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348.夜に沈む街からの脱出


暗闇を照らす月の下でルシアたちは静かに通りを歩いていた。

先頭を行くのはオズバルドやニキティウスであり、その後ろにルシアと王子、二人を守るようにフォティアやイバン、イオンが(はさ)むように左右に分かれて配置に就いている。

さらに同行の許可してくれたシャーハンシャーにスズと続き、最後尾をノックスたちがこれまた警護にあたる位置に就いていた。


やや大人数になる集団は歩く。

身を(ひそ)めながらではなく、堂々と道をこの街の入口に向かって。

道の中でも端の方の建物や壁の影の落ちるところを選んで歩いてはいるものの、そうしているのは人数も人数なので見られれば一目でルシアたちの姿は気付かれるだろうからだ。

どうせ気付かれるのであれば、変にこそこそとするよりこちらの方が不自然に見えないということもある。

後は何かが起こっても対処しやすいという利点とその他諸々(もろもろ)を加味した結果であった。


そう、ルシアたちはこのアフダル()()アル・サーレス(三番目)の街を出ていくにあたって、襲撃の可能性を少なからず考えていた。

それは最近増えてきた自分たちを狙う素性不明の者たちの姿が宿を出てくる時になく、すんなりと出て来れたことも大いに可能性を上げていた。


そして、そういう予想というのはつくづく裏切られないものなのである。

ルシアたちは今、アフダル・アル・サーレスの入口まで一直線に行けば着くだろうというところで複数人の怪しき黒装束の者たちと対峙していた。


「ルシア、左の壁際まで下がってくれ。」


「ええ、分かったわ。シャー、貴方もこっち。」


「ああ。」


静かな(にら)み合いの中、王子の端的で速やかな指示にルシアは(うなず)いて、即座に身を引いた。

その際にシャーハンシャーの袖を掴んで一緒に退避する。

王子も共に下がるがルシアたちの前で最後の(とりで)とばかりに剣に手をかけていた。


「フォティア、オズバルド、ノーチェ、ニキティウス。」


「御意。」


王子はこちらに背を向ける側近たちに声をかけた。

彼らは思い思いに是を示す返答を返す。

イバンは王子の隣に剣を抜いて並んだ。

スズがそれを抜けて、王子たちよりは少し前に出た。


ルシアも自分の護衛たちに視線を送った。

三人ともルシアのアイコンタクトを受けてすぐさま行動に移した。

ノックスとクストディオはフォティアたちと同じ前面へ、イオンはスズの横に就いた。

その立ち位置は完全に今から戦闘が行われることを示していた。

元よりただでは通しても、逃がしてもくれない様子であるのは分かり切ったことであったからの即座の臨戦態勢である。


シャーハンシャーを一番後ろに下げたのは一応はここに居ないことになっているのがシャーハンシャーという人物なのだ。

もうバレていても可笑しくないし、その上でのこの合流のタイミングを狙っての襲撃、白々しいかもしれないが少しでもバレないようにシャーハンシャーを隠すのはまた必要なことだとルシアも王子も考えていた。

それが今回の行動の意味である。

バレているかもしれないからとこちらからバラしてしまうのまた違うからね。


「...一応、聞くが何処の手の者か、明かすつもりはないな?」


「......。」


「では、こちらも襲撃者として排除させていただく。」


分かり切ったことではあるものの、といった風にフォティアがすらりと剣を(さや)から抜き払いながら中央に立つ敵に問いかけた。

やはり、返答は予想していた通り、何もない。

すっと赤い瞳をフォティアは細めて、細身の剣を構えた。

キュッと楕円(だえん)瞳孔(どうこう)が純粋な縦長に近付いたことはこの闇夜でも淡く光るその瞳が敵に伝えたことだろう。


沈黙が双方に落ちる。

街はまた静寂を取り戻した。

風の音だけがまた駆け抜けた。

一瞬の後、お互いに研ぎ澄まされた神経が一気に張り詰め、弾けたようにフォティアが飛び出した。

(またた)く間に相手側に赤が一つ広がった。


それが合図になったかのように止まっていた全てが一気に動き出した。

オズバルドやノックスたちも地を蹴る。

一人、二人と流れるように崩れていくのは相手側だ。

イオンやスズが援護射撃とばかりに投擲(とうてき)や魔法を繰り出し、圧倒的無勢の中でそこまで前線が上がってくることはなかった。


「...ほう、やはりルシアやカリストの元には良い人材が居るな。」


「ええ、私には勿体ないくらいに優秀な人材だわ。...シャー、うちの者たちの戦闘を見たいからといって前に出ないでちょうだい。」


だからだろうか、この状況だというのに呑気な声音で隣からシャーハンシャーのそんな言葉が聞こえてきて、ルシアもまたほう、と息を吐き出しながら受け答えた。

まぁ、お互いに乱戦の中だろうと同レベルの会話が出来るだろうが、今の方がずっと余裕を持って戦闘の様子に目を向けられるのは事実であった。

だからといって、むやみやたらに前へ足を踏み出そうとするのは困るけど。

ルシアは両手でシャーハンシャーをその場に押し留めた。


「......しぶといな。」


剣に手を添えたままの王子がぽつりと溢す。

戦況は完全にこちらの戦力が強過ぎて敵たちは攻め切れないといった様子であったが、こちらも人数が少ない分、大きく突っ込んでいく訳にはいかず、加えて不死身かと言いたくなるくらいには敵は一撃を入れられても大抵が血を流しながら、離脱しては再度参戦していった具合で少しずつ削っていってはいるものの、持久戦になりそうなのは明白だった。

これから砂漠を渡ることも思えば、ここで持久戦に持ち込まれるのは良いこととは言えないし、何より援軍を呼ばれる可能性もある。


「ルシア、シャー。一度、道を開ける。そのまま入口に向かって逃げ切ろう。」


「まぁ、それが妥当だろうな。」


王子の言葉に同じことを考えていたルシアは首肯した。

シャーハンシャーも同様に頷く。

王子の作戦はイオンやイバン、スズにも届いていた。

後方のメンツが剣を構え、ラクダに(またが)ったことで器用に交戦しながらもこちらの様子を(うかが)っていた前線のメンツもすぐさま何をするのか分かったようだった。


こうして、(ろく)な説明がないまま、前線のメンツが意図して壁を薄くした敵の中へとまずはイオンが飛び込んだ。

空のラクダの手綱(たづな)をこれまた器用にノックスたちへと渡していく。

ノックスたちもひらりとラクダに跨って駆け出した。


「シャー!」


「ああ、分かっている。」


王子の腕に掴まりながらルシアは後ろを振り向いた。

そして、すぐ後ろでラクダを操縦するシャーハンシャーにほっと少しだけ息を吐いた。

襲い来る敵はフォティアたちがスズが退けていく。

彼らにもスムーズにラクダが渡り、一気に敵陣を通り抜けた。


それでも、さすがは他国の王族に対して放たれた襲撃者。

凄いスピードで追いかけてくるもラクダを全力疾走させたルシアたちは徐々に切り離して、逃げ切ったのであった。

背後にはアフダル・アル・サーレスの外壁が視認出来る。


「まだ追いかけてくるかもしれない、少しこのまま進む。」


「...ええ、そうね。」


王子の言葉にルシアは前を向き直した。

ラクダたちは操縦者の指示に従って足を街とは反対に進め始めた。

先程まで居たアフダル・アル・サーレスの街が遠ざかっていく。

一度だけルシアは後ろを振り返った。

そこにある街ではなく、何かを見るように。

しかし、それもすぐに戻される。


取り敢えず、今から向かうのはアフマル()の地だ。

ルシアはまだまだ終わりそうにない大事にまた息を吐いたのだった。

こうして、ルシアたちは遮るもののない星空の下、アフダル・アル・サーレスを後にした。

ただ一つ、ルシアは駆け抜けた敵陣の隅に見覚えのある紫眼があった気がしたのを脳裏の端に(きざ)んだのであった。


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