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312.宿屋にて、の再会


宿屋の扉を押し開くとカラン、と鈍めの音が響く。

見上げれば、扉の上部にあった青銅色(せいどうしょく)の鐘がゆらゆらと揺れていた。

それと同時に奥から宿屋の人の迎え入れる声が響いてきたのだった。



ーーーーー

宿屋の1階は受付と待合のようなスペースのあるエントランスとなっており、その一角の椅子に腰を掛けながらルシアは周囲に居る人の様子を眺めていた。

目に付く位置に座るルシアを行き交う人はちらりと見ていくものの、声をかけてくる者は居ない。


「...まだ、来ていないのかしら?」


「そうですね...宿屋の主人に聞いてきましょうか。」


「ええ、お願いね。」


暫く、ゆっくりと周りを眺め続けてたルシアがぽつりとそう溢したのを拾ったのはイオンだった。

イオンの提案にルシアは(うなず)き、イオンはルシアのことをノックスとオズバルドに任せ、受付の方へと離れていく。


今、ルシアがここで傍目(はため)、呆然と座っているのはシャーハンシャーの用意してくれた案内人と合流する為であった。

先程、ルシアたちはこの宿へ辿り着いたは良いものの、出迎えてくれた人の中にてっきり、もうエントランスの何処かで待っているものと思っていた案内人は居なかったのである。


ルシアたちはその案内人とは会ったことがなく、こちらから探すことは出来なかった。

しかし、向こう側はルシアたちの特徴を聞いているはずなので、早々に合流する方法としてルシアが見やすいところで座ることにしたのである。


勿論、王子も共に座っていたのだが、女性客の視線が凄くて対応困難になる気配が早々に(ただよ)っていたのですぐさま与えられた部屋へと引っ込んでもらっていた。

その点、ルシアも一目を集めるものの、近寄り(がた)いオーラを放ち、あまつさえ護衛を三名も連れている中、わざわざ話しかけていくほどの強者(つわもの)はなく。

それを押し切ってまで近付きたくなる桁違いの魅力を持つ上に、こういう時は女性の方が思い切りが良いから、やっぱりこれで正解だったと思う。


何より、タクリードではルシアのような銀髪は少ないらしい。

そもそも女性客自体も少ないので、目印には丁度良かったのである。

その結果、王子たちには部屋へ先に行ってもらい、クストディオには荷(ほど)きを頼んだ為に代役としてのオズバルドとノックス、イオンと共にルシアは宿屋の1階にて、行き交う人を眺めていたのであった。


「旅程に遅れは出ていなかったから手違いか、何かあって離席しているのかしらね。」


「そうですね。あのシャーハンシャー殿下の用意された方だったら優秀な方でしょうし、前以てここに泊まって待っていても可笑しくはないので少し手違いがあったのかもしれないですね。」


ここには居ないその案内人について、その理由を探っていれば、背後の高い位置からノックスの同意した声が降ってきた。

ルシアは半身を(ひね)って背後に立つノックスを見上げる。


「そうね、何ならシャー自身が来ようとして護衛なんかの問題上、時間がかかっていたりして。」


「あー、確かにあの方も中々に周囲を困らせていそうな...いえ。」


「ちょっと、ノックス。何だか、含みのありそうな言い回しね...?」


ルシアの冗談半分に言った言葉にノックスは首肯して、同意の言葉を紡ごうとしたものの途中で口を閉ざした。

ルシアは目敏(めざと)くそれの意味に気付き、わざとらしくにっこりとノックスに微笑みかける。

えー、いや、ですね...とノックスが眉を下げて目を全力で逸らすのを見て、ルシアは息を吐いたのだった。


どうせ、私も手のかかる一人ですよ、とルシアは内心で悪態を吐いた。

事実、自覚ありなので何も言いはしないからノックスも気にすることはないのに。

イオンならばっさりと言い切ったことだろう。

そして、それにルシアも反論するのだが、それはそれでいつも言い合いの延長であり、ルシアとて本気で憤慨している訳ではないのであった。


言わば、言い返して完全に打ち返されて非を自覚している分、不利だがやられっぱなしは嫌だ、と私がムッとするまでがワンセット。

...あれ、何だか自分で言ってて(むな)しくなってきたな?


ルシアはそこで思考を切り替えるように頭を振って、前方に視線を向け直す。

すると、受付でイオンが宿屋の主人と話しているのが見えた。

そして丁度、頭を下げてこちらへ足を向け直したイオンを見て、ルシアはもう話が終わったのだと知る。


そのまま、ルシアがイオンを眺めているとカラン、と鈍い音を響かせて、新しく人が宿屋へと入ってきたのが視界の端に映る。

フードを目深に被った青年らしき人物が二名、直進で受付へと歩いていく。

途中、他の客を避けた前を歩いていた方の人物がイオンと接触しかけて、お互いに一言と言葉を交わしたのが見えた。

多分、ぶつかりかけたことに一言、何か言ったのだろう、と日常でよく見る光景に何も思わず、ルシアは眺めていたのだったが、イオンが足を止めたことでルシアは様子の違いに首を(かし)げた。


普段ならさっと当たり障りなく、そのままこちらへ歩いてきていたであろうイオンが心なしか、目を見張っているようにも見えて、ルシアは目を(またた)かせた。

そして、イオンにばかり気をとられていたルシアはそのぶつかりかけたフードの人物がこちらを向いているのに気付かなかった。

気付いたのはイオンよりも先にその人物がこちらへと大股で近付いてきた時であった。


「私に何かご用事でも?」


ついにはルシアの目の前にやって来たその人物にルシアは首を傾げてみせた。

目深に被っているのも手伝って、座っているルシアから絶妙に顔が(うかが)えない距離でその人物は立っていた。

しかし、ルシアがそう問いかけたその瞬間、全く分からないその顔がにやり、と笑ったこと気配が伝わってくる。


ちらり、とその人物の後ろを見れば、疲れたような顔をするイオンが目に映る。

...まさか、ね?

ある種の予感というものがある未来予想図を形にし始めたそのタイミングで、その人物はフードをぱさりと払い退けて素顔を(さら)したのだった。

ルシアは大きく目を丸くする。


「ははは、驚いたか?久しぶりだな、ルシアよ!」


次いでどうした?と続けられた言葉に(なか)ば放心状態のルシアは答えられない。

それに気付いているのか、気付いていないのか、目前のその青年はからからと笑ったのだった。


今、タクリードの国内は国内でも皇都からそれなりに離れた緑の地の街の一つの宿のエントランスで。

今、ルシアの目前で黄金ではなくくすんだ金髪を晒しながら、緑の瞳を細めて笑うこの青年は、(まと)う色合いこそ違うもののまさしく、タクリードの第一皇子シャーハンシャー、その人であった。


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