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306.そこに見えるは物語の一場面


「へぇ、じゃあ船にも乗ったのか。話聞けば聞くほど何処の旅行好きの貴族か、手広く世界を駆け回る商人だって話だよな。」


「あら、これは貴方の国の第一王子妃の話だけれど。」


「世も末か?」


「...旅の間、イバンの仕事だけ増量してもらおうかしら。」


「えっ、や、それはルシア...!」


イバンの言葉に据わった目で溢したルシアにイバンが慌てて言い訳を(つの)り始める。

ルシアはじと目でそれを聞きながら、廊下を進んでいたのだった。


「さてと、カリストたちを待たせているでしょうし、少し急ぎましょうか。」


イバンと合流してから雑談を続けつつ歩いていたルシアはいつの間にか、歩幅が小さくなっているのに気付いて、イバンにそう提案し、歩くスピードを若干上げた。

元よりルシアの歩幅に合わせていたイバンは難なくルシアの横を歩いていく。


話していたのはルシアが今まで経験してきた、主に国外での旅路の話である。

大まかな結果やルシアが関わっていたことは知っていても、その詳細や具体的にどうしていたかまではイバンもよく知らなかったようで、中には公表していないこともあり、イバンは驚きながらルシアの話を聞いていた。

まぁ、後半になるにつれて、護衛たちのような呆れ交じりの疲れたような顔になっていたのは()せないけれど。


うーん、でも戦場でなくとも、あっちへこっちへ駆け回った記憶の方が多いのは事実だ。

王族籍にあるまじき頻度と時間を王宮外で過ごしているけど、ゆっくりと出来た試しがないって、ほんとにどういうこと。

優雅な旅行なぞ夢のまた夢という、現実は厳しい。


その他、イバンの近況や今から向かうタクリードの話、ルシアが普段は踏み入れない(たぐ)いの仕事での王子の様子等々、そんな会話を繰り広げているうちに大きく設けられた開口部から正面門が見えてきた。


ここは3階なので、門の前には馬車が停まっているのも、幾人かが行き来している様子もよく見える。

その中にイオンやオズバルドの姿も見つけて、ルシアは歩きながら何気なしに他のメンツの姿も探す。

しかし、それはある一ヵ所で目を(またた)かせることとなった。


「ん、それで――ルシア?」


「ああ、ごめんなさい。いえね、珍しいこともあるものだと思って。」


「?」


先程、足早にと提案したのに、急にそれ以前よりも速度を落としたルシアにイバンが振り向いて、首を(かし)げながら問いかけた。

ルシアはそれに手をひらひらとさせて受け答える。


自分の主語のない言葉にイバンが片眉だけ上げるのを見て、ルシアは分かりやすいように外を指差した。

イバンはルシアの指につられるように外を見下ろして、ルシアと同じように目を瞬かせることとなる。

背後でさり気無く、ノックスもクストディオも外へ目を走らせていた。


「......ほんとだな?俺、ルシア以外にあんなに会話してるカリスト、初めて見るんだけど。」


「私もよ。」


まじまじと目前の光景を確かめるように(まばた)きを繰り返しながら言ったイバンにルシアは事もなげに同意を投げる。

ノックスもクストディオも少なからず驚いていたルシアが見つけたその光景とは、正面門の人が行き交う場所から少し離れた位置に立って何かを話している一組の男女の姿であった。


片方が王子であることは離れたこの場所からも、その白金の髪が日に照らされ、輝いていてよく分かった。

王子が出発前に誰かと話していること自体は何ら可笑しくはない。

ただ、その相手がドレスを(まと)った令嬢という点だけが王子をよく知るこのメンツにはとても珍しいものに映ったのだった。


王子は人付き合いが下手という訳でもないが、ルシアとその護衛たち、側近を筆頭とした仕事関係での人脈、場合以外での接触を必要最小限に抑えるきらいがある。

特に昔から、その王子の美貌(びぼう)に引き寄せられて詰め寄られたりと貴族令嬢たちには苦労させられたことも多く、いつも、よりエスカレートさせない為にも必要以上に素っ気ないし、近寄らせない。


ルシアは体よくあしらう理由として協力することも多々あるので、それはよく知っていた。

それでも近寄ってくる令嬢には冷徹な一瞥(いちべつ)、または最初の一言でばっさりと斬り捨てる。

ほんとににべもない。

お陰で何度、逆恨みも良いとこの殺気めいた令嬢の視線を一身に受けたことか。


「あれ、ルシアの侍女か?」


「いいえ、私の侍女は仕事着以外で出てはこないから。それに、ティーヌやヒョニさんなら話をしていたりすることもあるけれど、私の侍女たちでも最低限の指示でしか声をかけないわよ、カリストは。」


イバンの質問にルシアは首を横に振った。

別にエグランティーヌやヒョニ相手に仕事の話ついでに雑談していたりすることはある。

だが、この二人は基本的に仕事優先なのでまずドレスを着ていることはないし、王子としても女性というよりは部下や側近たちと同じ扱いなのだと思う。

他にもイバンの言通り、ルシアの侍女、その他ゲリールの民や竜人族(りゅうじんぞく)の女性と話していたりすることもあるにはあるのだが、こちらも扱いは女性と言うより部下であった。


「...改めて思うと随分な徹底っぷりよね。」


「そりゃ、それだけ令嬢とかいう生き物は地雷なんだろ...しっかし、誰だ?」


ついにはイバンと二人、横並びで(さん)に手をかけ、ルシアたちは上からその様子を眺め始めていた。

横で首を傾げるイバンを視界の端に収めながら、ルシアもこちらに背を向けたいるその令嬢について推測をする。


その令嬢が纏うドレスは華美ではないが気品あり、如何(いか)にも貴族令嬢といった風情。

普通に社交会デビューも済ませた妙齢の令嬢である。

だから、こうも珍しがられているのだけれども。


丁度、そこで何かの拍子か、その令嬢が横を向いた。

遠目ながらその横顔、令嬢の差す日傘で隠れていた藍色の髪にルシアは目を丸くした。


「...あれ、あの子どっかで。」


イバンがぼそりと溢した。

ルシアは幻でも見ているかのような心地で目を瞬かせた。


妙齢になって、より綺麗になったその顔は薄く化粧が(ほどこ)されているのか、ほんのりと色付く頬や鮮やかな唇が愛らしい。

藍色の髪は艶めき、その濃い色合いが、より白雪の如くの柔肌を惹き立てる。

それでもきっと、何よりも印象的なのは大きくたっぷりとしていて、春の(うら)らかな木漏れ日のような金色をした瞳だろうとルシアは茫然と考えていた。


「ミア。」


果たして、そう呟いたのはルシアだったのか、クストディオだったのか。

ただ、言えるのは今尚、王子と会話が続いているらしき令嬢がヒロインだということ。

その光景が、それこそ作中の一場面でも見ているような光景であったことである。


懐かしきかな、はまだ続いていました。

彼女、全然出てこなかったけど、このままフェードアウトさせる気もなかったんだ。


とはいえ、タクリード編なんで出番は少ないんですが。

一応、これは悪役令嬢ものでもありますからね!

ヒロインにはしっかりと機能してもらわないとね!


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