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2.彼女の境遇


彼女の名前はルシア・クロロス・オルディアレス。

現在、育ちざかり真っ盛りの六歳である。

大陸の最北に位置するイストリア王国。

大陸全土に今尚、その名を(とどろ)かせ、初代王の時代から途絶えることなく続くとされる最古の王国。

そのイストリア王国の貴族の中でも初代王の時より続く歴史あるオルディアレス伯爵家の令嬢がルシアであった。


しかし、ルシアは世間一般の普通の令嬢とは言い(がた)かった。

それもそのはずで、彼女は日本人女性であった前世の記憶というものを手にして、この世界に生を受けてしまったのである。

はっきりと覚えていないので割愛するが、事故死だったのだろうと思うのは大往生した記憶もないからだ。

彼女が気が付いた時には赤子の姿でこの世界に居たのだった。


これを非凡と言わずに何を言うか。

そんなファンタジーかという現実の中に彼女は身を置いていた。

そう、ファンタジーを体感しているのは何も彼女の境遇だけではなく、まさにこの世界はファンタジーの世界と言えるような場所であったのだ。

剣も魔法も、色とりどりの髪の人々も、そして竜だって。

この世界にはそれらがありふれたもののように存在していた。


これだけでも十分な非現実的状況はもう一つの事実によって、さらに上を行くこととなる。

そう、これだけではなかったのだ。

ルシアはもう一つ、この世界がファンタジーだと断言する要素を持っていた。

それは前世で無類の読書好きだった彼女が買い集めた本の数々、友人にこの際もうブックカフェでも開いたら?と言われたほどの蔵書のうちの一冊に綴られた世界こそがこのイストリア王国がある世界であったのである。

つまり、彼女にとってこの世界は前世と全く違う異世界らしい異世界というだけでなく、本の中の世界だったのだ。


かつての英雄の直系の長子の血を絶やさずに繋ぎ守ってきたことで唯一、人に触れること叶わずと言われた生物最強の力を持つ竜人族(りゅうじんぞく)と共存共栄してきた竜王(りゅうおう)末裔(まつえい)が治める国、それがイストリア。

しかし、それ故にこの長い歴史の中でイストリアは常に王位継承者が一人という、その者に何かがあれば国の一巻の終わりという大きな問題を抱えていた。


イストリアでは同腹の兄弟であっても、第一子以外に王位を継げない。

それは(ひとえ)に第二子以降には竜人族を従える力が受け継がれないからである。

力、と言っても不思議な能力がある訳ではない。

()いて言うなら、竜人族から無条件に愛されることだろうか。

ただ、竜人族は本能でそれを見分けるのである。

だから、イストリアは長らく大陸の指導者でありながら、現在に至るまで後継者問題を解決させることはついぞ、なかったのであった。


必然と言えば必然だったのだろう。

ついに恐れていた事態が起こる。

約六年前、先王が亡くなった際に初代王の直系の長子、『竜王(りゅうおう)長子(ちょうし)』と呼ばれる存在が途絶えてしまったのだ。

そうして、『竜王の長子』のみに(かしず)く竜人族たちはもうここに居る意味などない、とばかりにイストリアの街々からその姿を消してしまったのだった。

それによりイストリアは急激に弱体化し、他国からの睥睨(へいげい)、目下、周辺諸国共通の敵国スラングに狙われるようになったのである。

これを機にイストリアは戦禍へと包まれていく。


それがこの世界が綴られた小説の始まりだった。

そんなファンタジー小説に転生するなんて、それこそ究極のファンタジーなのではないだろうか、とルシアが笑えたのは一瞬のこと。

そんな不穏な設定の世界に産まれてしまっては他人事では済まされない。

とはいえ、作中の登場人物でもない限りは国が危機に瀕するとしても、さっと駆け付けた主人公が解決してくれるだろうから危険な目に合うこともないだろう。

幸い、この世界はありきたりな設定のハッピーエンドだったはずで、その通りに進んでくれさえすれば、と再び彼女は強張った心地を解いた。


戦いはあれど、基本的にそれが起こる舞台となるのは周辺諸国語。

小説の主人公が居るという意味では中心のイストリアも戦場となっていたが、王都まで攻め込まれてはいなかったはず。

イストリアの王都での物語は全て王宮内のごたごただで、それにさえ巻き込まれないように気を付けていれば戦禍に巻かれることもなく、その他大勢の貴族令嬢の一人として暮らしていける、はずだ。

しかし、そこまで考えて、はたと彼女は気が付いた。


「私、登場人物じゃん!!」


巻き込まれなければなんてものじゃない。

さすがにヒロインや主人公といった物語の主軸となる人物ではないが、十分に登場回数の多い、まさに物語の渦中に居るその人物。

ある意味では物語を進める上で必要不可欠な存在であり、その為の舞台装置でもある。

要するに物語に関わらないなんてことは出来るはずもなく。

やはり転生者なんて非凡な人間が、ただのモブに転生なんていうほど世界は優しくなかったのだ。


ルシア・クロロス・オルディアレス伯爵令嬢。

月光を編んだかのような銀の髪に角度によって濃度を変える灰色の瞳を持った全体的に色素が薄く、その冴え冴えとした印象そのままにとても冷えた表情が特徴のこの少女は作中の登場人物の一人であり、後に身分を笠に着て残虐の限りを尽した罪で物語の終盤で処刑されてしまう悪役王子妃である。

――そう、ルシアは主人公陣営ではなく敵陣営の人間だった。

今の彼女は、最も王子の傍に居る敵という存在になっていたのだ。


「...そんなの冗談じゃないわ」


このままでは処刑台一直線、そんな未来は絶対にごめんである。

ただ生まれ変わっただけでそんな運命を背負わされては堪らない。

当時、まだまだ赤子だった彼女はそう遠くない将来に来たるその運命に対して、なんとしてでも死亡フラグを折ってやる、とそう心に決めたのだった。

恐ろしい死から逃れる為に。


――そうして、彼女がこの世界に生を受けてからかれこれ六年の月日が流れた。

この間、死亡フラグを折ってやるぞ、と意気込みはしても、彼女の前に自分自身や国の名前、成り立ち以外には一切、物語の片鱗らしきものが姿を現すことはなかった。

しかし、ついに今まで鳴りを潜め続けていたフラグが物語開始の準備をし始めたのだ。

まず手始めとばかりにルシアと第一王子の婚約という形で。


イストリア王国第一王子、カリスト・ガラニス。

イストリア王家の特徴である白金の髪と紺青の瞳を持つれっきとした王子。

『竜王の長子』が居なくなったイストリアで空席となった玉座に就いて国王となった、先王の唯一の弟であったレイナルド王の第一子。

そして、第一王位継承権保持者であり、この世界を綴ったらしき件の小説の主人公である。


彼は亡き前王妃の子で自身の子を玉座に就けたい義母である現王妃により不遇の幼少期を送る。

その後、老若男女全てが振り向くほどの美貌(びぼう)に成長した彼は十八歳の時に、実子にさえ興味を持たない王と彼の存在を邪魔と考える王妃によって、当時国境へと攻めてきていたスラングとの戦の最前線へと初陣が決められた。

だが、彼は類稀(たぐいまれ)なる武才と初代王を彷彿とさせる求心力で信頼出来る仲間と共に初陣の後も幾つもの戦に勝利していき、彼の竜人族たちにも認められ凱旋(がいせん)する。

そして、悪の黒幕である王妃と王妃の手駒である悪役王子妃を処刑して己れを苦しめていた元凶全てを排除し、晴れてヒロインとも想いを通じ合わせた彼は最後に玉座に就き、物語はそこでめでたしめでたし。

しかし、それも悪役王子妃に望まぬうちにキャスティングされてしまった彼女としては何もめでたくない。


現在、王宮の勢力図は王妃率いる第三王子派、先王弟である国王派、第一王子派とあるが、第三王子派の圧倒的な優勢、第一王位継承権保持者の危機にも静観を続ける国王に(なら)って手出し一つしない国王派、数えるほどしか居ない第一王子派ではどうなるのかは火を見るより明らか。

結果、そう遠くないうちに第一王子は暗殺されるだろうと(もっぱ)らの(うわさ)が立っており、何よりその事実を(まこと)しやかにするように王妃の謀略による今回の婚約という暴挙が容認されてしまったのである。

そう、今回のルシアと第一王子の婚約は王妃の策によるものだった。

それは己が陣営も一枚岩ではないのを知っている王妃が自身の生家であるグラセス伯爵家であっても、第一王子が力ある家と縁を繋ぐことを嫌がった結果の人選であったである。

全ては王妃の憂慮を払拭させる為に打たれた先手。

――その為の婚約。


その辺り、今や没落寸前のオルディアレス伯爵家は大変都合が良かったのである。

最低限の上流貴族の身分に申し分ない歴史、その上で婚約の申し出を断る力を既に持たない家。

逆らえないけれど最低限の体裁は整う家格、という条件を満たしてたオルディアレス伯爵家。

それは第一王子の足枷とするのに王妃の理想そのものだったのだ。

そうして、目を付けた王妃が裏で手を回したことによって、オルディアレス伯爵家の一人娘であるルシアに第一王子妃という白羽の矢が立ったのであった。


「...婚約を断ることが出来ないなら、王妃を失脚させた後に円満離婚してやるわ!!」


そこまで緻密に仕立て上げられたこの婚約は彼女一人の一存ではどうにかすることが出来るはずもなく。

ましてや、今の彼女はたった六歳で相手は小説の中で国内での黒幕とされる王妃。

今までも見えないなりに打てる手は打ってきたりはしていたのだ。

婚約話が来ないように注意を払ったり、目を付けられないように行動してきた。

結果として、それは功を奏しはしなかったけれど。


でも、それもその元凶たる王妃が居なくなってしまえば?

それならば、それでこれからも打てる手を全て打って、その時までやり切れば。

全て終わった後には王子をヒロインに押し付けて、悠々自適なセカンドライフ。

それはなかなか良いのではないだろうか。

それにはかなりの労力を要するだろう。

そうでなくては今までに結局、折ることの出来なかった太くて頑丈な手強い私の死亡フラグは折れはしまい。

けれど、それさえ果たせれば。


「絶対に生き抜いてみせる!!」


そうして、彼女は再び心からの決意を固めたのである。

この時、何が何でも婚約話を蹴っていれば、今後起きる様々な面倒事に巻き込まれることも、幾つもの冒険さながらの旅に出ることもなかったのだということをまだまだ幼く短絡的に状況を見ていた彼女は知らなかった。

まさか、自分の起こした行動で未来がそのように変化していくなんて。


ここが、こここそが、全ての始まりだったと彼女が気付くのはそれこそ全てが終わった後のこと。

これはそれまでの彼女を描いた物語――。


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