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34.再び夏へ


春告祭(はるつげさい)は無事?に終了した。

最終日の七日目も終わり、シャーハンシャーやエドゥアルドも帰国していった。


あれから既に数ヵ月が早くも経過し、ある意味では落ち着いた日々に戻ったのだった。

王宮へ通い詰め、たまにお忍びで街を歩いてはジェマやフレディの元へ顔を出して、アイデア提供し、中々に充実した日々ではないだろうか。


「お嬢、迎えが来ましたよ」


「ええ、今行くわ」


春告祭の前後で変わったといえば、王子の元へ行かなくても毎日の予定を聞かれ、王宮へ行く際には必ず彼の騎士の一人が迎えに来てくれるようになったことだろうか。


絶対に色々と巻き込まれ回った挙げ句、軽症ではあるが怪我もしたことが原因かなぁ。

うん、忘れがちだけど私はまだ王妃の駒だかんね?

敵でさえ心配してしまう主人公様としてはこれ以上、巻き込まれないように思っての配慮だろうけど。


...なんか、当初の目的を通り越して過保護に(ふところ)へ入れられている気がするんだけど、どうだろう。

お陰か、元よりまだ本格的に取りかかるつもりのないのか、王妃からのお呼び出しはなし。


「今日はピオなのね」


「はい、ルシア様。お手を」


玄関に居たピオに声をかけて彼のエスコートを受けて馬車へ乗り込む。

向かうは勿論、存外見慣れてしまった豪奢な王宮である。


ふと、少しだけ開けた馬車の窓から初夏の香りを乗せた風が車内へ吹き込んできた。

そういえば、最初に兄から婚約話を聞いた日もこんな時季のこんな風が吹いていたことを思い出した。

あれから1年経ったなんて思えないなぁ。

ルシアは感慨深げに窓の外の景色を見つめる。

ルシアは春告祭の前に7歳になっていた。


いつの間にやら図書館目的のはずの王宮通いが、王子宮での読書会へと変貌し、貴族子女たちの嫌がらせも日常と化していた。

始まりの頃には考えられないような転がりようだ。


全然そんなことに関わるつもりはなかったのに、王子の代わりに拉致されオズバルドの忠誠を受け、最も厄介な令嬢や王女に目の(かたき)にされ、これを濃いと表現せずに何を表現するのかというほどの濃い1年だった。


「王宮へ到着致しました」


「ルシア様」


「ありがとう、ピオ」


御者の呼びかけに先に降りたピオが差し出した手にルシアは礼を告げながら素直にエスコートを受けて、馬車を降りた。

そのまま、ルシアは王宮内へと足を踏み入れる。


この王宮の入口も何度潜ったことか。

図書館、王子宮のテラスに部屋、剣の稽古(けいこ)の訓練場。

ルシアの勝手知ったる空間がどんどん増えていく。

果たして、後々離れると分かっているこの場所に己れの居場所を増やして良いのか。

この送り迎えも、もう少ししたら日常と化して違和感や申し訳なく感じることもなくなるのだろうか、と思うとなんとなく苦笑が浮かぶ。


まだまだこの世界に類似した小説のスタートには程遠いし、その間にもこの1年間のように何が起こるか分からないけど、将来、自分の死亡フラグを折る為に、イストリアの平和と王子の平和を願って頑張ろう、とルシアは思うのだった。


いや、でもこのハイペースで何かしら厄介事が起こったりしたら大丈夫か?

え、マジでスタート前に死にましたはないよね!?


「殿下、ルシア様が到着されました」


「ああ。昨日ぶり、ルシア」


図書館にて、既に書架の前で立ち読みしていた王子が本を片手に閉じて、こちらを見る。

この美貌(びぼう)にも、内心まで見透かすような深い青の瞳にも見慣れてしまった。

...たまーに怖くて目が合わせられないこともあるけれど。


「そうね、カリスト。今日はどの本にする?」


近寄って並んで書架を見上げる。

この距離にも違和感ない。

うん、まさに平和な日常だ。


「...そういえば昨日、退室後に廊下で令嬢たちに捉まっていたとフォティアから報告があったが」


「あ」


令嬢に嫌味を言われることも中々に強烈なプレゼントをもらうことも日常化している。

それは日常化して欲しくなかった。


「ルシア?」


「け、怪我はしてないわ」


現実逃避していたルシアに気付いて、王子が笑みを張り付けてルシアを呼び咎める。

令嬢に絡まれた後に王子へ報告が入り、詳細を問われ、ルシアが目を逸らすまでがワンセット。

ルシアの言い訳に王子の眉が吊り上がる。

今日も今日とて王宮での日常が始まった。


ルシアを中心にイストリアから大陸全土を揺るがす壮大な物語はまだまだ始まったばかりである。


これにて第一章は終了です。次話から第二章、ルシア10歳、王子が14歳になったところからスタートとなります。

ブックマーク、評価、閲覧をしていただいた皆様、ありがとうございました。

今後も精一杯執筆していきますのでお付き合いくださると幸いです。


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