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28.砂漠と靴と(後編)


「ここか?」


「ええ、そうよ。...こんにちは、フレディ!フレディ、居る?」


少し路地を折れて進み、ルシアが一つの店の前で立ち止まったのを見てシャーは問うた。

ルシアはそれに(うなず)いてみせてから店内へ向けて声を上げる。

間もなく、一人の少年が姿を現した。


「やぁ、ルーシィ。久しぶりかな?もしかしてジェマに言われて室内履き見に来た?」


ジェマと瓜二つの顔をした彼は間違いなく、彼女の双子の兄のフレディだ。

ルシアの顔を見るなり柔和な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「ああ、それも見たいんだけど今日は別件。ねぇ、春告祭(はるつげさい)の最終日に間に合うよう作って欲しい物があるんだけど、試作品で良いから頼まれてくれない?」


「へぇ、また何か思い付いたの?うーん、物によると思うけど試作品なら出来るんじゃないかな。取り敢えず、いつも通り工房で話そう。下絵、描いてくれるんでしょ?」


やっぱり、この話は彼の職人としての琴線に触れたようだ。

少しワクワクした目をしてフレディは店の奥、工房へと促した。

大抵、ルシアが(くつ)を作ってもらう時は工房でルシアが絵に起こしながら隣でフレディが作業することが多いからである。


「あ、フレディ。今回は連れが居るんだけど一緒で構わない?」


「え?いつもイオンさんも一緒だし、構わないけど...」


わざわざ聞く意味があるのかという顔で振り返った彼は今まではっきりと見ていなかったルシアの後ろに居る二人へ視線を向けて固まった。

うん、分かるよ。

王子は隠してるけどそれでもかなり美麗なのは分かるし、シャーに至ってはこの国では王族にしか居ない金髪を惜しげもなく(さら)している。


さっき、フレディはジェマから聞いて来たのかと言ったからルシアが何処の誰かということを既に知っているはずだ。

なら、ある程度は邪推してしまうのも無理もないことで。


「フレディ、店頭にいつまでも居るのは邪魔になるわ。カリスト、シャー、こっちよ」


「...ああ」


「分かった」


ルシアは(いま)だに固まったままのフレディを方向転換させて背中を押しながら、後ろの二人に声をかけて工房へと足を踏み入れたのだった。



ーーーーー


「へぇ、砂漠地用にサンダルか。靴を足に固定する部分以外の生地を無くすなんて発想が面白いね」


「最終日までに出来そうか?」


「うん、これなら普通の靴よりずっと短時間で出来そうだよ」


シャーの確認に快諾して見せるフレディは早速、型取りを始めている。

工房に入ってからも固まったままだったが、ルシアがサンダルの絵を描いて渡すと職人のスイッチが入って動き出した。

来客用のお菓子はないけどお茶なら出せると言って、シャーにも王子にも普段の姿で応対していた。

さすが職人、切り替えが出来ると何処までも我を(つらぬ)くスペシャリスト。


「ああ、フレディ。実はね、こんなのもあるんだけど」


ルシアは何故か工房に設置されてしまって久しい自分専用のスケッチブックに二枚目の絵を描き上げて見せる。

一つ目のシンプルな物と違ってこちらは足の甲の中央に足指から足首へと一本の筋が通っていて、それと靴の底の部分を幾つもの筋が足の甲を守るように繋がっている。


所謂(いわゆる)、スポーツサンダルが一つ目ならこれはグラディエーターサンダルだ。

こちらの方がより足が固定されて動きやすい。

砂漠地では一番適しているかも。


「ああ、良いね。これもサンダルなの?」


「ええ、サンダル」


フレディはとてもウキウキし始めている。

この分なら最終日と言わず、四日目には出来ているかも。

彼も靴職人という職は天職らしい。

こちらもワーカホリック気味。

そこでルシアはもう一人のワーカホリックを思い出した。


「ああ、そういえばジェマは?今日も仕事?」


「ん?いや、今日は祭りの初日だし午後から半休って言ってたけど、帰ってきてないからまだ仕事場に籠ってるんじゃないかな」


「相変わらずねぇ」


見事にサービス残業中らしい。

まぁ、彼女にとっては趣味も兼ねているし、仕事場の方が色々と充実しているんだろうけど。


「じゃあフレディ、後は任せても良い?シャーもそれで良い?」


ルシアの問いに二人から了承の返事が返ってくる。

ルシアは取り敢えずと思って書いた王都の中央広場からここまでの簡易的な地図をシャーに渡して、席を立つ。


「ああ、それと。これはまた今度、私が来た時で良いから」


「...これは?室内履き...ではないよね?」


「ええ、お出掛け用の靴」


ルシアがフレディに渡したスケッチブックに描かれていたのはミュールとウィッジヒールである。

勿論、この世界にない。

フレディにも令嬢であることを知られたなら、こういったパーティー用の靴を頼めると思って。


まぁ、後者に関しては紅茶とスコーンは美味しい国の女王がカジュアル過ぎると公式の場での着用は敬遠していたけど、こちらでは普段用の靴はヒールが低い物が多いし、新出なので大丈夫だろう。


「じゃあ、フレディ。頼んだわ」


「分かったよ、ルーシィ。また来てね」


ひらひらと手を振る彼に手を振り返しながら、ルシアは二人と共に外へ出たのだった。



「シャー、ほんとにここで良いの?」


「ああ、今日は良く働いてくれた。散策も楽しかったが、予想外に良い収穫があった。礼を言う」


靴屋から広場まで帰ってきたところでシャーがここまでで良いと言ったのでルシアたちは立ち止まっていた。

かなりのご満悦の様子。


「今日、貴様に会えたのは僥倖(ぎょうこう)だったな。別な奴にこうして案内を頼んでもこうは面白くならなかっただろう」


ちょっと、人をおもしろ人間みたいに。


「...まぁ、イストリアを気に入ってくれたなら良かったわ」


「違うぞ、ルシア」


シャーの否定に首を(かし)げる。

というか、その国の人に対して気に入っていないなんて言うなよ。


「俺は確かに気に入ったがそれはイストリアではない。まぁ、街も悪くなかったが唯一気に入ったのは貴様だ、ルシアよ。どうだ、タクリードに嫁ぎに来ないか。貴様なら我が国でも上手く生きるだろうよ」


「え...っ!?」


「シャー!!」


ずいっと顔を近付けて言い放ったシャーの台詞に度肝を抜かれる。

ルシアが声を上げると同時にあまり口を開かなかった王子が咎めるようにシャーの名を呼び、ルシアとシャーの間に身体を滑り込ませた。


「ほう...?なんだ、兄妹ではないと思っていたがルシアは貴様の女か、カリスト。ふむ、無理やり連れていく趣味もないからなぁ。ルシアよ、此奴に飽きたらいつでも俺のところに来るが良い」


不機嫌な顔をする王子にも全く臆さずにシャーは一頻(ひとしき)り勝手に自己完結した後、ではなとだけ残して去っていった。


「...はぁ、何から何まで勝手な人だなぁ。ええと、カリスト、帰ろうか」


「...そうだな」


困惑を浮かべて気を緩ます王子に帰宅を促して歩き始める。

何とも濃い一日だった。

いや、なんとも濃いキャラだった。

あれ?そういえばシャーって名前、何処かで...?


それに王子との関係を訂正し損ねた。

(あなが)ち間違っちゃいないけど、そんな甘い関係ではないしなぁ。

ルシアは気になったことを思い浮かべたが、思考回路が疲労を訴えていたので何もかも考えるのを諦めたのだった。


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