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258.作戦開始を前に(前編)


風の音が響く甲板にルシアは立っていた。

隣にはノックスが立っており、少し離れた位置でイオンとクストディオが爆破物の最終確認を(おこな)っている。


時刻は夜も明け始めてもいない早朝。

当然、辺りは薄暗く、闇に慣れた目で海を見下ろせばまだまだ黒く、空を見上げれば薄く星の輝きが見て取れた。


時刻は夜も明け始めてもいない早朝。

いつもなら既に二度目の眠りに身を(ゆだ)ねてしまっている頃。

終戦へ向かう作戦の開始、その朝である。



ーーーーー

既に準備を万全に整えたルシアは最初に来ていた動きやすい簡素なワンピースに風に(なび)く銀の髪を一つ結びにして、まだ白む様子も見せない空を眺めていた。


この船が作戦に動き出すにはずっと早い時間である。

よって、甲板にある影はルシアとイオンたち四人のもののみ。

後は甲板より高く(そび)えている帆柱に設けられた見張り台の見張り役の者の姿くらいか。


大きな作戦を前に本来であれば出来る限りの休息を、というのが最適なのだろう。

それでも、ルシアが準備を完全にしており、もう一度、ベッドに(もぐ)り込むつもりも毛頭ないといった出で立ちで甲板に立っていたのは(ひとえ)に、既に作戦へと動き始めることとなったアナタラクシを見送る為であった。



――ほんの少し前。

ルシアは(いま)だ陰鬱そうな表情で項垂(うなだ)れていたアナタラクシを引き連れて、甲板に出てきたのだった。

ルシアはそんなアナタラクシを完全に無視したまま、見送る為に立ち止まり、アナタラクシを無言の圧で促した。


この際、子犬か子兎かの如く(うる)んだ目で未練がましくアナタラクシがこちらに振り向いたがルシアは完璧な微笑みを返すだけである。

それでも諦め悪くアナタラクシはちらちらと振り向きながら前へと進んでいくが、誰も止めやしない。


うん、アナタラクシは子犬でもなければ、子兎でもない。

何なら、最強生物の一種である竜だからね?


「アナタラクシ。」


「......ああああ、分かったよっ!!行きゃ良いんでしょ!行けば!うぇぇ、こんなことならヒョニ姐さんの代わりにイストリアに戻れば良かったぁぁ......!」


「あら、それはそれでカリストたちと陸の殲滅戦(せんめつせん)だったと思うけれど。」


誰も止めないのにいつまで経っても出発しようとしないアナタラクシに見兼ねて、ルシアは一つのため息の後にアナタラクシを呼んだ。

アナタラクシは最後の悪足掻きももう無理だと判断して悲痛そうに叫び散らした。

それにルシアは冷静に返答を返す。


うわぁ、それはそれで嫌だぁぁぁ、とアナタラクシは頭を(かか)えた。

はい、早朝も早朝なんで静かにねー。

そして多分、行ったきり帰ってこなさそうなのがありありと感じるアナタラクシでは一時帰還の許可が下りなかったんじゃないだろうか。

本人には酷だけども。


「じゃあ、よろしくねアナタラクシ。貴方は今回の作戦の(かぎ)の一つであり、開戦の狼煙(のろし)でもあるんだから。」


「...うぅぅ。はいはーい、分かってるよ。」


ルシアの言葉にアナタラクシは絶対、終わったら暫く山に籠ってやる...とぶつくさ言いながらも、項垂れるのを止めて、とぼとぼと甲板の船首の方へと数歩、歩いた。

ルシアたちとアナタラクシの間に少し大きめに空間が出来上がる。


「嫌だなぁぁ......じゃ、行ってきまーす。」


「ええ、健闘を祈っているわ。」


アナタラクシにルシアは激励の言葉を贈った。

それが合図になったかのように、アナタラクシの姿が闇夜に溶けて、その形容が正しく捉えられなくなる。

次に(さだ)まった形としてルシアの目に映ったのはルシアたちよりもずっと大きな一頭の竜。


アナタラクシが()けた間も狭まり、決して小さい訳ではないこの船で一番開けているこの甲板さえも狭く感じさせた。

それは純粋にそのサイズなのか、目の前のその人物も含め竜人(りゅうじん)半竜(はんりゅう)と知り合いながらも、今まで間近でその変容を、竜としての姿を見たことがなかった故の恐れから大きく見えているだろうか。


目を見張って見上げるルシアにその竜は長い首を(もた)げ、振り向く。

一対のダイヤモンドが鎮座し、こちらに向けられているのをルシアは見た。

薄暗い中でそれはやけに煌々(こうこう)と輝いていた。

心なしか、それは人の姿の時よりも強い。


「...貴方も怪我がないようにね。」


果たして、竜人に怪我を負わせる人間が居るかは別として。

ルシアは王子にも言った言葉をそのダイヤモンドの瞳へと告げた。

白い輝きが闇夜に消える。

彼が正面に向き直ったからだ。


闇夜にあって、一際黒々としていた部分が動いた。

羽だ、羽が広げられていく。

ルシアの平均的な夜目では黒く見えているそれも人の時の彼の髪ときっと同じ濃い灰色をしているのだろうとルシアは無意識に感じていた。


黒い(かたまり)が羽ばたく。

生じた風が容赦なく肌に叩きつけるのを感じながら、ルシアはそれが床板から離れ、空に登っていくのを見つめていた。


こうして、ルシアは作戦開始、その当日未明。

まだ明けぬ空の下でアナタラクシを送り出したのであった。


またも前後編の前編だけ。


個人的にアナタラクシは最後まで往生際悪く、クズと言われても戦いは嫌だ、と言って、柱等にしがみ付いてて欲しい...(笑)

勿論、周り(主にヒョニ)に蹴り出されるまでを込みで。


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