323.十番目の街
「お嬢、もの凄く眠そうですね。」
「ああ、イオン。」
ルシアが出発の準備が行われる中で欠伸を噛み殺していると、ラクダに荷物を積み終わったイオンがそれを指摘するようにルシアの口元を指差して言った。
ルシアはイオンを見上げた。
「こんな砂漠の真ん中でも夜更かししたんですか。」
「...とっても含みがある言い方ね。ちょっと、寝付けなくて夜中に起きちゃっただけよ。移動の途中で寝ることはないから安心して。」
「そうですか。まぁ、殿下なら寝てるお嬢でも支障なく運んでしまいそうですけど。」
さもありなん。
しかし、だからといって最初から人任せにするのも良くないよね。
まぁ、諦めが早い...切り替えが早いのも良いことだとは思うけど。
「ルシア。」
「ああ、カリスト。もう出発?」
王子に呼ばれてルシアは振り向いた。
その声を間違うはずもなく、ルシアは驚きもせずに問い返した。
王子はああ、といつも通り短く頷いたのであった。
ルシアは王子に続いて、ここまでの旅路もお世話になっていたラクダの元へと近寄る。
そして、王子に為されるがままに持ち上げてもらってラクダの背に座ったのだった。
「ありがとう。」
「いや、...。」
いつものようにルシアは礼を告げる。
王子は否定だけはしてものの、続く言葉が思いつかないかのように微妙な表情で返答をした。
たまに見る光景である。
大抵はルシアが礼を告げた時、そして謝罪を口にした時であった。
どうやら、私は他人よりもそれらを発することが多いらしい。
これも前世の記憶の賜物か。
それらは無意識のうちに口から飛び出すので指摘されたとしても治せないのだけども。
ともあれ、そんなルシアの癖の被害を一番に受けるのはルシアの傍で一番過保護に守っている王子な訳で。
律儀とも言えるほどに毎回告げられるそれに消化不良を起こしたように王子はたまにこんな返答と表情をするのだった。
その真意が何に由来するのかは私には分からないけれど。
ひらり、とそんな効果音が付きそうなほど身軽に無駄のない動きで王子がルシアの後ろに跨った。
やがて、出発を合図する声がかかる。
「ハサンによると今から向かえば、昼にはアフダル・アル・アーシェルに着くとのことだ。」
「そう。」
なら、午後は街を散策出来るわね、とルシアはふふ、と笑って続けた。
しかし、それに王子は呆れたように息を吐く。
え、なんで。
ルシアは訝しげに見上げるも、そのままラクダは歩を踏み出した。
ゆらゆらと揺れるように振動が伝わる。
不服ながらもルシアは危険にならないように前を向き直った。
すると、上から影が落ちて耳のすぐ傍で空気が動く気配がした。
「...午後はそのまま宿で寝てもらうつもりだったが、どうしても散策したいのなら今のうち寝ておけ。」
耳元で呟かれた言葉にルシアはぱちくりと目を瞬かせた。
暫くして、ルシアは首を仰向けに逸らして王子を眇めた目で見上げた。
そして、イオンとの会話を聞いた上で言ってるわね?と眇めた目のまま、王子にそう言ったのであった。
ーーーーー
「それでは、何か御座いましたらお声かけください。」
宿に着き、一息吐くなりにハサンが発したもうほとんど定型文であるそれにルシアはにこやかに装って、その時はよろしくね、と返答した。
そして、ここでも別件にて少し出掛けると述べたハサンの後ろ姿を見送った。
昨晩のことをルシアはタクリードに来てから誰にも話していない話のリストへと無造作に放り込んでいた。
しかし、どうしたって気になるものは気になるもので。
何より、あまりにも何事もなかったように振る舞うのもあからさまになるということから、ルシアは完全に不信感を隠すことはせず、ハサンの間にはほんの僅かに気不味さが漂う結果となっていた。
とはいえ、ハサンは起き抜けの時点で本当に夜会ったことが実際のことだったのかと思えるほど何食わぬ能面顔で朝の挨拶を繰り出したのだが。
当然、このことを王子たちが気付いていない訳がなく、ルシアもそれを理解していたが、今は触れるな、と態度で示していたのであった。
「...それで?本当にこのまま散策へ行く気か?」
「なあに、嫌?結局、移動途中に寝ちゃったから眠気はないわよ。」
「...行こう、日が暮れる前には戻るからな。」
わざと不貞腐れるようにルシアは王子の質問に答えた。
そもそも本当に宿で休ませるつもりなら今頃、王子によって有無を言わせずにベッドへと放り込まれているはずなので、ルシアのその言葉は王子の返答が解った上でわざと選んだ言葉だった。
そして、さすがは王子、そんなルシアの心境までもを看破して、王子はすっと部屋の扉を開けた。
ルシアは満面の笑顔で首肯を返し、その後に続いて部屋の扉を潜ったのであった。
度々遅くて申し訳ないです...。




