287.悲痛な叫び声
※今回はよりはっきりと流血シーンがあります。
立っている者、膝を突く者、腕を押さえる者、――そして、地に仰向けに倒れ伏した者。
各々で取っていた行動は違っていたが、共通点が一つ。
少し離れた位置のルシアからでもよく分かった。
彼らが身体の何処からか赤い液体を流していることが。
自分の見た赤の塊がその中心にある彼らによって作られたことが。
ルシアは戦慄く唇を動かして何かを言おうとするも言葉にはならなかった。
それは、この状況のせいか、誰に声をかけて良いのか考え倦ねてしまったからか、かける言葉が見つからなかったか。
「イオン、クストディオ!無事か!!」
そんなルシアの様子に気付いてか、気付かないでか、ノックスが一歩踏み出して、まずはといった様子で護衛仲間二人の向かって声を張った。
すぐ横で上げられた声にルシアは現状、二の足を踏んでいる場合ではないと自身を震い立たせた。
「イオン、クスト、怪我は!?」
ルシアは中々、足を踏み出せないでいたことも忘れて即座に駆け出した。
一番手前にあったクストディオの背中へと駆け寄る。
ちらりと、クストディオは少しだけ顔をこちらへと向けてルシアに視線で受け入れた。
「大丈夫。それよりイオンと――。」
クストディオは僅かに腰を落として戦闘態勢のまま、片手にナイフを持ったまま、ルシアに答えた。
それだけ言って、警戒を続けるようにクストディオは正面へと顔を向け直す。
クストディオのナイフを持っていない方の手はだらりと垂らされており、その腕から血が滴となって地を濡らしている様子が目に入ってルシアは悲痛そうに唇を噛み締めた。
しかし今、何を言ってもクストディオはこの状況を切り抜けぬ限り応急手当すらさせてくれないのはルシアもよく理解していた。
だから、ルシアはクストディオの言葉に素直に従って、イオンの姿を探した。
「イオンっ!!」
「...ははは、大丈夫ですよお嬢。このくらい、何て事ない。」
ルシアは一番見慣れた背中を見つけて、駆け寄ろうとしたところでイオンを囲む赤がクストディオのものより大きいことに気付き、息を詰めた。
必死の形相で駆け寄るルシアにイオンは膝を突いた状態で、ははは、とから笑いでルシアを手を翳して制した。
「何処が!!この怪我で大丈夫なんて言うなら馬鹿よ!」
「ちょっと、馬鹿はないんじゃないですか、馬鹿は!」
しかし、ルシアはそれを掻き消すような剣幕でイオンに向かって叫んだ。
近付けば、匂い立つような鉄錆の香りが、途切れず広がる血溜まりが鮮明に分かった。
何よりルシアが取り乱しているようにも見えるほどの勢いで詰め寄ったのはイオンの返答の返しに、こういう時ほど饒舌になる毒舌がない腑抜けた返事だったからである。
「......俺より、エドゥアルド殿下やミンジェを。」
「っ、......分かってるわっ!」
ルシアの慌てように冷静さを取り戻したように、いつものような笑みをわざとらしくイオンは浮かべた。
ルシアもそれを見て、今するべき判断と行動を瞬時に理解して唇を噛んだ。
ほんとにどいつもこいつも!
イオンに至っては軽傷とはとても言えない怪我をしているのに!
ただ表面を見るだけでもイオンは足に腕に、そして深い茶色の髪の合間からも赤い線が一つ、重力に従って流れ落ちている。
何よりイオンが膝を突いていたこの場所が、先程までルシアの居た場所だったこともよりルシアの顔を歪めさせた。
きっと、いいや間違いなくノックスへ向かって、爆発から逃がすようにルシアの投げ飛ばしたのはイオンだ。
しかし、イオンもまた応急手当をさせてはくれないだろう。
何より、イオンの怪我は応急手当より即刻治療した方が良い部類の怪我だ。
それこそ安静にしてもらうしか、ルシアに出来ることがないという意味でも別へと意識を向けた方が良いのは確かだった。
「ルシア嬢!」
「エディ様、ご無事ですか!マーレ!」
煙の隙間から聞こえた声にルシアは視線を向けた。
煙が立ち込める中心に飛び込んだせいで良好とは言い難い。
それでも、ルシアは目を凝らした。
そして、爆発の跡から僅かに横手にずれた位置でルシアは青い髪と煙に同化しそうになる灰色の髪を見つけて、大きめに声を張り上げた。
「僕は掠り傷だけです!しかし、ベッティーノとエルネストが!!」
「俺も避けた!だが、エディを庇ったベティとエルネストが動ける状態じゃねえ!!」
「っ!」
ルシアの声にエドゥアルドもマーレも応答する。
煙る中、見えた二人が言葉通り、血を滴らせている様子がないのを確認してルシアは息を吐いた。
だが、マーレが続けた言葉にルシアは沈痛な表情をより深める。
マーレたちのすぐ傍でイオンと同等の怪我で膝を突き、または肘まで突いて、身を辛うじて起こそうとしているベッティーノとエルネストの姿が目に入る。
他の避け切れなかったアクィラの騎士と共に血溜まりをその場に作っていた。
マーレが無茶するな、と起き上がろうとしていたエルネストに鋭い叱責を飛ばしながらも、エドゥアルドを含めて三人を庇うように前に踏み出ていた。
マーレが避けたと言ったが、彼も血こそ流していないもののボロボロの状態にあることはルシアにも見て取れた。
彼の服は袖の一部が焼け焦げ、そこから伸びる腕に火傷のような痕が見える。
何よりトレードマークとも言えるオレンジ色のターバンがマーレの頭の上になく、喪失していた。
「ルシア様!」
無意識に駆け寄ろうとしかけたルシアを足止めるように上げられた声にルシアは声の主のノックスに振り返る。
視線が合った一瞬でノックスは言葉を発する間も惜しいといった様相で視線でルシアの視線を誘導した。
ルシアは促されるままに正面だった方へ向く。
「!!!!」
声にならない悲鳴をルシアは上げた。
そらは爆心地の中央に一番近い位置だった。
そこに人影が一つ。
急に風が吹き抜けた。
煙がうねるようにして掻き消され、薄まっていく。
「ミンジェ、チホっ!!」
ルシアが叫ぶ。
その声が届いたかのように人影が身動いて、外殻が剥がれ落ちるかのようにして影が二つに割れた。
残ったのは一回りも小さい影。
ただ呆然とその残った影の主は正面を少し仰向けに見上げていた。
少しずつ状況を読み込むように彼は視線をぎこちなく下げる。
時間が経つほど次第に肩の震えが増加しているのが分かった。
「チホ!......チホ、チホっ!!」
ミンジェが喉をひくつかせながら叫ぶようにチホの名を呼ぶ。
視線は一ヵ所、自分の膝に頽れる剥がれ落ちたかのようだったもう一つの影に。
ミンジェの悲痛な声がルシアの心を酷く突き刺したのだった。
前回に引き続き、えらいこっちゃ。
流血続きで大変、凄惨な状態ですが、もう少しだけお付き合いください。
ただ、一つだけ皆様がご安心出来るかも?しれない情報をお伝えしますと、ルシアが目指しているのはハッピーエンドです。
ハッピーエンドなんです。
彼女ならこの危機的状況、何とかしてしまいそうではないですかね?
何より、まだ役者は揃ってませんしね。
さて、これ以上はネタバレになりますのでね。
次回の投稿をお楽しみに!




