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257.戦争の終わりに向けて


「あーー、見えてきたよ。地獄が...。」


遠く(つら)なる影となって見え始めたヘアンの大軍にアナタラクシがもの凄く憂鬱そうに溢した声が甲板に広がった。

それにルシアは振り返って苦笑を落とした。


まぁ、元々アナタラクシはこの作戦を嫌がっていたからね。

でも、普段から戦闘関連の直前はいつもこうだとヒョニが言っていたと出発前にニキティウスに聞いた。

なんだかんだ言って、その時になるとやけくそながらに任務をこなすことも。


「...いよいよですね、ルシア様。」


「...そうね。貴方もよろしくね、ノックス。」


「はい、さすがにアナタラクシのようにはいかないとは思いますけどね。」


隣に立つノックスが同じく前方を見て言った言葉にルシアは見上げて返答した。

ノックスはアナタラクシと違って敵船には乗り込まない。


彼の役どころはルシアの盾だ。

ルシアのよろしくという信頼の垣間見れる言葉にノックスは穏やかな表情で守ることに関しては歴が長いですからと(うなず)き、続けた。


「......明日は過酷な日となるでしょう。もしかしたら、明後日もまた。」


前方を向き直ってルシアは誰に向かってでもなく、そう告げる。

しかし、自然と甲板に居る者全てが静かにルシアの紡ぐ言葉の続きを待っていた。


「けれど、これはこの戦いの終止符の為の第一手。ここからが終わりが始まる...いいえ、私たちが終わらせる。だから。」


私たちは今、終着点への最後の分岐の上に居る。

まだ、何も成していない。

けれど、間違いなくこれが終われば全てが終わる。

そうなるように動いている。

だから。


「さぁ、行きましょう。アクィラに平穏を取り戻す為に。」


しん、と場が静まり返る。

それこそ、ルシアの声の余韻までを聞き(のが)すまいというかのように。

そして、その余韻も消え去った後――。


「おおおおおおおおっ!!!!」


辺り周辺全方向から耳が痛いくらいの雄叫(おたけ)びが上がった。

ルシアは面喰らってたじろいた。

透かさずイオンが支えに入る。


イオンに支えられるまま、(いま)だ何が起こったのか分からないといった間抜けた顔でルシアはぱちぱちと目を(またた)かせた。

そこに背後から大きな笑い声が一際大きく響いて、ルシアはまだ気の抜けた表情のまま、背後を振り返る。


そこに居たのは舵を取っていたマーレである。

マーレは身を大きく折り曲げて、まさに腹を(かか)えて笑っていた。

ひー、と笑い過ぎて出た涙を(ぬぐ)いながら、マーレがルシアへ視線を向ける。


「あー、お嬢ちゃんに全部持ってかれちまったな。...しっかし、いつの間に俺の船の連中はお嬢ちゃんの部下になったんだ!?」


船長を差し置いてどういうつもりだお前ら!とマーレは振り返って甲板を見渡し、まだ収まり切らぬ笑いを押し留めながら言った。

内容の割には怒っている訳でもないがルシアでも分かった。


だからなのか、所々からそりゃ、女の子の方が、やら、クズの船長より~、やら、野次が飛んできたのをルシアはまた拍子抜けした顔で聞いていた。

またマーレが形だけああ?何だって!?と満面の笑みで怒鳴り返し、甲板の端々から笑い声が上がるのを見て、ルシアも眉を下げて小さく笑みを溢したのだった。



ーーーーー

アクィラ戦争終結作戦。

それは海側と陸側に分かれて同時に二つの敵を叩くことと決まった。

海のヘアン軍をルシアたちとマーレ(ひき)いる海賊たちが。

陸のアドヴィス陣営を王子率いる側近や竜人(りゅうじん)が。

この作戦は二つの敵に共闘されるのを防ぐ為に立てられた。

ルシアと王子とマーレによって。


「...まずはアナタラクシが一番西側の船から落としていく。勿論、危なくなったらすぐにでも退避してちょうだい。」


「はい!既に危険いっぱいなんですけど!!」


「却下。」


海の青を(へだ)てて向こう砲撃がギリギリ届かない間合いを取って、見えるヘアンの大軍を前にルシアは作戦の(かぎ)となる人物たちを近くへ呼び寄せて、作戦の最後の確認を取っていた。

その際、しっかりと人命優先を伝えるのを忘れない。


最初に名指しで指示を受けたアナタラクシが元気よく手を天へと伸ばした。

ルシアが横目に身やれば、一縷(いちる)の望みとでも言いたげなアナタラクシが往生際悪く作戦変更を示唆する言葉を吐いた。

ルシアは一瞥の後に否定を即答した。

アナタラクシは取り付く島のないルシアに撃沈して甲板に沈み込んだ。


「その混乱に乗じて私たちは東側からあれを仕掛けていくわ。主にイオン、クストお願いね。」


ルシアが目を向ければ、イオンとクストディオは頷いてみせた。

二人なら常人以上の動きが出来る。

先導を切ってくれるなら、これに越したことはない。


ルシアがあれ、と指したのは甲板にきちんと木箱詰めされて大量に積まれた物だった。

それに入っているのは正真正銘の爆破物である。


今回、海側の作戦として、ルシアたちはアナタラクシを陽動にヘアンの船へ爆弾を仕掛けることにしたのであった。

それは最初、ルシアが王子を説得時に例として出したものではあるが、先立つものがなくて、成り立たないはずのものだった。

それがこうして成立したのは(ひとえ)に王子のお陰であった。


なんと、王子はルシアとの合流前にアドヴィスの拠点の一つらしき場所を一つ潰していた。

それがあの入り江ほど近くの林の中である。

そこで王子は奥に保管されていたそれを見つけ、徴収していた。

それを今回、ルシアが利用する形のなったのだった。


その爆破物は一つ一つではあまり大きな被害の出ない類の物である。

ただ、海に浮かぶ船にとって、ほんの(わず)かでも船底付近に穴を開けられるのは致命的。


ルシアたちは大軍であるヘアンの兵士たち全てと事を構えることなく、迅速に戦闘不能へ持ち込むつもりだった。

この際、ヘアンの大半に逃げ帰られても構わない。

むしろ、撤退してくれるならありがたい話である。


「上手く逃げて近付いてを繰り返して。マーレ、よろしくね。」


「ああ、任せとけ。」


戦法としてはヒットアンドアウェイ。

いくら個の力が異様に強かろうと数という圧倒的な差で戦力が完全に負けている以上、指先一つでも敵に捉えらせてはならない。

その為にはマーレの操舵技術が鍵となってくるだろう。


「では明日、明朝。日の出を前に仕掛け始めるわ。」


この作戦は爆破物を仕掛けるというその性質上、どうしたって前準備がかかる。

そして何より出来るだけ敵の目を長く(あざむ)く。

それには闇夜に(まぎ)れるのは最適だ。

奇襲?卑怯?上等だ、多勢に無勢、確率の高い方法ならやらない理由にはならない。


「ふふ、だってこの船は海賊船だもの。道理が通らなくたって可笑しくないでしょう?」


「......俺よかずっと悪者じみた言葉と顔じゃねぇか。お嬢ちゃん、ほんとに貴族の令嬢か?」


ルシアがとても楽しそうに笑って言えば、マーレが目を(すが)めてルシアに疑念の目を向けた。

失礼な。

れっきとした貴族令嬢だわ!

まぁ、悪役令嬢であることは否定しない。


けれど、海賊の船長よりも悪役だなんて酷い話だと思わない?

ルシアは()だしも、私自身は至って普通のつもりである。


「...明日は皆、自身の命を優先に。生きてアクィラが平穏を取り戻すのを皆で見るの。分かったわね?」


憤慨しかけた思考回路から気を取り直してルシアは宣言する。

凛として前を向くルシアに皆は各々の動きで頷いたのであった。


アクィラ戦争終結作戦まであと一日もない、そんな状況下での出来事である。


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