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300.全ては納まるところに(前編)


暫く、ミンジェを交えて会話を続けていたところで、ルシアは近付いてくる人影に気付いて、会話を中断した。

そちらを見るルシアにつられるように王子はそちらを向き、ミンジェも振り返った。

やがて、ルシアたちのすぐ傍で立ち止まったのは今尚、目前に広がる海原の上で散々世話になった海賊船長マーレだった。


ルシアはあの日、爆発のその後には失くなっていた特徴的なオレンジのターバンが、今は彼の頭部に戻っているのを見つけた。

とは言っても、その布が新しく、新調されたものだろうということは分かったけれど。

多分、元々身に付けていたターバンは行方知れずか、破れたか、焦げたかは兎も角として、使用出来ない状態にはなってしまったのだろう。


「よう、ミンジェ。お嬢ちゃん。」


「マーレ、貴方も無事だった?」


「ああ、俺は元々、大怪我してなかったからな。」


マーレは軽く手を挙げて、ミンジェとルシアに声をかけた。

ミンジェが返事し、ルシアも返事ながらにマーレにも安否を尋ねる。

すると、マーレは(うなず)いたのだった。


「うちの連中もほとんどがもう動いてる。身体が鈍っちまうってよ。エルネストだけはまだ派手なことしないように言ってあるけどな。別状はない。」


「そう、良かったわ。」


「ああ、ありがとな。」


加えるように告げれた内容にルシアはほっと胸を撫で下ろせば、マーレはそれが船員たちを思っての行為だと見抜いたようにからりと笑って、礼を口にしたのだった。


しかし、それもずっとではなく、その笑みをマーレは急に収めてしまう。

残ったのは真剣な色の残る青の瞳だけ。

そして、それはルシアでもなく、ミンジェでもなく、王子に向けられていた。


「ただの海賊だってのに、うちの連中も治療を(ほどこ)してくれて感謝する。」


マーレから放たれたのは部下を(かか)える人間としての、船長としての言葉だった。

確かにエルネストは起き上がるのも辛いほどの怪我を負っていたのだ。

ゲリールの民たちの治療がなければ、万が一もあり得たことだろう。


そんなこともあってか、気持ちが強く込められたその感謝の言葉に王子はじっとマーレを見つめ返して、口を開いた。


「...いや、何処の誰だろうと協力者の治療に当たるのは自然なことだ。」


そうして、謙遜にも似た言葉。

然れど、その口調は全くそんな色を含んでおらず、本当にそう思っているような響きがあった。

その王子の切り返しに(しば)し、マーレは瞠目した後、今度はルシアへと視線を投げた。


ルシアは首を(かし)げる。

心なしか、マーレは呆れたような、疲れたような表情である。


「...何と言うか、この旦那あってこの嫁ありって感じだな。さすが、お嬢ちゃんの旦那をやってるだけある。」


「あら、とっても含みのある言い回しね。これは私、怒るべきかしら。」


「うーん、どうなんだろう...。」


「...どちらかと言うと、ルシアがあって、という感じだと思うが。」


「カリスト!!」


ただただお似合いの夫婦と言われるのもルシアには複雑だが、マーレの言い回しは少なくともそれだけを指して言っているのではないとルシアは分かっていた。

その結果、ルシアから放たれた言葉に内心、マーレの言い分も(あなが)ち分からないでもないミンジェが困ったように言葉を濁したのだった。


そして、最後に真剣に思案して(みちび)き出した答えを口にするような真面目腐った表情で王子が看過出来ない一言を溢した為、ルシアはバッと振り向いて咎めるように王子の名前を呼んだのだった。

自分が頑固で誰かによって揺るぐことのない性格なのは重々自覚しているけど、その点は王子も大概だから!


その王子とルシアの通常通りではあるが、初めて見た人には必ず度肝を抜かれてしまうやり取りに堪え切れなくなったのか、ついにマーレが大きな声を上げて、腹を抱え笑い出した。

王子とルシアはそんなマーレに目をやってから、お互いに目を見合わせた。

数十分ではあるが、先に二人のやり取りを見ていたミンジェだけがあー、と眉を下げたのだった。



ーーーーー


「...それで?わざわざ、雑談をしに来たのではないのでしょう?」


一頻(ひとしき)りマーレが笑い終えるのを待って、ルシアはそう切り出した。

何かあって、こちらに来たのだろうとルシアは視線でも問うた。

まぁ、かなり脱線したけどな。

すると、マーレはああ、と言って、笑いすぎによる涙を手の甲で(ぬぐ)った。


「いやな、調印も終わって俺らが居る意味ももうないだろ?エディが居るからこのままここでお縄ってことにはならないだろうが所詮、俺らは海賊で相容れない。っつー訳で、もう出港することにした。ま、協力者なんざ役目が終われば、はいさよならってな。でも、暫く手を組んだ仲なのは事実だから、最後に挨拶しに来たんだよ。」


飄々(ひょうひょう)と自分の立場をシビアなほど私情なしに見たマーレの言葉にルシアはミンジェの方を見た。

すると、先にこちらへと向いていたミンジェと視線がかち合う。

ミンジェは困惑し切った顔でルシアとマーレを交互に見て、何か言いたげにしており、そしてそれを言って良いのかという顔でルシアに訴えかけていた。


目の前で行われるアイコンタクトに王子は(いぶか)しげな顔をしながらも黙って様子を見ていた。

この場では静観することを選んだようだ。

そしてもう一人、ルシアはミンジェの後ろでもチホが静かに困惑しているのが見て取れた。


「...おい、何だよ?」


(ようや)く、二人の反応が通常であれば、想定出来るものから外れていることに気付いたマーレが片眉を寄せてそう言った。


「...えーと。」


「兄上?さすがに国の要人たる人に行先不明で勝手に出ていかれるのは大変困るのですが。」


「!エディ。」


言い(よど)んだミンジェの代わりのように口を挟んだのはルシアではなく、マーレの背後にいつの間にかやって来ていたエドゥアルドだった。

急に背後からした声にマーレは飛び退()くような大袈裟な様子でエドゥアルドを振り向いたのであった。


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