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328.黒の魔術師


「さて、ルシア、カリスト。紹介しよう、此奴(こやつ)の名はスズ。現在、俺の供をしている者だ。」


急に周りの騒々しさが耳につくほど静寂を落ちていた中、またもやその空気をまるで無視した様子でシャーハンシャーが青年の紹介を始めたことでルシアは正面へと向き直った。

一連の出来事の前と何ら変わらない通常通りの表情をしたシャーハンシャーと目が合う。


その直後、背後で当の青年が放つ不機嫌オーラが肥大化したようにも感じられたが、結局、一つ諦念さえ思わせるため息の後、彼がシャーハンシャーの後ろへと移動してきたのでルシアはシャーハンシャーから視線を逸らして、スズと呼ばれたその青年を見上げた。


アフダル()()アル・サーニ(二番目)でお会いした時にいらした方よね?今もあの時も外套(がいとう)で顔が見えないけれど、声は覚えているわ。」


「そうだ、此奴は皇都を出る時からずっと俺の供をしているのでな。」


ルシアは確認するようにそう言うとスズの代わりにシャーハンシャーが(うなず)いた。

まぁ、彼の現状を(かんが)みるに別人である可能性の方が低いだろうと判断した結果でもあるが。

声についてもスズというその青年の声は涼しげな印象を受けるというだけで別段、特徴的という訳ではない。

ただ、ルシアがそれを覚えていたのは(ひとえ)に王子妃として様々なパーティーに参加する際に円滑に物事を回す為、多くの人を覚えておく為に身に付けたスキルが役立ったという訳である。


「貴方、スズというのね。変わった響きの名前だわ。わたくしはルシアよ。よろしく、スズ。」


ルシアはもう一度、目深なフードによって分からないものの、スズの瞳がある辺りを見つめて、にっこりと微笑んだ。

それにスズは会釈だけを返してきた。

どうやら、必要以上を語りたがらない、というか、必要以上に他人と関わりたくないという性格をしているらしい。


「ははは、此奴は少し話すことを面倒臭がる性質(たち)でな、許せ。」


「......気にしてないわ。それで彼もその別件に?」


「ああ。」


肯定するのも否定するのも微妙なシャーハンシャーの言葉に少し間を置きながらルシアは返事をし、答えてくれない可能性が高いと思いつつもルシアは駄目押しのつもりで続けてそう告げた。

しかし、ルシアの予想を(くつが)してシャーハンシャーはあっさりと首肯した。

今までの否定もしないが答えをくれる訳でもなく、のらりくらりと交わされ続けたのは何だったのか、ルシアは本日何度目かの脱力をしかける。


「今回ばかりは忍ぶ旅だったからな。それには此奴の能力が最適だったのだ。」


「...?どういうこと?」


だが、シャーハンシャーによって続けられたその言葉にルシアは脱力することなく、疑問に首を(かし)げることとなったのだった。


何?お忍びのプロとか?

変装の達人?

それにしてはスズの(まと)っている外套は漆黒ただ一色で顔をしっかりと隠し切っている目深のフード姿はもの凄く怪しさ満点なんだけども。


そこまで考えて、ルシアは正面に座る本来とは違う髪色をしたこの国の皇子様が改めて目に入った。

同時に本来の紅とも、アフダル・アル・サーニで見た緑とも違う一対の瞳も意識の中に(もぐ)り込んできた。

そうだ、そうだった。

髪だけは(かつら)なり、染め粉なりで色を変えられるが、そうもいかない瞳の色が二度も変わっていることを疑問に思ってたんだった。


ハサンのことなり、タクリードのことなり優先事項が有り過ぎて、今まで関心の埒外(らちがい)へと放り出していた。

ルシアは今は紫色の瞳をじっと見つめ、次にスズを見る。

そうしてもう一度、紫眼に目を向ければ、その瞳はルシアの考えを肯定するかのように細められたのだった。


「...それはシャーの双眸(そうぼう)の色に関係があるのか。」


再びルシアが確認の為、それを口にしようとした時、先んじてそれを口にしたのは隣に座る王子だった。

ルシアはちらりと視線だけで隣を見上げる。

ただ、その言葉が王子から出たということは王子も同じことに行き着いたということだと言うのはルシアも理解したのだった。


「ああ。実はな、此奴は魔術師であるのだ。」


「魔術師...?」


シャーハンシャーの発した聞き慣れないその単語に王子が眉を(わず)かばかり(ひそ)めたのをルシアは見た。

ルシアとしても馴染みがあるとは言えないそれに少し考え込んだ。


魔術師、そのままの意味であるのなら魔術を扱う者ということだ。

確かに瞳の色を変えるなんて芸当は魔法の(たぐ)いだろうな、とそんな気はしていたけども。

ただ、ルシアが気になったのは、いや王子も気になったであろうそれは何故、シャーハンシャーがスズを魔法使いではなく、魔術師と()べたかだった。


この世界、一部の人間に魔法が使えるのは知っているし、小規模であればイオンが、もっと分かりやすいものであればグウェナエルたちゲリールの民が、ルシアの身近にも使えるものは居た。

だが、総じてそれを彼らは魔法と称し、ルシアが知るこの世界のそれらの類いの力は魔法である。

何だったっけ、前世では魔法と魔術では大きく意味が違うんだったっけ?


如何(いかん)せん、基本的には剣が主な世界である。

補助的な形でしかそれに触れてこなかったルシアは資料でどんなものかを読んだことはあったが、元よりそうした情報のほとんどが某国(ぼうこく)に集まっていることもあり、ルシアであれど詳しくは分からないことが多かったのだ。


「...我がタクリードの東の最端の土地、アスワド()と言うんだがな。まぁ、唯一皇都のあるアブヤド()の地と接していない土地だ。」


そんな疑問いっぱいのルシアたちに気付いたからか、シャーハンシャーが再び口を開いたのだった。

ルシアはシャーハンシャーの言葉に注視する。

しかし、始まった話が魔術のまの字も出てこない話でルシアが怪訝そうに視線を向ければ、シャーハンシャーはまぁ、最後まで話を聞け、と紡ぐ。


「アスワドは外向きには荒野に近い環境であるだけのそう特徴のない土地とされているが、実際は違っている。タクリードの民の目から見るアスワドという地は武器や攻撃手段の類いを扱う土地なのだ。まぁ、出来はさすがに名のある職人ばかりのスカラーほどではないが。」


「......攻撃手段、ということはその魔術も?」


武器のみという言い回しをしなかったシャーハンシャーにルシアが問えば、察しの良いルシアにか、リズム良く進む会話にかは判断つきかねるものの、心底楽しげににやり、と笑みを浮かべたシャーハンシャーにルシアはそれが正解であることを知る。


「ああ、我が国の最東の地アスワドは武器と魔術の盛んな土地だ。そして。」


にぃっと不敵に豪胆でありながらも何処か色気のある笑みを浮かべるシャーハンシャーは言葉を途中で切る。

そして、ちらりと視線を背後のスズへと向けるものだからルシアもつられてスズを見た。


「此奴...スズはな、アスワドの魔術師なのだ。」


スズと目が合った、ルシアが布の下のそれと視線が交じり合ったようなその瞬間、面白がるような声音でシャーハンシャーがそう告げたのだった。


間に合った...!!間に合ったよ!!!

ギリギリですが(泣)


さて、前から登場をしていましたが、前話からやっと本格的に登場した新しい子です。

謎は謎を呼ぶね...。


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