350.香辛料と喧騒の街(後編)
こうして、冒頭へ。
その後、シャーハンシャーも目を付けられて強制参加を喰らい、喧騒の中へ消えていった。
護衛の役割をしているスズも諦念いっぱいのため息を吐いた後、自ら後を追っていった。
そうして、イバンと巧妙に参加を避けたイオンとノーチェ、そして見た目は屈強そうには見えないピオとクストディオがこの場に残っていた。
残ったメンツと共に前方の騒ぎを眺めることとなったルシアはこの時、鏡を見ていないのに己れが過去一番に死んだような目をしているだろうことが容易に確信出来たのであった。
「まぁまぁ、お嬢ちゃん。そんな顔しなくてもすぐに終わるさ。うちの奴らは喧嘩っ早くて手が出るのも早いけど、沈静化するのも早いからねぇ。さ、ここ座ってこれでも飲んでな。うちの売り物で悪いけど。」
「あ、いいえ、悪いことなんて。こうして避難させていただいているだけでもとても助かっておりますのに。ありがとうございます、戴きますわ。」
呆然としているように見えたからだろうか、避難先を提供してくれた露店の店主が売り物の幾つかを避けて空けたスペースを叩きながらかけてくる言葉にルシアは慌てて首を横に振って、礼を告げて有り難く座らせてもらった。
同時に渡された木製のコップに口を付ける。
柑橘系の甘酸っぱい味が口の中に広がった。
その味わいに幾分か落ち着いたルシアは突然始まって店主の言葉を聞いたものの、ルシアには終わりの見えない乱闘に目を走らせた。
こうして見ると、イストリアではすぐさま警邏隊の制止が入るだろう大騒ぎではあるが、誰もが楽しげであり、武器の類いを持ち出さない辺り、理性ありきの乱闘らしい。
激昂している人は居ないようだ。
確かにこれなら気させ済めばすぐに解散となるのかもしれない。
「......。」
目前では刺客との戦闘を避けてここまで来たはずの王子とシャーハンシャーたちがいつしかの大立ち回り以上に軽やかに組手をしているかのように襲い掛かる拳を避けては掴み、投げ飛ばしと体術のみで渡り歩く姿が見える。
相手が素人、命の危険もない彼らにとってはじゃれ合い程度のものなのかもしれないが、一応戦闘であり、何よりも圧倒的な立ち回りにより面白がった参加者たちに群がられ、王子たち対その他になっている状況は目立ちまくっていて、最初に溢した何の為にアフダルからこのアフマルへと来たのかという言葉がもう一度、沁々と思い起こされた。
「...スズの、戦闘はアフダル・アル・アーシェルでも見たけれど、体術もかなり出来るみたいね。」
ここまで来たら、と吹っ切れたようにまじまじと乱闘を観察し始めたルシアは先程までの死んだ目は何だったのかという冷静な観察眼でそう呟いた。
スズもやはり魔術を行使することは躊躇ったらしい。
いざとなればすぐに扱えるようにはしているだろうが、王子たち同様に体術のみで凌いでいた。
前世の記憶からどうしても魔術師や魔法使いといった類いの者たちは物理には強くない勝手なイメージがあって、アフダル・アル・アーシェルでもほとんどその場を動かずに魔術にて相手を伸していたスズの滑らかな身体の動きにルシアは感嘆を上げたのだった。
ただ、やはり次々と来る拳にその場を動かずとはいかないようでその度に外套が翻り、目深に被られたフードが跳ねる。
外套から覗いた身体付きは今の動きをこなすには細いがそれなりに鍛えられているようではあった。
フードからは黒檀の髪が零れていた。
遠くて顔の細かい造形までは分からないが、零れ出た真っ黒な色だけは強めの太陽光さえも吸収してしまいそうな黒であることだけはルシアの目にも止まっていた。
懐かしい色だ。
「あ、ルシア。そろそろ終わりそうだぞ。」
観察に没頭していたルシアは斜め上から落ちてきたイバンの声にルシアは視線をそちらに向けた。
ちょいちょいと前方を指す姿にルシアは顔の位置を戻して、今度は全体を見てみると確かに徐々に体力が尽きたのか、はたまた気が済んだのか、乱闘の中から抜けていく者たちが目に入った。
そこからは早く、あれだけの騒ぎは何だったのかというほどあっさりとなし崩し的に乱闘は終わりを告げたのである。
ルシアははぁ、と息を吐いて重い腰を上げるように立ち上がって通りの中央、乱闘の参加者たちに何やら満面の笑みで声をかけられている王子たちの元へ向かうのであった。
書いていたらきりの良いところが微妙だったので短めに昨日の分と合わせて前後編という形にしました。
戦闘は戦闘ですがちょっとほのぼのとした回でした。
まぁ、どんどんと佳境には向かっていますのでそのつもりで。
そろそろ新キャラにアップを始めてもらいましょうねー(まだ先ですが)




