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293.剣劇の応酬、二頭の竜


金属のぶつかり合う鈍い音が幾重にも響く。

その音とは対照的にルシアの目前に広がるのは()くも鋭い剣撃の応酬だった。


「カリストが重傷とはいえ...。」


ルシアはぽそり、と誰に向けるでもなく、そう溢した。

アドヴィスめ、剣の腕はからきしとほざいた割には技量がある。

しかも、その辺の破落戸(ごろつき)よりも剣技が綺麗だ。

そこから弾き出される可能性に関しては考えても仕方のないことだけど。


「...でも、やっぱりカリストには敵わない。」


詳しくないと言い続けているとはいえ、ルシアもそれなりに多くの人の剣技を目にしてきている。

それこそ、幼い頃はイストリアでも最高峰の技量を持つ騎士団長マノリトに稽古(けいこ)を付けてもらっている王子を眺めていたものだ。


そんなルシアから見て、目の前の攻防は怪我をしているのにも関わらず、王子の優勢だった。

からきしではないにしろ、アドヴィスが剣技を得意としていないのは本当なのかもしれない。

そして、王子は何でも上手くこなしてしまうものの、やはり小説でも戦場を駆け抜けるからだろうか、剣の腕前だけは特別、上手なのだ。


王子の重みのある剣を受け流したアドヴィスがそのまま剣を王子の方向へと(すべ)らせるもそれもまた、瞬時に切り替えた王子によって跳ね上げられる。

アドヴィスはその勢いの踏鞴(たたら)を踏むような後退をしながらも、(いま)だに飄々(ひょうひょう)とした表情を取り(つくろ)ったまま、剣を構え直した。


「......やはり、さすがは強国イストリアの王子殿下。私では後数分と持たないでしょうねぇ。」


「...その割には、随分と余裕があるように思える。」


「おや、そう見えているのであれば、私の虚勢もまだ上手く通っているということでしょう。」


間合いを保って、(にら)み合いが続けられる中でアドヴィスはわざとらしく驚嘆してみせた。

王子がじっと警戒の眼差(まなざ)しを向けたまま、静かに返答した。

けれども、アドヴィスはそれにも減らず口で口角を吊り上げたのがルシアの目に映る。


よく言う。

弁が立つ内はまだ余裕があるというならば、アドヴィスはまだまだ余裕があることになる。

虚勢等ともし、本当に張っていたとしても決してそんなものを知られるようなヘマはしないだろうに。

本当に口の立つ男だ。


「......でも。」


ルシアはまた小さく呟いた。

いや、それは内心の声が洩れたものだった。


でも、この戦いは長くは持たない。

ルシアにはそう見えた。


それは無論、王子の技量にアドヴィスが(まさ)ることはないだろうと思うから。

そして、それは何よりも当人がよく理解出来る事柄でそれを解っているアドヴィスがいつまでもこの状況を引き延ばしにする訳がないから。

そんな全てを総合的に見てのルシアの見解。


勿論、アドヴィスは何か手を残しているだろう。

王子もまた、疲労と怪我でいつもの群抜いたパフォーマンスを実行は出来ないだろう。


そうなるようであれば、絶対に阻止するけども王子がピンチに(おちい)ることがあるとする。

それが外的要因でも何でも良いけれど、その時は私たちがアドヴィスの前に立ちはだかる。

それはそれでアドヴィスも理解しているところ。


だったら、勝敗を関係なしにこの場に居る人間の意思が早期決着であることは間違いようのない事実だろうとルシアは考えていた。

そして、そんなルシアの考えを明確にするかのように。


「...はッ!」


「......!」


王子の怪我を思わせないスピードと重みが乗った鋭い剣撃がアドヴィスを襲った。

それをアドヴィスも何とか受けるも受け切れず、打撃を受けたようにアドヴィスは軽く後方へと押しやられたのであった。

踏ん張ったが為に靴底(くつぞこ)と地面が(こす)れた音が響く。


これは少なくとも、アドヴィスにダメージが入った。

何も剣技というのは斬るだけが全てではない。

そう、思わせる王子の攻撃だった。


証拠とでも言うようにより距離が()いた先でアドヴィスはだらり、と剣を持つ腕を力を抜いて垂れ下げた。

そして、一瞬の内ではあったものの、少しだけ笑みのない顔で目を細めたのをルシアは見た。


この時、ただ気味の悪い笑みで印象付けられていたアドヴィスの目元が理知的な切れ長の目をしていることにルシアは気付いた。

とても、神経質そうなそれを再び確かめる暇もなく、アドヴィスは道化師のように笑う。


じりじりとした空気が(ただよ)っていた。

いつまた、(つば)迫り合いが再開するとも限らない空気の中で、一番に行動を起こしたのはなんとアドヴィスだった。

それもあろうことか、剣を(さや)に収めてしまったのである。


「もう、捕まる覚悟は出来たか。」


王子は息を詰めながら、アドヴィスに向かってそう言った。

その瞳は剣よりも冷淡に鋭く、このまま簡単に終わってしまう訳ないということを感じている顔だった。

それはルシアも同じで王子と同じようにして息を詰め、いつでも動けるように足腰に力を入れた。


「......いえいえ、私もまだまだやりたいことがありますからねぇ。しかし、このまま殿下と打ち合いをしていても私が勝てることはないでしょうから。」


その言葉が本心かは兎も角、アドヴィスの言った内容はルシアの想像していたものと寸分(たが)わぬもの。

なのに、まだ本性を見せない余裕はあるアドヴィスの様子にもう終結だという安堵は全く湧かなかった。


それこそ、最後こそ、何かとんでもないことを仕出かしかねないそんな緊張感が、ルシアに、そして王子にも走る。

じわり、と肌が汗ばむ。


「ヒョニ、アナタラクシ。」


先手を打ったのは王子だった。

二人の竜人(りゅうじん)の名前を王子は呼んだ。

そこでルシアはそう言えば、駆け付けた中にその二名の姿が見当たらなかったことに気付く。


そして、その答えは文字通り、上から降ってきた。

急激に影が港に落ちる。

それはどんどんと大きくなって、最終的には二頭の竜の姿になった。


アドヴィスの背後に木々の高さほどで滞空する黒と青の二頭の竜。

羽ばたく度に強風染みた風が巻き起こり、ルシアの髪を、皆の服を、海面を、船を揺らし、地をなぞる。

ただ、そこに現れたというだけでそれらはそれほどのことを引き起こす。

それが竜という、竜人という生き物。


「...これは、これは。」


アドヴィスがほぼ真上ほどにある彼らを見上げて呟いた。

小さき者を見るかのような目でアクアマリンとダイヤモンドの瞳が男を見下ろす。


竜の姿から感情を読むことは難しい。

けれども、ルシアにははっきりとその視線が敵対者に向けられたものだと分かった。

獣のような獰猛さもなく、理性と高度な知性を思わせる瞳。

けれど、全く話の通じなさそうな、聞いてすらもらえないような雰囲気がある。

まるで、人知の及ばない未知の生き物と相対しているかのような気分になる。


「いやはや、これは()が悪いなんてものじゃありませんねぇ。」


しかし、神をも恐れぬといった風情でアドヴィスは全く心の篭っていない様子で腕を組み、口元へ手を当てたのであった。


何の面白みも発展もない回...(汗)


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