322.現状維持と最難関
内乱が起こりかねないこと。
その状況下でルシアたちを含めた他国の要人を招くこと。
前者を秘密裏に処理し、恙無く夜会を終わらせる為に、それ故の密命とハサンは説明をした。
確かに次期皇帝の指名を行う夜会として大々的に参加者を募り始めたこのタイミングで不安要素を放置しておくことも表沙汰にするのも避けようとするのは当たり前のことだ。
ルシアは天幕の中へと戻っていた。
しかし、居るのは寝床ではなく、入口のところ。
そこで座り込んで、考え込んでいた。
ハサンは既に外にも居ない。
きっと、自分の天幕に戻ったのだろう。
つい先程のことだが何と言ってハサンと別れたのか、覚えていない。
ただ、不自然にならないような夜の挨拶を告げた気はする。
アリ・アミール皇子がアフダルの地に?
その命を受けたの彼の主であるシャーハンシャーからなのか。
いや、ハサンは初対面時に皇都から来たと言い、ルシアはそれを聞いてシャーハンシャーとは接触しなかったのか、と疑念を抱いたのだ。
そして、何より実際にアフダルの地でルシアが会ったのはシャーハンシャーだった。
シャーハンシャーであったのは間違いようのない事実なので、ハサンの言葉を正しいとすれば、この次期皇帝の指名目前という時期に次期皇帝に最有力候補を言われている皇子二人がこのアフダルの地に居るということになる。
まず、あり得ない。
では、皇都でアリ・アミール皇子がシャーハンシャーに扮して、シャーハンシャーを追いかける名分として逆にシャーハンシャーをアリ・アミール皇子だとして追っ手をかけているのか。
やはり、ハサンはシャーハンシャーではなく、アリ・アミール皇子のところの?
ルシアの頭の中に染み付いていた作中のシナリオがどんどんと濃厚になっていく。
しかし。
なら、いくらルシアに問われたからといってハサンがそれを口にしたのは何故か。
ハサンの意図は?
そもそも誰からの命で彼は動いているのだろう。
敵陣営、裏切り者、色々な言葉が再び過る。
もし、本当にそうであるならばルシアは敵陣営へ情報が行く前に即時、手を打たねばならない。
「......けど。」
ルシアはぽつり、と溢す。
ハサンの意図が完全に敵対するものでも、完璧に隠し通すものでもないように思えた。
アリ・アミール皇子を追いかけて、というのは誤魔化す為の方便でももっと違う何かの意図が。
そして、何より私がハサンをシャーハンシャーから聞いた通りの人だと述べた時の彼の顔。
能面のような顔と沈黙は困っているようにも見えた。
けれど、その中に嫌悪のようなものも後ろめたさというものもなかったように思うのだ。
それよりもあの星空を映した紫の瞳に浮かんでいたその感情は――。
「ハサンの立ち位置が分からない...。」
限りなく黒に近いグレーだとは思う。
本来なら警戒して然るべきで、迷いなく黒と分別しても構わないのだとも。
もしかしたら、ルシアに離したのもシャーハンシャーが既に接触しているかもしれないという事実を探る為なのかも。
分からない、けど。
「...もう少し調べてみる、か。」
敵だ、そう断じてしまえる相手をルシアは心の何処かで敵ではない、シャーハンシャーの味方だと置いておきたいのだと自覚しつつ、ここ最近で何度目だよ、と自分でも呆れながら、ひっそりとため息を吐き出したのだった。
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さて、良くも悪くも現状維持という腑抜けとも慎重とも言える選択をして直後。
ルシアはその考え事の時以上に思考をフル稼働させていた。
腕を組み、今にも唸り出しそうな顔をしてルシアが見下ろす先はこの天幕の寝床で、ルシア自身も寝転んで休んでいたところで、今現在進行形で毛布の塊がある場所である。
「どうするかなぁ...。」
ルシアは割と本格的に悩んでいた。
ここからどうやって王子を起こさずに再びそこへ寝転ぶかを。
少し離れただけでも身体を冷やしたであろう砂漠の夜の空気の中、ルシアは外へも赴いたのだ。
厚着して出た訳でもないのでルシア自身、自分の肌が冷え切っているのを知っていた。
そんな状態で温もりを閉じ込めた毛布に潜り込めば、どうなるだろうか。
そんなの、王子が冷たさに目を覚ます。
それ一択である。
寝床自体もそれほど大きくスペースを取っている訳ではないので、確実に冷気が王子に伝わる。
いや、もう間違いなく。
とはいえ、寝床の端で毛布なしに寝るには砂漠の夜の冷え込みというものは侮れないもので、それで風邪を引いてしまえばハサンに言った手前、申し訳が立たないし、何より皆に迷惑この上ない。
しかし、砂漠という移動すら難易度の高い環境下において荷物量が制限される中、王子の纏っている毛布は一等上等なものであり、一番大きなサイズだとくれば、この天幕内に予備の毛布というものがあるはずがなく、だからといってこんな真夜中に他へ借りに行くのも憚られる。
そもそも余剰があるかも分からないし。
何より、こうしている間にも王子が目覚めないとは限らない訳で。
借りに行ったら借りに行ったで何事かと聞かれるだろうし。
そんなこんなでもう一度、外に出るのはリスクが勝ち過ぎた。
いっそのこと、王子に起きてもらって寝惚けているところに今起きた、水を飲みにでも何でも畳み掛け、私が起きていた時間を錯覚させてしまえば良いだろうか。
......バレるよなぁ。
相手は王子だよ?王子だもん。
ルシアはこの時ばかりは自分の人一倍上手だと自負する演技、繕う仮面のような表情が王子に全く通じないのを本気で恨んだ。
王子にだけはどんなに誤魔化しても誤魔化せないことで助かったこともあれば、すぐさま説教コースへと縺れ込んで不平不満を唱えたこともあったが、もしかして今が一番の正念場だったりする?
「......。」
ルシアはもう一度、覗き込むようにしてそうっと毛布の塊を見下ろした。
毛布の包まるそれは精巧な人形は人形でも高名な人形師でも苦心して作り上げたであろう最高傑作と言わしめるような、それはもう凄まじい美人が眠っている。
外へと出る時にも確認したが、かなり熟睡しているようで今すぐに起きてしまうという憂慮はない。
「それにしても、珍しいこと。いつもそのくらいぐっすり寝てくれたら良いのに。」
ルシアはその何度も見た寝顔に今更見惚れる訳もなく、まるで寝付きの悪い子供を見る母親かの如く、普段から思っているこをほう、と溢したのであった。
「...けど、このままいつまでも眺めている訳にもいかないわよねー。」
ルシアは決心したかのように寝床へと躙り寄った。
そして、王子を起こさないように且つ大胆に毛布をがばっと捲り、潜り込む。
こうなったら、白々しいにもほどがある狸寝入りでも何でもやってやる、そんな心境であった。
こういう時、後先の見当が付きかねる状況下で思い切り良く行動に移すのがルシアであった。
ルシアはぎゅっと目を瞑ったまま、息を潜める。
毛布は王子の温もりが移って、通常時よりも暖かかった。
さて、この後、王子が目覚めてルシアの今までで一番下手な演技にそれならばこちらはこちらで考えがあると擽り起こし、問い質した後に説教コースと相成ったかは二人しか知らぬところである。
天幕の外では何事もなかったようにまた、海面を波立たせるが如く、砂塵を風が攫っていったのだった。
すみません、最近遅くなりがちで。
本日も1時でした。
さて、作中のタクリード編を思わせる漂う不穏な空気よりも王子の方が大問題のルシア。
その後、どうなったんでしょうかね。
私にも分かりませんけども(笑)
また、少し忙しくなるかもしれません。
更新遅めが続くかもしれませんが、ご理解いただけますと幸いです。
それでは、次回の投稿をお楽しみに!




