324.不安要素と可能性の話
アフダル・アル・アーシェルの街はその名の通りに大きな街ではなく、旅程でもここは中継ポイント程度の扱いの滞在であった。
よって、一泊ゆっくりしたら次の街へと出発する予定となっている。
まぁ、だからこそ着いて早々の散策をルシアは提案し、実行したのだが。
「大きくないと言っても、他の国と違って小さな村や町がないからかしら。充分に賑わってるのね。」
「そうだな...地方の都市くらいの規模か。」
ルシアはきょろきょろと周囲の様子を見渡しながら、街の様子に関する感触を口にした。
そう、点在する街以外の場所は砂漠が広がるタクリード。
その分、一つ一つの街が大規模でアフダル・アル・カーメスも規模だけで言えば、イストリアの王都と同等、若しくはそれ以上の規模だった。
ここアフダル・アル・アーシェルもアフダルというタクリードの一地域内の十番目に大きな街と普通であれば、大都市でも何でもない街だ。
本当にやや小さい程度。
しかし、ルシアの目にその街の賑わいはアフダル・アル・カーメスと然程、違いがあるとは感じなかった。
それは王子も同じだったらしく、首肯が返ってきたのだった。
「...それで、君は何を調べさせているんだ?」
「ああ、それは......。」
いくらか散策が落ち着いたところで徐にそう王子に言われて、ルシアは少しバツが悪そうに視線を逸らした。
しかし、じっと見下ろし逸らされる気配のない頭上の視線と、最終的には目線を合わさせられる未来が見えたルシアは気不味そうな顔で王子を見上げたのだった。
「...ここで話す話ではないわ。部屋に戻ってからでも良い?」
「ああ、分かった。」
腕組みしながら言ったルシアに王子は頷き、宿屋の方へと方向を変えた。
ルシアは何処か緊張したような面持ちで王子の隣を歩いて宿屋へと戻ったのであった。
ーーーーー
どうして王子がルシアにそう問うたのか。
それはあの砂漠での夜にハサンの話を聞いて、ルシアがいよいよ調査に乗り出したからだった。
自分自身で行う地道で実入りの少ない情報収集ではなく、調査。
ルシアはハサンについて様子を見る、と決めたものの、さすがにただそのまま置いておくつもりはなかった。
それはハサンの言葉からも何かしらの大事が起こっているであろうことはほぼ確定だと見て良い、と判断したこともある。
となれば、悠長なことをしている訳にもいかなくなった。
何よりも賭けに出たことで既に自分自身が相手側に認識されている可能性がある以上はより多くの正確な情報という対抗手段を用意しておく必要性が出てきたとも言おうか。
分からない不安要素、何事も最悪の事態を想定して。
既にこのタクリード編擬きに自分たちが巻き込まれている、その可能性を。
今までにもその可能性がなかった訳ではないが、より明確に前提がほど確定付けられたことは身を引き締めるには充分過ぎた。
結果、ルシアはこのアフダル・アル・アーシェルに入ってすぐにハサンの話をクストディオに話し、彼に調査してもらうように任せたのであった。
それをまだルシアは王子に話してはいなかったものの、クストディオを動かしたことに王子が気付かないはずがなく、こうして尋ねられることとなったのである。
まぁ、元より隠し通せるとは思っておらず、加えて散策に乗り出した際に王子がここよりも大きいアフダル・アル・カーメスでの街歩きの時には宿屋で待機させていた側近メンツも護衛として連れていくことにした辺りで気付かれていることは確信していた訳ですけども。
「――と、いうことよ。まだ何が起きているのかは分からないけれど、何かが起きているのは確実だわ。」
「......。」
現在、宿屋の部屋にてルシアはこの事態の私感を王子に話し終えたところだった。
向かいのソファに座る王子は考え込むように腕を組み、黙り込んで視線を下に落としていた。
ルシアが話したのは前世の知識を除いたアフダル・アル・サーニでのシャーハンシャーの意味深な言葉とその時に感じた違和感について、そしてハサンの受けた密命についてである。
タクリード編について省いたことでルシアにとって最有力のアリ・アミール皇子の成り代わり説はあらゆる可能性の一つでしかなくなっていた。
こうしてみると前世の知識がなければ、未知なことや不確定であまりにも心許ないことばかりだとルシアは改めて認識したのだった。
「ハサンについては...まだどうか、分からないわ。ただ、敵として捕縛するにはシャーの言葉が気になるのよ。」
「...ああ、シャーは案内人がハサンだと知った上でそう言っただろうな。」
王子から見てもシャーハンシャーの性格上、シャーハンシャーが他の誰でもなく、ハサンを指して、ルシアに意味深な言葉を残したのであろうということだった。
シャーハンシャーが思っている人物の代わりにハサンが現れた可能性も無きにしも非ずだが、シャーハンシャーに限ってはそれもないだろう。
そう、シャーハンシャーはそういったことに抜け目ない人だ。
普段から言い回しが独特ではあるものの、あの発言の数々は敢えてそう言ったのであろう、とルシアも思ったのだった。
「...シャーと合流して問い質せれば早いけれど、それを無暗に実行する訳にはいかないでしょう?ただ、私はアリ・アミール皇子が必ず関わっていると思ってるわ。」
今までにもごり押しでルシアの意見に基づいた調査や行動を実行してきたことがある。
今回も半ば強引にその方面を濃厚にルシアは語った。
クストディオにもその方向性で調査してもらっている。
しかし、ルシアもアクィラでのアドヴィス然り、全てが作中のままではないことも実感していた。
多少なりとのズレ、ピンポイントで知る未来予想図だけを調べるのでは見落としかねないそれ。
断言出来ないことが、こんなにもどかしいとは。
本来はそれ以前に何が起こっているかすらも気付かない可能性もあるのが普通なのに、それがルシアには酷く恐ろしいことのように思えた。
「ノーチェ、ニキティウス。」
王子は壁際にて静かに話を聞いていた己れの密偵二人を呼んだ。
そこには確かな命令の色が含まれている。
呼ばれた二人は返事をして、すぐに部屋を出ていく。
「お嬢、俺も行きますが。」
「...ええ、お願いねイオン。」
人が減った部屋の中で続くように声を上げたのはイオンだった。
ルシアは驚くこともなく、イオンを送り出した。
すっと一礼したイオンはノーチェやニキティウスと同じように廊下へと続く扉を潜り、消えていく。
イオンとノックスにも今、王子にしたような話をクストディオとは別個に聞かせてあった。
勿論、そうなれば密偵としても充分に活躍出来るイオンが名乗り出ないはずがなく。
ただ、イオンまでルシアの傍を離れては他国という地で護衛に不安が残る。
だから、ルシアは近いうちに王子に話を通すことを予想して、イオンにはその後に向かうよう伝えていたのだった。
単純に王子に話が行けば、護衛をルシアにも割けるからである。
というより、護衛対象を固めて少人数でも護衛しやすいようにするというか。
どのみち、王子は今以上に私を傍から離さないだろうし。
「こっちでも調べさせる。調査結果が届き次第、しっかりと情報共有すること。良いな?」
「ええ、分かってるわ。だから、カリストも勝手に動いたりはしないでちょうだいね。」
王子が頷いたのを受けてルシアは早速、現状にあり得る可能性について議論を開始させたのであった。
...今日はすこぶる筆の調子が悪い日で御座いました(泣)
早くも九月になりましたね、作者は忙しくなりそうです...。
地域にもよりますが、私の基準でまだまだ暑くて目が覚める気温ですが、皆様も体調を崩さないようお過ごしください。




