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285.降り注ぐ


「...ルシア嬢。」


「...!大丈夫ですわ、この程度の揺さぶりで狼狽(うろた)えるほど純粋でも無垢でもありませんから。」


すっと、斜め後ろからエドゥアルドに静かに呼ばれて、ルシアははっとしたように思いながらも振り返ることもなく、返答を返した。

わざと動揺を(あお)るのはアドヴィスの手だ。

それは重々承知である。


けれど、少しだけ焦りがあったのも事実で、エドゥアルドの声に気を引き締め直すことが出来たことには有り(がた)く思う。

それを直接、エドゥアルドに向かって、口に出すことはないものの、ルシアは証明のように綺麗な笑みでにっこりと笑ってみせたのだった。


「あら、お褒めにいただき、ありがとう。お陰様で貴方を捕えることが出来そうだわ。」


「...ふむ、やはり貴女はとても興味深いお方ですねぇ。」


「......。」


表面上は今までも充分に慌てる様子一つ見せなかったルシアだが、より堂々と微笑んでアドヴィスと対峙した。

それを受けたアドヴィスは少しだけ観察するようにルシアに視線を向けた後、面白そうに笑みを深める。

少しくらいは怯んでくれても良かったのに、やはりと言うか、アドヴィスは常軌(じょうき)を逸した反応にルシアは眉を寄せる。


今すぐ、アドヴィスを視界から消し去りたいのを我慢しながらもルシアは笑むだけに留めた。

余裕があるように見えるように。


正直、アドヴィスが手ぶらに見える様子でも何かしらの手を講じていないはずがない以上、容易に近寄ることも出来ない。

結果として、少しでも探りを入れる為に、あんなに避けたいアドヴィスとの会話が実現しているのだけども。


これをこのまま、(たた)み掛けるように捕えられたらどんなに楽か。

往々にして、精神攻撃というものは面倒この上ない。

だからこそのアドヴィスは厄介な男な訳だが。


「しかし、このままでは本当に捕らえられてしまいそうですね...さて、どうしたものか。」


またも全く困った様子一つなく、形だけ首を(かし)げては悩む振りをするアドヴィスにルシアは冷》たい目を一時も外すことなく見据えていた。

余計な挙動を取られないようにだ。

やがて、わざとらしくアドヴィスは手を打つような素振りをして、口角を吊り上げた。


「そうですねぇ...では、逃げるだけの時間は稼がせていただきましょう。」


アドヴィスの言葉にルシアたちは構えた。

何処から何が起こるとも分からない。

一気に殺気のようなものが全てアドヴィスへと伸ばされた中、アドヴィスはわざとらしく人の嫌悪を煽るような笑みを大きく浮かべてみせたのだった。


その瞬間、ルシアたちとアドヴィスとの丁度、中間の辺り、横合いの木々の隙間で大きな爆発音が上がった。

振動が地面に複数転がる石ころを揺らす。

ルシアたちも揺れに足を踏ん張った。


「......っ!!!!」


何があるか分からないことは予想出来ていた。

爆破物がある可能性だって高かったじゃないか、それによってほんとに一瞬であれど混乱が生じることも。

けれど、一瞬。


その一瞬が、轟音がすぐ真横から耳を支配し、身体が無意識に(わず)かな固まりを見せたその一瞬のうちに。

ルシアは立ち(のぼ)る土煙の隙間から今までよりも深く笑うアドヴィスと目があったのを感じたのだった。


噓でしょ!?

嫌な予感が精一杯、手を伸ばしたその瞬間、ルシアは自分たちの頭上に見たくはなかった見慣れたものを目にした。

それはルシアたちも使用したから威力はよく知っている。

勿論、火薬の量を(いじ)られていては想定が付かないけれど。


元は王子たちがアドヴィス陣営の拠点の一つから奪取したその品。

アドヴィスがまだ残りを持っていることも、前以てこの港付近へ仕掛けることも出来たであろうそれ。

ヘアン船の大半を沈めるのに大いに役立ったその爆破物が空から雨が落ちるように自分たちに向かって満遍なく降り(そそ)ぐのをルシアはその灰色の瞳の、その目前で捉えていたのであった。


ちょっと短めに。

早くー、主人公ーー!!


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