302.熱砂の国からの招待状
まるで、煌めく宝石が濃藍の色をした帳を飾るように散らされている。
そう思えるほどに乾いた空気の中で、夜空を輝く星がはっきりと地上を照らしていた。
月はない。
あるのは星のみの空の下、辺りは薄闇に染まっていた。
「っ、......。」
彼女は息を詰めた。
目前に己れの頭上に広がる光景とよく似た紺青があった。
風が音もなく、吹き抜ける。
酷く静かだった。
しかし、その静けさにも気付かないほどに目の前の紺青はいつも以上に、雄弁に彼の感情を語っていた。
激しさを思わせるそれを、彼女はただただ見つめ返すことしか出来なかった。
いつまでそうしていただろうか。
短いようにも、長いようにも感じられたその時間は、気圧されるままに見上げていた紺青がより近くに迫ったことで終わる。
咄嗟に彼女は瞼を閉じた。
普段なら決してそうはしないのに瞼を閉じたのは今、この状態に至るまで、その全てが通常とは何もかもが違っていたからだ。
色合いの印象を打ち消すようなその熱さを見るのは初めてだった。
「ん...っ!?」
何かが鼻先を掠めたことに驚いて、彼女は声を洩らした。
この至近距離でその声が聞こえていないはずがないのにも関わらず、自分を押さえ込むその人物は動きを止めない。
彼のさらさらとした髪が肌を擽る感触に彼女はよりギュッと瞳を閉じたのだった。
急激に身体の熱を奪っていくような冷たい風が、彼女の銀色の髪と彼の金色の髪を揺らした。
風に晒されて冷え切っているはずの己れの頬が熱されたように熱いのを彼女は痛いほど感じていたのだった。
ーーーーー
アクィラでの怒涛の争乱が過ぎて早数日。
終われば、あっという間に終幕まで辿り着いたようにも思うあの日々は中々に手強く、最後の最後までルシアたちを苦しめた。
しかし、自分の望んだ以上の結果を手に入れられたとは思う。
もう、アクィラに残った懸念要素はない。
やり切った、と。
ただ、私自身には一つ。
残してしまった不安はまた一際、大きいようにも思えたのは事実だった。
「ルシア、探していたのはこれだよね。」
「!ええ、そう。それです。ありがとうございます、兄様。」
ルシアは目の前に積まれた本の合間から顔を覗かせて、抱えた本の中から一冊を掴み取り、こちらへと表紙を示す兄のアルトルバルの方へと微笑んだ。
現在、イストリア王宮図書館。
ルシアは何だか酷く懐かしさを覚えるこの場所で、複数人の使用を想定されて作られた机が広いことを良いことに、精一杯まで本を積み上げ、ノートを開いていたのだった。
途中、所用で図書館に来たアルトルバルに再会の挨拶を交わした後、兄の申し出を受けて、ルシアはこの広大な書架の海の中から望んだ本をアルトルバルに運んでもらっていたのだった。
「後はこれで全部かな。でも、ほんとにこれで良かったの?これなんか、ほとんど御伽噺みたいなものだけど。」
「ええ。一応、全部には目は通してはいるのですけれど...少し、調べ直したくなりましたの。」
ルシアは開いた本から何かを書き出すようにペンを動かしながら言った。
この際、何でも良いのだ。
ほんの少しだけでも良い。
ルシアは全ての記述をもう一度、洗い直して読み解いていた。
「そう...ルシアがこんなにスラングについて調べているのはもしかして殿下の為かな?」
「え?」
アルトルバルの言葉にルシアはきょとんとして手を止めた。
視界の先で可笑しそうに笑う兄の姿に目をぱちぱちと瞬かせる。
ルシアが精査するかの如く、調べ上げていたのはスラングのことだった。
西方諸国最大の敵、荒野を挟んだ東の果ての蛮国スラング。
それはアクィラ戦争を終えたルシアが、その壮絶さを実際に味わったことでスラングという脅威を改めて実感し、気を引き締めたからに他ならない。
勿論、作中のシナリオとしても、現実としてもイストリアを狙うスラングにルシアは昔から注意を行ってきた。
アルトルバルに言った通り、スラングに関しての記述があるものにはルシアが王子の婚約者としてこの王宮に出入りが許された時から片っ端に目を通してきたのだ。
それだけじゃない。
今までにもルシアはスラングの者が関わった事件に首を突っ込んでその脅威と直接、居合わせている。
その敵たちが常識が通じない相手だということも、しっかりと認識していた。
では、何故。
今、こうして、急に危機感を持ったように、焦ったように、スラングについて調べ直しているのか。
他のフラグに手一杯になりながらも、片手間であっても進めてきたそれを優先順位を変えるように調べているのは。
「...そう、かもしれないし、そうでも、ない、のかしら?」
これらは全て、自分の為にやってきたことだった。
死亡フラグを回避する為、後は知っているのに見ない振りした後味の悪い気分になりたくない為。
...でも、王子の為とも言えるかもしれない?
スラングと一番対峙するのは王子だ。
きっと、このルシアが調べていることも、ルシアが知っていることも王子に役立つ。
「はは、ごめんね。もう聞かないよ。」
「...兄様、何か誤解されているような気がしますので言っておきますけれど、照れ隠し等ではありませんからね。」
「うん、そうだね。分かってるよ。」
笑い声を上げたアルトルバルにルシアは透かさず、言葉を返した。
照れとか、そんな感情を王子に浮かべることなんてないよ。
ルシアの返答に肯定を口にして頷きながら、尚も笑うアルトルバルにルシアは半眼を返したのだった。
「ルシア様、兄君とのご歓談中に申し訳ありません。」
「あら、ピオ?どうしたの?」
少しして、ルシアがいまいち発言が信用出来ないアルトルバルに言葉を言い募っているところでピオがやって来た。
背後には、別の机で作業を手伝ってもらっていた護衛兼のクストディオがこちらへと近付いてきているのが見えた。
それもこれもここ数日、ルシアがこうして図書館に閉じ籠っていることはルシアの護衛のみに留まらず、王子を筆頭にその側近たちも知るところであったからだ。
知った上でそれを良しとされていたので、こうして途中でピオが訪ねてきたのは何か急ぎの用事があったことを示す、ということであった。
そう、クストディオも判断したらしい。
「はい、殿下がお呼びになられています。」
「分かったわ。執務室の方かしら?」
「いえ、ご自室の方ですね。」
端的な言葉であったがルシアはすぐに本とノートを閉じて、立ち上がった。
それは王子がつまらないことで呼び出したりしないことをよく分かっているからの行動である。
...しかし、この時間に部屋?
まだ日は暮れ始めてすらいない。
珍しいこともある。
「ピオ。貴方、何か知らないの?」
「申し訳ありません、詳しくは...ただ、殿下は手紙を見た後にルシア様を呼んでくるようにと。」
「手紙?」
ルシアはクエスチョンマークを浮かべて、首を傾げた。
ピオの言葉が正しいなら十中八九、王子が呼んでいるのはその手紙のことだろうけど、そんなに重要なものなのだろうか?
ルシアの疑問がよく伝わったのか、ピオがはい、と頷いて、口を開いた。
「手紙です。タクリードからの。」
「!」
タクリード。
ルシアは行ったことはないが、この大陸の南に広がる一番広い国土を持つ国で、イストリアの南方とも接したアクィラの東に位置する国だ。
雪国のイメージが強いイストリア、そして同じく南方にあり、雰囲気は熱帯のような街並みをしていながらも涼しく避暑地として有名なアクィラと接していながらも、その国土のほとんどが砂漠である国。
本当に、こちらの世界の環境には驚かされるばかりである。
そして何よりも、ルシアと王子の知人である第一皇子のシャーハンシャーが居る国だ。
「そう、シャーからは定期的に手紙が届くけれど...。」
今回、王子が呼んだということは、いつも通りではなかったということ。
重要な手紙、タクリード、シャーハンシャーと来て、ルシアは何かが頭の端を掠めたが、王子に話を聞くが早い、とピオとクストディオと共に図書館を後にしたのだった。
すみません、遅くなりました。
休載明けだっていうのに申し訳ありません(土下座)
ついに新章突入です!
と言っても、まだ導入の為、イストリアを出発できないんですけどね...(汗)
そして、久しぶりのお兄様でした。
元より出演予定ではあったんですけど、添削作業していると暫く登場していないキャラクターたちが思い起こされまして。
今回はそんなキャラたちにも細やかですが、出番をね、与えたいとは思っております。
それとは別に新キャラの用意もありますので、悪しからず。
そして、一つだけ断りを入れさせていただきたいことがありまして...。
現在、添削作業にもの凄く時間がかかっております。
それによって、登場人物紹介も時間がかかっております。
添削しつつでないと、何処までキャラや設定の情報を出そうか、図りかねますからね。
と、いう訳で遅れ気味ではありますが、気長に待っていただけると幸いです。
それと、その遅延の対策として、暫くの間は火、水曜日は休載にさせていただきたいです。
同時進行で別のシーンを見ているとこんがらがりやすくなりまして...ご了承ください。
それでは、次回の投稿をお楽しみに!!
今回は甘さ多めで頑張るぞー!!
コメント、拍手、いつでも受け付けておりますので気軽にどうぞ!




