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268.一条の矢を穿つ


「......貴女は何が欲しいと?」


ジョンウが改まったルシアの言葉に顔を引き締めてそう発した。

そこにあるのは、これから一国を(みちび)かんとする皇族の顔だ。

はっきりと堂々としたその様子に起こったざわめきも一瞬で静まり、静寂が落ちる。


「そう、ですわね。...確か、貴国では鉱石が豊富でしたわね。」


「!...それを寄越(よこ)せと言うのか。」


ルシアは思い悩むような素振りの後に、わざとらしく今先程、思い出したかのようにそう言った。

ジョンウが息を呑む。


そして折角、収まったざわめきがまた上がった。

うーん、私が何か言うと全部、周囲をどよめきに変換されてしまってるなぁ...。

ルシアは少しだけ苦笑を落とした。

けれど、すぐに気を取り直して強気な笑みで微笑みかける。


「いいえ。ただ少し、融通して欲しい程度ですわ。ヘアン産の鉱石は質が良いとお聞きしますが、あまりこちらの大陸まで流出されることはありませんので。あとは出来れば、国内だけで留めているものをほんの少し輸出してくだされば有り(がた)く思います。」


「.....随分と、我が国について詳しいようで。」


「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ。」


その辺りは何度か王子との会話で上がったことのある話だったからね。

勿論、こうして提案しながらもルシアは、実際はヘアンからそれらを全て巻き上げる、というつもりは全くなかった。

鉱石の(たぐ)いは有限のものである。

それも無為に採掘を繰り返せば、土地を荒らし、すぐに底を尽きてしまう類いの。


「勿論、無理のある輸出を迫りはしませんわ。その辺りは話し合った後、規定量を設けましょう。事故、枯渇、災害、様々な理由でそれに届かない場合はしっかりと伝達していただければ緩和するようにも致しましょう。――どうです?」


元より旨味が少ないのだからそれでもアクィラにはちゃんと利になるのである。

ルシアだってこれは手に入ったら吉程度の申し出だ。

ただこのまま何もなく、では終戦においてアクィラのメンツが立たないのと、ヘアン側への制裁にならないのと、要するに目に見える形で終戦を示そうということ。


そして、これはジョンウも理解できる話だと思う。

彼にもメンツがあり、こうしてルシアと話しているのだから。

何より元々、この時点でヘアンは敗戦がほぼ確定されてしまっている。

多少の不利益は予想の範疇(はんちゅう)だろう。

ならば、この提案は最も考えられる不利益であり、最小のもののはず。


「......分かった。その要求を呑もう。」


「ジョンウ殿下!!!!」


非難の声、というのが最も正しい、そんな声だった。

それが、ジョンウの後ろで巻き起こったのをルシアは静かに聞いていた。

けれど、ヘアンに他の選択肢は、ない。


「では、後ほど取り決めの場を設けましょう。その際には貴方様がお越しいただければ幸いですわ。まずはこのことに違いのないという署名をいただきたく。」


「ああ、私がそちらの船に降りれば良いか?」


「殿下!それはなりません!!」


少しざわめきが小さくなったところでルシアは切り出した。

帰還後に知らぬ存ぜぬを喰らっては意味がない。

今、全てを決め切るには終わっていないことも多く、何よりさすがにそれにはこちらが役不足である。


だから、ジョンウの直筆で署名を、とルシアは言った。

それにジョンウはあっさりと頷き、身を乗り出そうとし、腹心らしき男が必死に止めに入る。


まぁ、敵船だもん。

止めるのは当たり前だわ。

ルシアはジョンウの(いさぎよ)さと必死な腹心の姿に、何処かの王子と側近のやり取りを思い出した。

今頃、陸で同じ光景が上演されていなければ良いけれど...。


「...では、わたくしがそちらに参りましょう。アナタラクシ。」


だから、という訳ではないが、ルシアは先手を打つようにそう告げた。

アナタラクシがとても嫌そうにはいはい、と完全な諦めモードで甲板に腹を付けて、背を低く取る。

それはルシアの意図を読んで背中に乗れ、という合図だった。

それはアナタラクシと共に居れば、攻撃を仕掛けられないという考えもあっての行動だった。


「彼が居れば、貴方方も手が出せないでしょうから......!?」


「お嬢!!」


ありがとうとアナタラクシに告げて、ルシアはヘアン兵を刺激しないように言葉を紡ぎながら、アナタラクシの背へ手を伸ばそうとした時だった。


矢が。

矢がルシアに向かって放たれたのだった。

いち早く気付いたイオンが距離を詰めるが、アナタラクシの着陸の為に()けていた距離を詰めるので精一杯だった。

各言うルシアは視界の端で少し顔を見せた朝日の輝く一条の(またた)きとその奥でジョンウに取り押さえられる腹心の一人の姿を捉えていた。


アナタラクシが首を曲げてルシアを庇おうとする。

それは身体ごと動いてはルシアを誤って潰しかねないといった配慮の元、アナタラクシが出来る最大限の行動だった。


だが、それを押し退()けようとした者が居た。

ルシアだ。

ルシアは知っていた、いくら硬質な(うろこ)に守られていようと首を射られては全くの無傷ではいられないだろうと脳が判断するよりも早く、無意識で反射的な行動を取った。

押し遣られて中途半端にしか庇うことの出来なかったアナタラクシを嘲笑(あざわら)うかのように、ルシアの悪運を示すかのように、矢の動線の先にあるのはルシアだった。


「っ。」


ルシアは息を呑んだ。

頭ではどうにかする方法を探してフル回転させていた。

だが、無情にも矢の速度は考える間など与えはしない。


当たる、そう感じたその瞬間。

横合いから別の一線がその瞬きを穿(うが)った。

矢の木製の軸が砕け散る。

木片が宙に舞った。

折れて軌道の逸れた矢尻がルシアの頬を掠り、つーっと一滴の赤が白い肌を滑り落ちる。


誰もが息を呑み、焦り、届かないと知りつつ手を伸ばした瞬間。

ルシアの命を救ったのはこれまた一条の矢。


ルシアは弾いたそれが矢であることを遅れて理解して、もう一つのそれが放たれたであろう方向を見た。

それはこちらの甲板の上。

それなりに離れた位置、そう、具体的に言えば船内からの(のぼ)り口、そのすぐ前の辺り。


そこには、ミンジェが立っていた。

彼は構えていた弓をゆっくりと下ろす。

銀の瞳が今までにないほど鋭く輝いていた。


「っ!?」


今まで以上のざわめきが両船で起こるのを耳にしながら、風に(なび)く黒髪と真剣な表情を浮かべたミンジェの顔をルシアはただ眺めていたのだった。


今日も一時でして、申し訳ありません。

けど、休載にはなりませんでしたね。

お届け出来て良かったです。


今日の執筆のお伴はほろよい(もも)とバナナです、甘っ。

さすがにこんな時間、翌日平日という状況でワインは飲めんかった(笑)


さて、今話はどうでしたでしょうか?

また感想いただけると嬉しいです。

それでは、また次回の投稿をお楽しみに!!


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