339.手はしっかりと繋いで
「イオン、次は何処へ?」
ルシアは一歩前を歩いていく己れの従者にそう声をかけた。
つい昨夜、他の調査に向かわせたメンツとほぼ同時刻に戻ってきたイオンである。
それを踏まえて、昨夜と王子に強制的に寝かされて起きて以降、イオンが部屋に押し入ってくるまでピークでルシアが机に噛り付いていたのは言うまでもない。
その鬼気迫る様子とただでさえ溜まっているであろう疲労を押しての作業姿にこうして連れ出されることとなったのだが。
強引に連れ出してくれやがった当のイオンはその鈴のような主の声に振り返って、少しだけ考えるように空を仰いだ。
そしてまさに今、思いついたといったように口を開く。
「そうですね...では、髪飾り等を取り扱っている露店を探しましょうか。」
「......カリスト、何度も言っているけれど、私が眺めていたからといって即買おうとしないでね?ね?ちょっと、聞いてる?」
「ああ、聞いてる聞いてる。」
イオンの言葉にルシアは彼にではなく、別方向へと言葉を紡ぐ。
絶対に聞いてない返答だな、とルシアは半眼で横で繋がれた手を引く王子を横眼で見上げた。
聞こえていないではなく、言われている内容まできちんと理解した上での聞いていないやつだ。
既に今日だけでもその言葉が言葉だけで終わっているのはルシアたちの後ろを歩くクストディオが抱えている少なくない箱や包装が答えである。
そのほとんどがルシアの目に止まったという理由で欲しいという前に隣を歩く男によって買われたものだ。
残りの一部はやや強引にこれはあれはなら全部か、と言われ、選ばされた結果だったりするけども。
「もう、私は見て歩くだけでもちゃんと息抜き出来ているのよ。だから、これ以上は買い物はなし。」
「...どうしても?」
何度も言うが何を意図してのお出掛けか、よく分かっているルシアはそう告げた。
ただでさえ、襲撃はこのアフダル・アル・サーレスの街の中でも続いているのに外を呑気に歩くなんて普通はしない。
街についてから今日までの数日も基本的に王子たちも宿に留まっていたし、私もそれをこれ幸いと引き籠ったからね。
その上で今日の散策である。
ルシアは自分の息抜きが主目的であるお出掛けと気付いていたし、理解していた。
とはいえ、まだ皇都まで砂漠を行く以上、何よりルシア自身があまり物欲が強くないこともあり、これ以上物を増やされても困るだけである。
王子としては普段、王宮外にてルシアと行動することは公務か、王都でのお忍びの際がほとんどと言っても良いことと、物欲の強くないルシアが実物が目の前にない場合、あまり贈り物に良い顔をしないことを踏まえて、こうして買い与えられる機会が少ないことから今が好機とばかりに普段させてもらえないことを嬉々として実行しているのだが、そんなことはルシアには良くも悪くも埒外の話であった。
結果として、諫めるようにルシアは確固とした口調で首を横に振ったのだが、横から見下ろしてくる王子は是と言うでもなく、否と言うでもなく一言、ルシアへと問い返してきた。
その顔は何処までも優しげで何処までも問いかけるもので強制することもなく、然れどもルシアが絶対に断れない表情で。
ルシアは小さく長く唸る。
「あーーもうっ、分かったわ。分かったったら。ただし、消え物一択よ。これで良い?確信犯さん?」
「ああ。」
結局、その表情に弱くて根負けするのは私なのだ。
ルシアは不貞腐れたように半ば自棄になった口調で睨め付けるように王子を見上げて、先の言を覆した。
まぁ、全て思い通りにされるのも癪なのでしっかりと妥協点での許可ではあったが。
しかし、その譲歩でも戦果として充分だったのか、王子が満足気に顔を綻ばせて、頭を撫ぜてきたのでルシアはいつもの如くより拗ねた顔をする他なかったのだった。
「それじゃあ、行先を変更して果物かお菓子か......お嬢、どうします?」
「そうね、お菓子はまだアフダル・アル・アーシェルでカリストが買ったものがあるでしょ?なら、果物が良いわ。」
「了解です。」
果物かお菓子か。
その甘い物の大まかな選択肢は裏で調査を進め、まとめ上げるのに道中以上に頭脳をフル回転させていたルシアに少しでも糖分補給を、といったところだろう。
でも、如何せん片方の選択肢はほとんどないに等しいものでして。
ルシアにとってはこれも一択だった。
即答したルシアにその答えも予想出来ていた様子のイオンがこちらです、と案内しながら、前を歩いていく。
イオンは調査の間、そしてルシアが引き籠っている間にアフダル・アル・サーレスの大通りは一通り見て回った後のようだった。
スムーズに案内がされていく。
「......さすが、アル・サーレスとあるだけあって大きな通りよね。露店も人もいっぱいだわ。」
「そうだな。広い分、脇道も多い。迷子にはならないでくれ、君を探すのは簡単だが大抵、余計なものが付随してくるからな。」
「ちょっと、面倒事に巻き込まれると言いたいならはっきりと言ってくれる?」
先程までと同じ要領でキョロキョロとルシアが周囲を見渡しているとグイッと腕を引き寄せられて、近付けられた美貌からそう忠告が成された。
ルシアはその言葉の裏をしっかりと読み取ってむっとした表情で目前の紺青を見つめ返したのだった。
そもそも強くもないが決して私では到底、引き抜けない力を篭めて私の手を握っているのは何処の王子だろうか。
これじゃあ、迷子になりたくてもないようがない。
「......貴方がちゃんと繋いでいてくれたら大丈夫よ。だから、しっかりと捕まえていてちょうだい。」
「ああ、そうしよう。」
すっと繋いだ手を持ち上げてルシアはそう言った。
それはこれ以上の忠告をさせない為、もしそんな状況に陥っても原因を王子に責任転嫁させる為に選んだ言葉だったが、その言い回しに王子はふ、と堪え切れなくったように笑い声のも混じった息を誤魔化しながら吐き出してわざとらしく神妙な顔を作って、ルシアに頷いてみせたのだった。
どんどんと表情豊かになっていく二人です。
そして、確信犯となっていくカリスト...多分、そのうちルシアの手に負えなくなるのでは(今も手に負えているとは言っていない)




