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255.宝物のその下で(後編)


「次はまだ沁みるうちに塗ってあげる。それが嫌なら怪我しないようにしてちょうだい。」


「ああ、肝に銘じる。」


「分かったなら良いのよ。」


鋭い視線を向けられて、それでも全く怖くないルシアに王子は笑んでしまうのを押し留めながら、神妙に(うなず)いた。

ここで少しでも笑みを溢せば、よりきついルシアの視線に(にら)まれることが容易に想像出来たからであった。

ルシアはつん、と澄ました表情で王子の頷きに答えた。


「...ルシア。」


「...なあに、カリスト。」


ルシアは呼ばれて、すぐ真上にある王子の顔を見上げた。

立位の時よりもずっと近い位置に深い紺青があった。

王子の背後に見える夜空も相まってそれは宝物のように輝いて見える。


ルシアが呆然とそんなことを思っているうちに王子が腕を持ち上げて、ルシアの頬に右手を添えた。

ルシアはそれに抵抗することなく、少しだけ目を(またた)かせて王子を見上げる。


「...君に無茶をするなと言っても意味がないのは分かっている。どちらかと言えば、君の護衛に重々、君から目を離さないように言う方がずっと建設的だとも。」


「ちょっと、何が言いたいの。」


大事そうに頬を包みながらの真剣な表情で紡がれる王子の言葉が、その様子に似合わない自分への不平不満であったことにルシアは棘のある言葉で、張り付けたような笑みで王子を見上げた。


「いや、君は何を言っても軽くあしらってしまうだろう?」


「?」


確かに何を言われても笑って誤魔化す癖が自分にあることを、ルシアは昔、それこそ目前に居る人物に指摘されていて知っていた。

けれど、直前の言葉と微妙に噛み合っていないような気もして、ルシアは首を(かし)げた。


「だが、君が俺を心配してくれるように俺がルシアを心配することも許してくれ。」


「!...そんなこと考えていたの。」


頬に触れる手に(わず)かに力を篭ったのをルシアは感じていた。

光の宿る瞳が王子が真剣なことを伝えていた。

ルシアはそれを見て、誤魔化す気力も冗談で返す気力も失って、真っ直ぐ王子を見上げて口を開いた。


「......分かった。分かったわ。じゃあ、私が無事にヘアン軍を仕留めて帰ってくるのを祈っていてちょうだい。」


ルシアの唇から飛び出したのはそんな言葉だった。

それは自然に口から転び出て、ルシアは自分自身でもするりと素直にその言葉が出たことに僅かに驚いた。


口にして音となるまで全く頭に浮かんでもいなかった言葉だ。

そのくらいには意識していなかった言葉。

普段なら考えようともしなかった言葉。

けれど、これはきっと深層心理。


「...ああ、そうする。くれぐれも、大きな怪我をしないように。」


ルシアの答えに王子はふっと表情を緩めて笑う。

そして続けて、掠り傷一つでも付けてきたら、今度は俺がそれを塗るからな、と軟膏(なんこう)を指して言ったことで、ルシアもつられるようにころころと笑ったのだった。


白銀と紺青が見下ろすその中で、少女と青年は就寝につくその直前まで、他愛(たわい)ない話と離れていた間の話をゆっくりと語らい、時に笑い声を響かせたのであった。



ーーーーー

2日後、早朝。

まだ日が登り切っておらず、空白む浜辺にてルシアは王子と向かい合っていた。

潮の香りに慣れ切った鼻に朝の冷え切った空気の新鮮な香りが届く。

ルシアの背後では細波(さざなみ)の音に揺られる海賊船。


「行ってくるわね。」


「ああ。」


淡々と告げるルシアに淡々と答える王子。

僅かに吹き込んできた風が銀色と金色を揺らす。


「...カリストも怪我をしないでね。武運を祈ってるわ。」


「ああ、ルシアにも武運があるように。」


再三と言うことに躊躇(ためら)ってか、少し間を置いてルシアは言った。

王子はそれをも読み取って穏やかな表情で頷いて、ルシアの頭の上に手を置いた。

そして、緩く撫でた。

ルシアは少しこそばゆそうに首を(すく)めながら、王子の手を受け入れたのだった。


「...次に会うのは戦争の終わったアクィラで、よ。勿論、再会の時には抱き上げて喜んでくれるでしょう?」


ルシアがからかいの含んだ声音で言えば、王子は目を見張った後に苦笑を浮かべた。

そして、ルシアの頭から手を下ろして、腰の方へと伸ばし勢いよくルシアを引き上げる。


「きゃっ...!?ちょっと、カリスト!」


ルシアは急激に高くなった視界に目を回す。

今、やれとは言ってない!!

抗議の声を上げれば、(あご)の下辺りから低く心地好い笑い声が聞こえて、ルシアはムッとした顔で下を見下ろした。

視界に広がるのはやっぱり、無表情とはさすがに言えない王子の笑み。


「こうして、抱え上げられるだけの体力と気力は残しておこう。」


「......怪我もなしよ。」


王子の笑みに何も言えなくなってルシアはもう一度、同じ言葉を繰り返した。

ルシアが抱き上げて、なんて言った理由はしっかりと王子に読み解かれていた。

拗ねたような顔のままで目を逸らしたルシアに王子は声を立てて笑う。


なんだよ、最近、(とみ)にスマイルのプライスレスが酷い...!

私が何も言えなくなるのを分かった上で、それでいて素の笑みを見せるものだから、ほんとに性質(たち)が悪いと思う。


「...カリスト。」


「なんだ?......!」


半分は意趣返し。

半分は無事を祈って。

ルシアはこちらを見上げた王子の頬を両手で包み込んで、その額にキスを一つ落とした。


王子の瞳が今までよりずっと大きく見開かれる。

それを見て、ルシアはしてやったり、と本当に可笑しそうに鈴の音のような笑い声を響かせたのだった。


「......ルシア。」


「あら、ご不満?」


ルシアが本当に楽しそう笑うから今度は王子が拗ねたように目を(すが)めた。

それがよりルシアの声を大きくさせる。


「...いや。」


王子はそれだけを言って、一つ息を吐いた。

そして、ルシアをその場に降ろす。

もう時間だ。

船ではマーレたちもルシアが乗船するのを待っていた。


「...お互いの健闘を祈る。」


「ええ。」


最後に王子がルシアを抱き締める。

そして、先程のルシアを真似て、ルシアの額にキスを落とした。

それもまた、ルシアは笑って受け取ったのだった。



「ほら、お前ら!船を出すぞー!!!!」


マーレの声が響き、続くように怒号のような(うな)り声にも似た雄叫(おたけ)びが船いっぱいに広がる。

ゆっくりと船が波を掻き分けていく。

進む先は何処までも広がる青の世界。

朝の白んだ空気が光を受けてきらきら輝く。


この日、ルシアたちはアクィラ戦争を止める作戦に乗り出した。

海原へと歩を進める船を王子たちが見送る。

ルシアはそれを振り向くことなく、ただただ見つめるのは前方。


今、この時、硬直状態としか言えないアクィラ戦争ははっきりと終幕へと向かい始めた。

ただ、その時を居合わせる誰一人にもその結末に終わることを、予感させることなく。


言うて、甘くなり切らんかったかも...。

でも、ですね。

それが二人の距離感ですのでね。


どっちかと言うと、今回充分やり過ぎたんじゃないですかね。

この二人にしては、と個人的には思いますよ、作者は。

え?今後もっと甘く?それはどうでしょうね?

そこは今後に期待しといてください。


さて、この作戦、この戦争、どう終わるのでしょうね。

ちょっと、プロットからズレがあったんでね、実は。

作者すらも今、二つの結末で悩んでいましてね。

本当に誰にも結末が分からないという...(笑)


それでは、恋愛部分を補充したところで、戦いに出ていただきましょう!

私はバトルシーン書くの苦手ですけども(笑)


いつも応援、拝読いただきありがとうございます!

コメント、ブックマーク、評価、拍手若しくは一言コメント、本当に感謝でいっぱいです。

今後もぜひ、気軽に!!


それでは、次回の投稿をお楽しみに!


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