304.旅の準備をしよう
「――はい、しかと承りました。」
そう言って、恭しく頭を下げる王子と共にルシアも頭を垂れた。
やがて、退出の許可が下りて、ルシアたちはまた礼を取ってから謁見の間を出たのであった。
「はぁ...カリストの予想通りだったわね。」
第一王子宮への帰り道でルシアは謁見の間でのことを口に洩らした。
最初に息を吐いてしまうのはそれだけ国王との対峙は気が張るからに他ならない。
何なら、先程の謁見の間で国王の隣に座って、あからさまに殺意を向けてきた王妃なんかよりよっぽど身の竦む思いである。
ともあれ、国王の呼び出しの用件は王子の予想通り、タクリードへ国王の代理、イストリアの代表として行ってこい、というものであった。
「ああ、この時期に陛下が国へ出るのは難しいだろうと思っていたから、シャーからの手紙が無くとも話が回ってきた可能性は多いにある。」
「そうね、確かにそうだわ。」
王子は冷静に分析していたらしい。
ルシアはその言葉を聞いて、確かにそうだ、と頷いた。
それというのも、イストリアという我が国の気候が原因である。
最北にあるイストリアの中でも王都は北側にあり、王宮は冬明けずの山を背にしたような立地となっている。
イストリアでは冬の半分が外出不可となるほどの積雪がしばしば、というのも王都、それも王宮辺りではほぼ毎年の恒例となってしまっているのだ。
現在、秋になり然程経っていない頃。
紅葉もまだ、ちらほら見える程度だ。
しかし、一国の、それもタクリードとなれば、イストリアの次に歴史が長く、最も国土の広い大国。
その次期皇帝を指名するパーティーなぞ、多くの国から貴賓、重鎮、尊い身分という者たちが挙って参加するのは明白だ。
と、なれば、各国の参加者の予定も鑑みれば、招待状が届いて十数日で開催ともいかない。
今回もルシアたちこそ、シャーハンシャーから出来るだけ早く、と呼ばれているので近いうちに国を発つものの、パーティー自体は大体約2ヶ月後だ。
その頃にはイストリアでは冬の兆しが既に見え始めている。
ただ、その程度であるのなら問題ないが、もし早く冬の到来があったり、帰国が遅れることがあったりすると、本当にそのちょっとの差で帰国出来ない事態に陥る可能性があるのである。
勿論、可能性としてはそう高い訳じゃないが、冬の閉じ込められる時期だからこそ、国内でのちょっとした諍い事があったり、春先の春告祭に向けての準備があったりと、静かな冬に見えて割と、特に王宮は俄かに忙しいのだ。
そして、万が一の時に国王が数ヵ月も王宮に戻れないということがあってはいけないので、今回のタクリード行き、国王自ら参加することはないだろうという結論は至極当然のことであった。
「旅の準備をしなくてはね。」
「多分、既に察知してイオンやピオたちが指示を出しているとは思うがな。」
まぁ、それはそうだけど。
ほんと、あいつらどうやって察知しているのか、毎度思うが不思議である。
たまにルシアが知ったのとタイムラグなしで知っていたりするので恐ろしいよね。
「兄上、姉上!」
「!」
しみじみと護衛たちや側近たちの有能過ぎて最早、人間か疑うその優秀さを思っていれば、後ろから少しだけ掠れたような声が聞こえて、ルシアと王子は一緒に振り返った。
見れば、少し駆け足で近付いてくる少年が一人。
「レジェス。」
「兄上、姉上、お久しぶりです。お二人が陛下に呼ばれたと聞いたので待っていました。」
そう、やって来たのは第三王子のレジェスだった。
既に誕生日は過ぎているのでルシアと同じ15歳。
成人して約1年と経つのにまだまだ可愛らしさが健在である。
声変わりの途中らしく声は掠れ気味ではあるが、それも低く成り切ってなくて可愛らしさを引き立てていた。
うん、もうこのままいつまでも愛らしさの残る童顔タイプでも可笑しくないんじゃないかな。
にこにこと笑う顔からも青年となった姿が想像出来ない。
自分も小さかったからか、この年頃にはもうかなり大人びて見えた王子とは正反対である。
「お二人もやっとご帰還なさったのにほとんど宮から出てきませんから、話がしたくて。特に兄上は。最近、姉上はよく図書館で見かけますが兄上はほんとに見かけません。」
「確かに、カリストはずっと執務室に籠っているものね。」
「まだその癖治っていないんですか、兄上。」
「......。」
少しだけムッとした様子で告げるレジェスにルシアはわざとらしく王子を見上げながら言葉を重ねた。
ルシアの言葉に兄のワーカホリック癖が治っていないことを知ったレジェスが少し咎めるように言うのを王子は押し黙って目を逸らしたのだった。
ーーーーー
『近いうち、姉様が突撃する可能性が高いので姉上は図書館で調べ物をするのも良いですが、充分にお気を付けてくださいね。』
最後にそうルシアに優しく忠告をしてレジェスは自分の宮へと帰っていったのだった。
ルシアたちはその後、自室の戻り、これまた王子の予測通りだったイオンたちが既に指示し、始まっていた旅準備に取り掛かっていた。
「ええ、それは入れておいて。ああ、そっちは良いわ。それはそれね...入れておいてくれる?」
ルシアは衣装室にて、侍女たちに指示を出していた。
それにしても、王女かぁー。
レジェス以上に久しく見ていないが、第一王女のガブリエラはまだ降嫁しておらず、まだ王宮内には居る。
意地悪な性格も補正されることなく、年々王妃に近付いていっているのは言うまでもない。
婚約者はつい1年ほど前に決まったのだが、その婚約者には同情するわ、ほんと...。
「ルシア。」
「あら、なあに?カリスト、準備は終わったの?」
「いや、まだ途中だが...。」
急に呼ばれて顔を上げたルシアは扉からこちらの部屋に顔を見せる王子に首を傾げた。
王子もまた準備をピオたちとしていたはずなので、そう聞くと、王子は否定を口にしながら、部屋へと入ってきた。
「今回の旅程だ。今回は戦争でもなく、休暇でもなく、公務としての旅だからな。」
「そう、ありがとう。」
王子は手に持っていた紙の束をルシアへと差し出して、説明をした。
ルシアは渡されたそれに目を通しながら礼を言う。
旅程、その通りにその書類には旅の日程の予定や宿泊する予定の街等、後は護衛等の身辺警護の人員が書かれていた。
うん、護衛に関しては見知った名前ばかりが並ぶ...というか、見知った名前しかないよね。
「あら。」
その見知った名前の中に、ルシアは一つだけ珍しい名前を見つけて声を洩らした。
いや、よく見る名前ではある。
ただ、国外へ行く今回の旅路に彼が参加するとは思わなかったというか。
彼とも久しく会っていないのでこれはこれで楽しそうだ、とルシアは微笑んだのだった。
ちょっとずつ、キャラを出していきますね。
さて、彼って誰でしょうね。
懐かしいキャラですよ。
そして、予告した通り、二日間休載しますね。




