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25.お針子と令嬢(後編)


「お嬢様?」


「!...ああ、ごめんなさい。大丈夫よ。ご機嫌よう、わたくしはルシア・クロロス・オルディアレスと言うの」


扉の外からかけられたイオンの声にハッとして、口角を上げながら名を告げる。

随分とぎこちない笑みになっているだろう。

いや、ほとんど口元は弧を描かず、まさに人形といった風体か。


ああ、この対峙はあれだ。

綺麗とは言われていても表情のない人形と可愛らしくて誰からも愛される人間。

どちらも整った容貌であることには違いがないのに、真逆と言っても過言ではない。

だってそうだろう、彼女はヒロインで私は悪役なのだから。


ルシアは内心、そんなことを浮かべながらも表情にはおくびにも出さないで、ただそれでも見抜いてしまうイオンに部屋の外に留まるように視線で命じながら、少しでも落ち着く為に紅茶を飲んだ。


こんな対面をするとは思わなかった。

会うとすれば王宮だと思っていたのに。

王都に仕立屋が幾つあると思ってんだ!

その内の一つ、それも臨時に相部屋することになった相手がヒロインってどんな確率だ!


「まぁ、ルシアさんというのね。貴女も春告祭(はるつげさい)のドレスを?」


「ええ」


ルシアの心境なんて意も介さずミアは愛らしい笑みを浮かべる。

ミアの言葉にミアの侍女たちは焦った顔をするが、ルシアが気を害するでもなく返答する様子に、なんとか胸を撫で下ろしたようだった。

それもそのはず、ミアとルシアでは身分が違うからである。


ミア・クロロス・ブエンディア。

作中でも美貌(びぼう)の第一王子を落としただけでなく、人々を魅了した少女。

そんな彼女の生家であるブエンディア家は子爵位だ。

宰相の遠縁ではあるものの、新興の家なので社交の場であまり高い地位に居るとは言えない。

爵位も歴史も社交の場での立場もオルディアレスに勝てる訳もなく。

その上でルシアはこのままいけば王子妃として王族籍に加わることとなる人間だ。

たとえ、それがどれだけ一時的なものだと誰もに(うわさ)されていても。


「そうなのね、私も春告祭の為よ。憧れの方に会えるから今から楽しみで楽しみで!」


「憧れの方?」


「ええ、そうなの!実は...」


「ミアお嬢様!!」


出来ればすぐにでも話を切り上げようと思っていたルシアだったが、ヒロインの言う憧れが純粋に気になって問い返すと、ミアは心底嬉しそうにはしゃいだ声で語ろうとした。

しかし、それは先程よりもずっと焦った形相の侍女が叱責(しっせき)に近い声を上げたことで遮られてしまう。


「あら、なあに。どうして止めるの?」


「いえ、ですがこのお話は伯爵令嬢様に対してお相応(ふさわ)しくないかと。伯爵令嬢様におかれましても採寸の途中で御座いましょうし」


「あら、わたくしは構わなくてよ。丁度、針子にドレスの素材を取りに行かせていて退屈なの。ねえ、続きを聞かせていただけるかしら?」


ルシア本人が許可を出し、促したことによって侍女たちは何も言えなくなる。

何をそんなに焦るのか。

まぁ、ルシアとしても彼女と自分に繋がる事柄なんて一つしか思い浮かばないし、それが最も容易に想像出来るのだけど。


「この間、教会に行っていたのだけどね。そこで私、(つまず)いてしまって。けれど、あるお方が支えてくださって怪我もなかったの」


「その方が?」


「ええ、とっても綺麗で格好良い方だったわ!しかも後から知ったのだけど、そのお方は第一王子様だったのよ!ああ、教会で助けてくれた方が王子様なんてとっても運命的で素敵でしょう!?」


「...ええ、そうね。素敵ね」


にこにこと笑うミアにルシアは顔色も変えずに応対する。

教会ということはあれか、この間の散々だった日の話か。

午前中に出会っていた、ということらしい。

そして、やっぱり侍女たちが焦っていた理由は王子についてだった。


そりゃあ、王子の婚約者に自分と王子の出会いはまさに運命だなんて聞こえる話を仕えている令嬢にされたら困るどころの話じゃないだろう。

相手は身分も上なのに激昂なんてさせてしまえば一気に立場が悪くなってしまう。

もし、それでブエンディア家が圧力をかけられたらどうなるか。

一番最初に割を食うのは彼女たち使用人なのは明白だった。


まぁ、普通の令嬢なら激昂するでしょうね。

作中のルシアであったとしても声こそ荒らげずとも怒りは見せていたことだろう。

しかし、実際にここに居るのは私であった。


それこそ、ミアの言う運命が事実だと知っている。

いや、事実になることを知っているが正しいか。

ともあれ、それが当たり前だと捉えているから腹の立ちようがないのだが、それを知っているのはルシア自身だけで何も知らない侍女たちの心労が偲ばれる。


実際に社交会で同様の会話をすれば、必ず顰蹙(ひんしゅく)を買う。

内容もその身分を理解していない話し方、立ち振る舞いも。

この話において最も口を挟める立場にある私が何も思ってなくても、非難する令嬢たちがミアと同じ気持ちであっても。

貴族の社交の場というのはそういう場所だ。

その辺りは上手く世渡りしてもらわなければ役立たずの王妃となってしまうのだが、果たしてこの子は大丈夫か。


ハッピーエンドのつもりが王妃は顔だけなんて言われたら洒落になんないよ?

いくら、ミアの魅力に支持する者が居たとしても、実務方面に全く力を持たず、その立場に居ることを(ねた)む者もまた、必ず居る。

物語のように結婚して幸せになりました、で終了という訳にはいかない以上、王妃が蝶よ花よ、ではいけないのだ。


というか、今回の春告祭にデビュー前の子息子女が参加を許されたのか、何故知らないの?


「それは春告祭が楽しみね」


「ええ、針子にとびっきり華やかで王子様の目にも留まるようなドレスを作ってもらわなくちゃ!!」


大胆な発言をスルーしながらルシアはミアを観察するが、どうやらその自信はミアも転生者で結末を知っているからという訳ではなく、ただその愛され体質が故に自分の思い通りにならないことはない、と本気で無自覚に思っているからのようだった。

ヒロインと悪役令嬢のどちらも転生者でライバルとなるというベタ展開ではなかったらしい。


まぁ、それはそれで私は張り合うつもりもないんだけども。

どちらか言うとそっちの方が前世等という荒唐無稽(こうとうむけい)な話から何まで一発で済ませて、(つつが)なく終幕後の引継ぎが出来て楽だったとは思わなくもない。


ミアの自分の思い通りにならないことはないなんて自信過剰もいいところのその発言の数々も真実、彼女はまさにこの世界の愛すべきヒロイン。

作中のままいけば、まさしくミアの思い通りにならないことはないのだ。

人生イージーモード、あの王子にも甘々に愛されて幸せそうに笑っている顔しか浮かばない。


けれど、ルシアが思っていた以上に脳内お花畑。

作中、ヒロインではあるものの、戦がメインのシナリオにおいてレギュラー並みに出番があった訳ではないのでルシアもミアというヒロインの性格は少し掴み損ねていたのだが。

うーん、王子の苦労する未来が透けて見える。

大丈夫か!?え、これはこのまま王子にくれてやって良いのか。


ちょっと、さすがに王子を知っているだけに申し訳ないんだけど。

うーん、そこは愛の力とやらでどうにかしてもらう?

でも、作中ではなく、あの現実の王子の愛だの恋だのっていうのは想像つかないんだが。


「失礼致します、ドレスの素材を幾つかお持ち致しましたが...」


そこへジェマが戻ってきた。

これ幸いと侍女たちが挨拶もそこそこに衝立(ついたて)の向こうへミアを連れ去り、ミアはルシアの視界から消えてしまう。


「...ルシア、大丈夫?」


「ええ、少し話していただけだから」


その侍女たちの動きや部屋の空気に何かを感じ取ったのか、小声で尋ねるジェマに答えながら、ルシアはドレスの素材選びに専念したのだった。


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