252.それを仲が良いとも言う
「...で、君はまだあれに乗るつもりだと。」
目の前の超絶美形が背後の海に浮かぶ船に視線を向けて言った。
心無しか、いつもの無表情の中で眉間に皺が寄っているように見えた。
「そうよ。それで、幾つか案があるのだけれど...。」
「ルシア。」
チッ、流してくれなかったか...。
咎めるように呼ばれ、ルシアは内心で舌打ちを打ったのだった。
さて、打つ手なしが一転、王子たちが街の西の入り江を押さえてくれたお陰で、こうして陸に足を付けることが出来た。
そして、再会した王子に分断後の出来事を話し、現在は海賊と手を組み、行動していることを告げた。
因みに、ルシアが性懲りもなく隠蔽しようとした説教案件はイオンたちによって無事に全て王子に報告された。
これは戦争が片付き次第、説教確定である。
元より不可避イベントではあったけど。
そうして、ひとまずルシアは今後も海賊たちと行動を共にする前提で、王子に作戦を立てる手伝いを頼もうとしたのだが、結果は上記の通りである。
それはもう、私がまだこの非常時において、せっかく合流出来たというのに別行動をしようとしている上に、海賊と一緒に行動することを王子は良い顔をしなかった。
とっとと話を作戦会議にまで進めて、有耶無耶の末、押し切ろうと思ったのに、やはり王子には通用しなかったようである。
ルシアはちらりと確認して、未だに渋い顔を王子に諦念のため息を吐いた。
「......彼らは海賊だけれど、危険人物という訳ではないわ。陸に蔓延る傭兵たちの方がよっぽど異常者よ。それに、ヘアンとアドヴィスの手先らしき傭兵集団。今のところ陸と海に分かれたその二つは一度に動きを見せていないけれど、仮に陸側で一掃を始めてしまえば、必ず気付かれて手を出してくるでしょう。
私としては、陽動でも何でも、手出し出来ないようにするのが一番だと思うの。となれば、二手に分かれるのは最善だと思うのだけど。」
一体、何処からそれほどスラスラと言葉が出てくるのか、ルシアは自分の提案を押し通しにかかる。
とても饒舌に意見を理知的に述べていく。
ただ、その瞳は絶対に論破して捥ぎ取ってやる、と高温の炎を宿していたが。
「...そうだとしても、危険過ぎる。数も武力も圧倒的にヘアンの方が厄介だ。確かに先にヘアンを潰すなり、追い返すなりしようとすれば、アドヴィスが機に乗じて必ず動くだろう。
その逆も君が言ったように矢継ぎ早に砲弾を撃ち込まれては敵わない。だが、只でさえ、数の利も地の利も向こうに軍配が上がる。そもそも陽動を行うとして、決して大きくない船一隻でどうするつもりだ。砲弾を一発、撃ち込まれて撃沈が関の山だろう。」
対して王子もあくまでも理論的に現実的にルシアの言葉を否定しにかかる。
どちらも全くの嘘を言っていない辺り、どちらの意見も正しいように聞こえた。
完全にやり返されて、ルシアはムッとして王子を見上げた。
だが、しかし。
ここで収まるルシアなら、これまでに起こった大変多くの事件の数々に彼女が首を突っ込むことにはならなかったのだ。
結果として、王子のこの反論はルシアに火を付けることにしかならなかった。
「それを今から考えるからその回転の速い頭を貸してちょうだいと言ってるのよ。何か、こちらに敵の意識を向けさせずに出来ることもあるはずだわ。何なら、時限式で何かを仕掛けるでも、遠距離戦をしても良い。
...もし、私が海側でヘアンを押さえずとも、陸も海もどちらも一網打尽に出来る秘策が貴方にあるのなら?私は素直に貴方の言うことを聞くけれど?」
ルシアはとても挑戦的は笑みを浮かべた。
そんなものがあるならさっさと出せよと最早、喧嘩腰である。
それに王子は眉をピクリと動かした。
意見の衝突は今までにも幾度とあれど、どんどん空気の悪くなっていく二人の舌戦の迫力に彼らの護衛も側近も冷汗を掻いていた。
ここまで言い合い紛いが発展してしまったら、止めに入ろうとしても、その明晰な頭脳で返り打ちに合うのを二人に仕える彼らは経験上、よく知っていた。
「...同じことは二手に分かれない手でも言える。」
「あら、そうだとしても二手に分かれた方が効率的なのはカリストも分かっているはずだけど。」
低く息を吐くように告げられた王子に言葉にルシアはわざと嘲るように大袈裟に言い返した。
王子の表情は初期よりもぐっと怖くなっていた。
王子に説教と聞けば、嫌そうな、ちょっぴり絶望的な顔をするルシアだが、これがどうしてこんな時には全くといって良いほど王子の迫力のある凄んだ顔にも説教に近い言葉にも怯まない。
「そんなに危惧するのであれば、アナタラクシをこちらに付けてちょうだい。彼なら、私たちが工作する中でヘアンの船へ単独で乗り込んでも平気でしょ。」
「え゛。」
ルシアは戦力的に王子が憂慮しているように見受けられたのでそう提案した。
急に名前を出されたアナタラクシがその内容も相まって、見るからにやりたくないという表情を浮かべたが、ルシアはそれをあっさりと無視した。
確かにアナタラクシの馬鹿げたとでも言えるほどの力は単独で乗り込ませるのに最適である。
いつだかのヒョニの言通り、共闘に向いていないことも、竜人族であるが故に空から乗り込むことが可能なことも含めて。
それによって、出てくる問題としては陸側の戦力だが、こちらには王子の率いる化け物並みの実力者に、上手く合流さえ出来れば、エドゥアルドの騎士たちも戦力と成り得る。
アドヴィスが何を仕掛けてくるだけは警戒しなければならないが、そこも狼煙なり何なりで報せてくれれば、途中でアナタラクシを向かわせても良い。
それにヒョニの帰還を見計らって動ければ、申し分はない。
ニキティウスとフォティアも含め、竜が四頭も現れてもみろ。
戦場は騒然とし、混乱に包まれるのは目に見えている。
その隙に相当数を叩くことが出来れば、こちらの勝ちだ。
「......。」
「納得してくれた?」
「ル、ルシア!俺は全く納得してないけど!!」
黙り込んだ王子に勝ちを確信したルシアは綺麗な笑みを浮かべて、首をこてんと傾けた。
焦ったようにアナタラクシが叫ぶも、未だ無視続行中のルシアの前では虚しく消え去っていく。
「...分かった。ただし、危険だと判断した場合は絶対に無茶をしないこと。退避の時期を見誤るようなら、無理やりにでも引き摺り戻すからな。」
「ええ、勿論よ。じゃあ、作戦を詰めましょうか。」
「いやいやちょっ、ちょっと!ルシアもカリストも!俺は!?俺の意見はまるっと無視!?」
本当に如何ともし難いという表情、本日一番に怖い顔をしながらも、王子は了承を口にした。
言質を取ったルシアは先程までの重たい空気はなんだったのかという明るさですぐさま次の行動へ移ろうとする。
護衛や側近が内容はともあれ、収まった言い合いにほっと胸を撫で下ろす中、アナタラクシだけがまた声を張り上げ、勢いよく嘆いた。
「あら、そんなに残って後から合流したヒョニさんに敵陣へ蹴り出されたい?」
「うぇ、それは絶対嫌だ...だけど結局、敵陣に放り込まれるんじゃん!!」
「ええ、だから、自ら覚悟して放り込まれるのと、ほんの少しの間、ゆっくり出来る代わりに問答無用で放り込まれるのとどちらが良い?」
「どっちも嫌だよ!!」
笑顔で選択肢もないに等しいことをスラスラと言うルシアについにアナタラクシは頭を抱えて叫んだ。
うぇぇ、もっと楽出来る選択肢は!?ないの!?と叫んでいるところだけ聞けば、アナタラクシも相当のクズである。
そういえば、ヒョニが開戦前の離宮にてアナタラクシをそう酷評していたことをルシアは思い出した。
「まぁまぁ、アナタラクシ。多分、ヒョニさんに蹴り出されたらその後、鉄拳制裁も待っていると思うし、ここは最初から諦めてルシア様の言うことを聞いといた方が良いと思うよー。」
「ニキティウス!!そんなに言うなら変わってくれよ!!」
「うーん、僕では戦力的に単独で乗り込むのはあんまり良い策とは言えないよー?」
ニキティウスが仲間内だからか、ルシアは聞いたことのない少しくだけた言葉でアナタラクシに声をかけた。
それへアナタラクシは吠えるように振り返る。
しかし、ニキティウスは間延びしたいつもの調子を崩すことなく正論を紡いだので、アナタラクシは敢え無く撃沈する。
「取り敢えず、マーレ...海賊船の船長にも作戦について話を通したいから一度、船に戻るわ。カリスト、陸側のことも含めて、何か良い案がないか考えていてくれる?」
「ああ。」
一通り、アナタラクシとニキティウスの会話を見届けたルシアは船の方へと足を向けながら言った。
王子は頷いて、ルシアを見送る。
急激に赤く染まり出した浜辺にはアナタラクシのとばっちりだぁぁ!という悲嘆の声だけが大きく響き渡ったのだった。
今日も今日とて、一時でしたー。
すみません、遅くなりまして。
非常事態解除で学生さんとかは急に忙しくなったことでしょう。
作者はその前から忙しかったけど現在進行形で忙しi...
そんなこんなでこれから暫く一時投稿が続くかもですが、ご理解いただけると嬉しいです。
それでも、出来得る限りは日刊で頑張りますので。
(たまの休載はゆるしてネ)
それでは皆様、長期自粛明けで大変かと思いますが引き続き愛読していただけると幸いです。
急に変化した環境や大勢の人ごみ等でコロナ、その他の病気に罹りませんよう、お気を付けてお過ごしください。
ちょっとの合間で良いのでコメント等してくださると嬉しいです。
追伸
今回、カリストの登場の割に甘くもなく、何ならギスってたのですが、ちゃんと今作品は異世界恋愛ジャンルなので(異世界恋愛のジャンルで居たいという作者の願望)
次話をお待ちいただけると幸いです。




