313.紅眼の皇子と大きな波乱の前兆(前編)
「シャっ......何故、貴方がここに?」
一拍を置いて、少し落ち着いたルシアは目を丸くさせたままながらも、辛うじて目前の青年へとそう尋ねた。
名前を呼ぼうとして止めたのは、お忍び若しくは無許可でここに居る感が満載なシャーハンシャーに配慮してでのことである。
「ん?ああ、...いつも通りシャーで良いぞ?いや何、俺にも色々あってな。」
「...そう。」
その色々、が気になるんだけどと言葉を呑み込みながらルシアは頷いた。
このパターンはどうせ教えてくれない奴だから。
後はこの場で出来る話でもないということもある。
「...なあに、シャーが案内人ということ?」
そりゃ、最も信頼のおける人物だよな。
とは言っても、今回の夜会の準備に何かと忙しいはずだけど。
なんたって、今回の主役たる次期皇帝に指名される最有力候補はシャーハンシャーのはずだからだ。
今頃は他国の要人たちのリストアップに迎え入れ態勢に準備にと普通は皇宮を一歩として離れられないだろうに。
ルシアとは別の意味で西方諸国のあちこちに飛び回る王子でさえも、さすがに春告祭の前後はより多忙を極め、ルシアだけがアクィラへ先に立つこととなったというのにだ。
そんな心境が見事に洩れ出ていたのか、半眼のルシアに対して、それでもシャーハンシャーはふ、と笑い声を溢したのだった。
意図が読めず、ルシアは訝しげにシャーハンシャーを見返した。
しかし、返ってきたのは尚も口角を吊り上げた飄々としたシャーハンシャーの笑みと否定の言葉であった。
「いや、俺はな。別件だ。」
「え?この時期に、皇都から離れたこの場所で?貴方が?」
「ああ。」
疑問をつぶさにぶつけるもシャーハンシャーは表情一つ変えずに頷いただけだった。
あー、これはやっぱり内容は一切話すつもりがない奴だ。
ルシアは再確認をするように内心で呟いた。
真剣な顔をして、極秘事項なのだという雰囲気こそ一つないが、いつもより不敵そうに笑う顔が、短く答えたその返答が、どうあってもはぐらかされることを暗示していた。
元々、これは王子もだけど、シャーハンシャーたちが本気ではぐらかしにかかれば、ルシアには太刀打ち出来ないのである。
のらりくらりと躱すのはさすがは一国の王子たち、一枚も二枚も、いや何枚だって上手だ。
「なに、心配しなくともちゃんと案内人はここに現れよう。それは保障する。」
「......そう、ではここで待っていれば良いのね?」
「ああ、すぐに来るさ。彼奴ならな。」
どうしてだか、シャーハンシャーの台詞に含みのような何かを感じ取ったルシアであったが、結局何の確証めいたものを掴めず、少しだけもやもやとしながらシャーハンシャーに返答するのであった。
だが、ルシアの感じたそれが勘違いではない、と密かに証明するかのように、そんなルシアの様子にも何一つ口を出すことなく、シャーハンシャーはわざとらしいほどにいつも通りの余裕綽々とした泰然とした態度で言葉を返したのだった。
「ねぇ、シャー...。」
「何だ、ルシア。」
はぐらかされるのはとうに分かっていた。
しかしルシアは、どうしても何か一つでも聞き出さねばという衝動に駆られていた。
別に表情はいつも通り、その不遜なまでの言い回しも、態度も何もかもがシャーハンシャーそのものである。
ここに居るのは普段のシャーハンシャーだ。
元よりお忍びでさえ、その態度を隠さない人であるが故に、いくら皇子らしからぬ旅装をしていようと、髪やどうやったのかは分からないけど瞳すら変えていようと、それは一段と可笑しく思える事柄ではない。
だが、何故だかルシアにはいつも通りであることが途轍もない違和感のように思えていた。
決して逃してはならない大事の兆しのように。
これが、自分たちの案内人として来たとシャーハンシャーが盛大に笑ってみせたなら、全く同じ状況であれどルシアは違和感等、覚えることはなかったのかもしれない。
それは定かではないけれど。
しかし、それをどう言い表したら良いものか、どう言い表せば答えをくれるのか、固まらないままにただ、今すぐ問いかけねば、目の前のこの青年がすぐさま何処かへ行ってしまうようないそんな心持ちでルシアはシャーハンシャーに呼び掛けたのだった。
当然、ルシアは言い倦ねて、思考回路だけをぐるぐると回していた。
それをシャーハンシャーは咎めず、待っていてくれていた。
ルシアの駆られた衝動とは裏腹に。
「シャー!その、...。」
「ねぇ。」
しかし、ルシアの感じる焦燥は収まるどころか、逸るばかりであった。
そしてそれはある意味、正解だった。
ルシアが焦燥のままに再びシャーハンシャーの名前を呼んだところでそれを遮るような声が上がったのである。
「...ああ、分かっている。しかし、久しく見えることのなかった既知との会話だ、少しは許せ。」
シャーハンシャーが振り向く。
ルシアも彼の背中越しに彼の背後に視線をやった。
居るのは、今まで忘れさられていたシャーハンシャーと連れ立ってこの宿に現れたもう一人のフードの男である。
聞こえた声は少しばかり掠れていたものの若く、シャーハンシャーや王子と大差ない歳の者だろうと、ルシアは纏う外套によって顔以前に体格すらもはっきりとしないその男を見たのだった。
シャーハンシャーが気安い様子で返事をする。
しかし、その言葉に男は微かに頷いただけで再び声を聞かせることはなかった。
「残念だがルシア、連れに急かされてしまった。元より俺はあまりここに長居出来なくてな。」
「...いえ、それは良い、けれど。」
完全に切り替えてしまったシャーハンシャーの告げた言葉にルシアは歯切れ悪くもそう言う他なかった。
そのルシアの様子が不服そうに見えたのか、ふ、とシャーハンシャーが笑う。
そして、何を思ったのか、ルシアの頭に手を伸ばしてめちゃくちゃに撫で繰り回したのだった。
「ちょっ、シャー。」
「先程の続きは次に会った時に聞こう。なに、すぐに会える。」
すっと、耳元で囁くように静かで、しかしながら聞き取りやすい、そんな声音でシャーハンシャーはそう言ったのだった。
確かにそうだろうけども。
少なくとも、ルシアたちがタクリードの地に来たのはシャーハンシャーにとって大事な夜会である。
自分でやっておきながら普段のルシアでは見られないほどにぐちゃぐちゃになった髪のまま、そんな当たり前なことを、という視線を向けた意地っ張りのルシアを見て、シャーハンシャーはより笑みを深めた。
尤も、ルシアにはそんな自覚はなかったのだが。
「はは、カリストにもよく言っておけ。よくぞ、我が国に来てれた、と。ではな、ルシア。」
「...次の時にはちゃんと説明してちょうだいね!」
「ああ、ああ。約束しよう。」
シャーハンシャーは心底楽しそうに受け答えながら、フードを被った。
そして、外套の男と共に受付の方へ行こうとして、何かを思い出したかのように振り向いた。
「...一つ、言っておこう。」
「シャー?」
改まったような言い方にルシアは首を傾げる。
しかし、シャーハンシャーはフードの奥でにぃ、と笑ってみせたのだった。
それも今日見た中で一番不敵な笑みだった。
「全てはまやかしだ。何もかも。」
「?どういう...。」
意味が分からず、ぐっと眉を寄せたルシアにシャーハンシャーは笑みを深めるばかりであった。
本能的にルシアははぐらかされるよりも単純に、もうシャーハンシャーが自分の質問に何も答えてくれないだろうと感じ取った。
押し黙るルシアを見て、シャーハンシャーはもう一度、笑ったかと思うと今度こそこちらに背を向けて、受付へと歩いていったのだった。
結局、ルシアはそれからシャーハンシャーたちが宿屋の主人と何かを話し、入口の鐘の鈍い音を鳴らしてこの宿を出ていくまで、何も声をかけることは出来なかったのであった。
すみません、遅くなりまして。
加えて前後編の前編だけという...。
個人的には一時も危ういとこでした、ギリギリ滑り込んだぜ...!
さて、言いたいことだけ言って行きましたね、私のお気に入りの子は。
後編で読者の皆様もある程度の事情は掴めるとは思いますので、今日一日だけでももやもやしていただければと(笑)
アルコールの取りすぎと普段の筋力不足、ビタミン不足が祟っての絶賛筋肉痛とバトルしながらの執筆でしたが、不出来なものになっていなければ幸いです...(汗)
それと、活動報告にも書いたのですが、日々の投稿報告や0時、1時投稿のお報せなどをTwitterを有効活用して皆様にお届け出来たらと思案中なのですが、どうでしょうか?
場合によってはちょっとした裏話とか、作中には影響のない情報なども上げられたらと思っております。
何か、意見くださると大変嬉しいです。
それでは、皆様。
次回の投稿をお楽しみに!
気軽にぜひ、コメントいただければ!!




