことを考えていた。

誰かがそんな頭の中を覗き見ていたのならこの状況で気にするのそこ!?と即座に叫んでいたことだろう。


遠くでとても遠くで、名前を呼ばれている。

そう思うのに、(まぶた)は開いたままで目前の景色を映しているはずなのに、どうしようもなく脳はそれを処理をしてくれない。

駆け寄る音も遠く聞こえる。

両肩が徐々に窮屈(きゅうくつ)になっていくように感じられるのに、どうしてか両膝の方がジクジクと痛かった。


「――ルシア!!」


ああ、くぐもったような声や音の中で一つだけとても明瞭に自分を呼ぶ声が聞こえた。

いつもは平坦にも冷たくも聞こえるその声が焦りの熱を持ったように聞こえて。

ルシアは何だか急にそれが可笑しくなって少しだけ唇を弧に描いた。

ちょっと、先に心配させるようなことをしたのはそっちでしょ、とルシアは薄れゆく意識の中でこびり付いて離れない鮮明な赤を遮るように揺れる紺青を見たのを最後に世界は暗転したのであった。



ーーーーー

アフマル()の地は本当に血気盛んな土地柄だった。

アフマル()()アル・ラベエ(四番目)の街に来て早々に巻き込まれた乱闘を前にしても何処か真実味のかけたように聞こえたシャーハンシャーの言葉が何の誇張(こちょう)でもないことをルシアはたった三日の滞在でもよくよく思い知ったのであった。


ほぅ、とルシアはため息を吐いた。

それはたった三日で既に何度目かになる乱闘騒ぎに今度はクストディオが巻き込まれていたからである。

既にそれは短時間で前触れもなく解散がかかることも知っているからこそ、初回ほど呆然とも慌てもせずにルシアはそれが終わるのを待った。


アフマルは血気盛んな土地柄だった。

けれど、同時に面倒見の良い人たちが多いのもまたアフマルという地域らしい。

ルシアは完全にお忍びとなったこの旅には少しばかり重過ぎるおまけというなの様々な物がどんどんと増えていったことを思い出して、これもまたため息を吐いた。

有り(がた)いけれど申し訳なさが先立つほどのそれは出来得る限り消費はしてそれでも残るものはラクダの背に積まれていった。


現在、ルシアは街の中を王子たちと歩いていた。

出発直前に買い忘れがないか、程度のちょっとした散歩である。

この三日間で血気盛んである種、戦闘ばかりの毎日ではあったものの、最も警戒していた追っ手も刺客も現れず、喧嘩三昧なのに一番平和かもしれないという何とも複雑な気分の三日間であった。

だからこその何とも呑気な散歩中とも言えた。


次の行先はアフマル()()アル・タセェ(九番目)

アフマルの地で一番、アブヤド()との境に近い街である。

そこを経由して皇都へ向かうのがルシアたちとシャーハンシャーの選んだ旅路であった。

王族の旅路にしては順路も日程も物資も強行軍だが幸いにも旅慣れしている面々しかいないのでそれらはデメリットらしいデメリットにはならなかった。


「ああ、昨日あんなに頑張って減らしたのにまた増やしてしまって。」


「あら、そんなこと言われても私だって増やしたくて増やしてる訳じゃないわ。」


後ろからの呆れを含んだ言葉を聞いて、ルシアは拗ねたような声音で振り返った。

そこに居るのはノックスやフォティアのように見た目からも護衛と分かる彼らの代わりに完全に荷物持ちとなっているイオンである。

イオンの手にあるのはそのほとんどがおまけと称された貰い物だ。

喧嘩っ早くて面倒見の良い彼らは随分と気前の良い人たちだった。


「おお、また随分と気に入られたな。ここまでくると一種の才能か。」


「シャー。」


横手から声がかかってルシアは足を止めた。

別行動していたシャーハンシャーが腕を組んで壁に(もた)れ掛かりながらこちらに向いて立っていた。

何故か、布面の奥で紅い目が真っ直ぐこちらに向いているとルシアは確信していた。

その奥にはまた外套(がいとう)に己れの特徴を全て隠したスズが居る。


「それを言うなら私でなく、カリストに言ってちょうだい。これ、ほとんどはカリストのせいよ。」


「いや、ルシアも大概だったと......。」


「何か、言った?」


シャーハンシャーの言葉が自分の方へ向けられているのを感じ取って、ルシアは先程より不機嫌そうに口を引き結んで己れの左手でイオンの方を指し、右手はそのまま持ち上げた。

自然と王子の手も持ち上げられるのは最早、仕様である。

ぽそり、と頭上から落ちてきた声にルシアが王子ににっこりと笑いかければ、シャーハンシャーが豪快にその様子を見て笑い始める。


「さぁ、出立の準備は出来た。行くぞ、皇都へ。」


にぃ、と不敵な笑みを浮かべたシャーハンシャーの言葉にルシアたちは(うなず)いて一緒に歩き出したのであった。


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