341.紅眼の皇子は本当に食えない
「よく気付いたな、ルシア。」
「それに関しては本当に偶然よ。ただ、視界の端にとっても既視感のある背中を見つけただけ......じゃなくて、私の質問には答えてくれないのかしらね?」
にやりと笑みを浮かべて布面を押しやったまま告げるシャーハンシャーにルシアはいよいよ半眼になった瞳で先程、尋ねたことに関して問い直した。
その後ろ姿を見つけたのも、それに覚えた既視感に謎の確信を覚えて突撃したのも本当に偶然の産物であったが、ルシアはそれを懇切丁寧に説明するつもりはなかった。
ただ、問い直す。
それはこのまま何だかんだ言って話のペースをシャーハンシャーに持っていかれて話を逸らされる訳にはいかないという思考の元、先手を打った結果である。
半ば問い詰めるような姿勢のルシアを王子が辛うじて繋いだ手を引いて食い止めている現状ではあったが、当の王子もルシアの質問には同意であった為に結局、シャーハンシャーの前にはこちらに疑念の眼差しを向ける友人夫婦の姿が出来上がっていた。
「ああ、俺も貴様らに宣言した通りアフマルへと行くつもりではあった。」
「じゃあ、何故。」
「急遽、変更になった!」
「「は??」」
最後の声から既に心底意味が分からないといった色を見せ、その声に相応しい顔をして寸分違わず同タイミングで声を洩らしたのは他でもない似た者夫婦である。
その惨状を引き起こしたシャーハンシャーだけが盛大なる高笑いの如き笑い声をそこら中に響かせたのであった。
いや、その笑い声はもの凄く目立ってる。
顔を隠し、髪の色を変え、職種を偽り、街を次へ次へと渡り歩きとお忍びの意味よ、と周囲を行き交う人々が何事かとこちらに視線を向ける様子を眺めながら、ルシアは内心で現実逃避のような冷静さでツッコミを入れたのだった。
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「で?また、色々あったとでも言うおつもり?」
「ふむ、そうだな...では、そういうことにしよう。」
「いや、まさかそうは言わないでしょう?という意味合いが込められているのは分かっているわよね?」
この程度の言外の含み等、皇子ということを抜きにしてもシャーハンシャーとあろう者が分からないはずがないだろう。
そんな変に彼の優秀さに信頼を置くルシアは終始、にこやかであった。
表面上は。
ただし、中身は割と本格的に砂漠ばかりのタクリードではまず見ることの出来ないであろうブリザードで吹き荒れていたことは明白な事実である。
とはいえ、ルシアは目の前に居る今回の旅路にて神出鬼没にもほどがある青年に怒りを向けている訳ではなかった。
ただ純粋にあまりにもな秘匿主義に焦れて物申したいだけである。
そこには確かにここ最近の疲れによる一時的な気の短さが現れていたのはこれまた当然の帰結と言えよう。
現在、行く人行く人に視線を向けられて居づらくなった大通りを後にしていつぞやという名の先日のことと同様に近くの席に着ける店へと参った次第。
そして、ルシアの質問タイムがここに開幕したのである。
あれ、もの凄く既視感のある展開だって?
はて?
しかして、如何せん目前に居る渦中の男は焦りもしない。
やはり、飄々としてまさに暖簾に腕押しのような手応えのなさが何処までも食えない印象を醸し出していた。
それもこれも憎たらしいまでに前回同様である。
「いやなに、あのままアフダル・アル・アーシェルからアフマルに行くには少し具合が悪かっただけのことだ。この布面についてはさすがにアフダル・アル・サーレスまで来るといつ俺の顔を知る者に見つかるか分からんからな。色変えだけでなく、顔ごと隠すことにしたのだ。俺もカリストほどではないが、それなりに目立つ容貌をしている故。」
「...そう、そういう理由だったのね。」
その具合が悪かった理由は何だとか、布面以外に隠しようはなかったのかとか、自信満々に自分は美形だと気後れすることなく言って退ける自己評価の高さとか、色々言いたいことはあったが、ルシアはその全てを呑み込んだ。
それはルシアが一国を背負う立場にあるものとして話せないことの一つや二つあるのは当然であることを知っているからであり、こちらもこちらでそれは同じだと分かっているからである。
容姿に関してもシャーハンシャー本来の眩しいばかりの黄金の髪に怪しげな魅力さえ思わせる紅眼の双眸も、それらを備えた輪郭に造形に果ては顔だけに留まらずバランスの良い体格にと、間違いなくシャーハンシャーは美形の部類であった。
「では、ここからアフマルへ?......と、その前に貴方、何故また単独行動を?スズは?どうしたの。」
「ははは、そう急かしてくれるな。一気に問われても答えられんわ。」
またものらりくらりとどうやってもシャーハンシャーはこちらのペースに乗って話をしてくれる気はないようだった。
まぁ、それは今までがそうでなかったのかと問われると否と言う他ないのだが。
この辺りの相手の話を聞いてはいるが本当に聞くだけ、相手をするかは別、というところは作中の暴君と呼ばれた姿に通ずるところがあると思う。
「そうさな、アフマルへはこのアフダル・アル・サーレスから行く。というよりはここからしか他に融通が利く行路がないと言うべきか。スズに関しては別で頼んでいることがあってな。なに、日の暮れの頃には合流する予定だ。」
「へぇ、では合流し次第、ここを発ってアフマルへ行くのかしら。」
「ああ、ここには少しばかり大回りとなった道中に寄っただけに過ぎんからな。よく知る者に気付かれてお忍びの邪魔をされても敵わんから長居はすまい。......まぁ、三日後には出立しているだろうな。」
「そう。」
一気に問われても、といった割にはしっかりとルシアの質問全てに一括で答えていったシャーハンシャーにルシアは続けて彼の今後の予定を聞き、シャーハンシャーはそれに淡々と返答する。
結局、シャーハンシャーのペースを崩せなかったルシアはシャーハンシャーの返答に最後は短く頷いてみせるだけであった。




