250.半竜と海賊船長と
脱力感に包まれる室内。
あんなに話し合って、今後どうするか考えてたのに。
状況を呑み込んだルシアはそれはもう、項垂れた。
いや、こんなに気の抜けることって早々ないよ!?
「彼処にカリストが居るのね...?」
「はい、ノーチェはまだ調査から戻ってないかもしれないですけど。後はルシア様と分断された後にアナタラクシとは合流しましたねー。ヒョニさんは所用でイストリアに戻ってます。」
後はそこを拠点として行動してるので、全員居ると思う、とニキティウスがのほほんとした様子で言ったのをルシアは甲板の手摺りに上半身を預けながら聞いていた。
会議室にて、ニキティウスによって脱力感が引き起こされてその後。
何とか、気を取り直したルシアはニキティウスから情報を根掘り葉掘りと聞いたのであった。
そして、分かったのがルシアたちがヘアンが潜んでいるだろうと予測して、近付くのを躊躇った箇所の一つに王子たちが居り、実際に居たヘアン兵、並びにアドヴィス陣営と思われる傭兵だのは王子たちで排除してしまったらしい。
現在はヘアンも傭兵もあまりに難攻不落の為か、距離を置いて監視体制に入っているらしく、結果、ニキティウスの言う通りにこの船のサイズならば、ギリバレずに上陸出来るはず、ということだった。
ということで、ルシアたちは合流の方向で予定を急ぎ変更したのである。
そして今、ルシアたちの乗るこの船は例の入り江が見えるほど近くまでやってきていた。
本当に近くに敵船は潜んでいないようで、ここまで来ても東南の地であったように、襲撃の影が見えることはなかった。
「そう。......それにしても、よくそんなことを。」
いや、王子率いる側近のメンバーを見れば、私の護衛たちと比べるまでもなく、そんな選択の余地があることは重々承知だけども。
「あ、そういえば。後でオズバルトから軟膏を渡されると思うのでルシア様。」
「......また怪我したのね?分かった、合流でき次第、受け取りに行くわ。」
ニキティウスが思い出したように言った内容に、ルシアたちと一緒に甲板に居たミンジェが首を傾げていた。
しかし、他人からすれば意味不明のニキティウスの言葉もルシアや護衛たちにはよく理解出来た。
ルシアは怖いくらいに綺麗な笑みを浮かべて返答した。
有言実行、そんな文字がルシアの背後に見える。
「言っておきますけど、お嬢の無茶の数々もいつものように報告入れますからね。」
おっと、飛び火が。
嫣然と微笑んでいたルシアにイオンが水を差すように言い切った。
いや、ここで言われずとも、私が知らずとも、決定事項だったんだろうけども。
今回も今回で説教待ったなし、こってり絞られ案件のようです...。
「お前ら、そろそろ接岸するぞー。」
話をしている内に船は入り江の中に侵入しようとしていた。
マーレの停泊を報せる声にルシアたちは振り返った。
「順調に合流出来そうね。本当にニキが来てくれて助かったわ。」
ここまで来たらもう安全圏だとルシアは周りに目を向け、そしてニキティウスに礼を告げた。
それにニキティウスはわはは、と笑う。
「...なぁ、ニキティウス?それなんだけど、あの時どっから現れたんだよお前。未だに謎なんだけど。」
そこで、舵を切っていたマーレがニキにどうやって現れたのかと口を開いた。
その表情は不可解極まりないとありありと書かれていた。
ミンジェも気になっていたようで、ニキティウスに視線を向けた。
そういえば、その辺りの説明は私たちには不要だったから碌に話題にしなかったわ。
しかし、聞かれた側のニキティウスはきょとんと首を僅かに傾けた。
前髪で見えなくても分かる。
ニキティウスは目を瞬かせているだろうことが。
「...?普通に空から?」
ルシアの予想通りにニキティウスは答えを探すような仕草を取ったまま、そう言った。
マーレがあからさまに意味不明と顔にでかでかと表したのを見てルシアは苦笑した。
うん、マーレが聞きたいことはそういうことじゃないと思う。
「いやな?そうじゃなくて...。」
「あ、急に海賊船が近付いてきたら警戒されると思うんで、先に事情説明してきますねー。」
「は?ちょっ、ま――。」
マーレがどう聞けば伝わるかと考え倦ねている横で、先程より首を傾げたニキティウスはマーレが言葉を紡ぐのを待っていたのだが、途中で周囲を囲む崖を見て、思い出すように声を上げた。
その内容に一瞬理解の遅れたマーレがどうやって先行するのかと聞く為に呼び止めようとして、ニキティウスに顔を向けた時には既に遅く。
マーレが待て、と言い切るより前にニキティウスは甲板の床板から足を浮かせていた。
そして、あり得ないほどの膂力で目前の崖へ跳び付いたのだった。
それを見たマーレとミンジェが言葉を失っているのを見て、ルシアは嘆息した。
当然だ、いくら目前とはいえ、崖と船の間の距離は決して近くないし、跳べたとしても腕力がなければ、岩肌を掴み堪えるなんて無理だもん。
それをナイフとかを突き刺すでもなく、素手でやりよったからねニキティウスは。
「......カリストにすぐ行くと伝えてね。」
「はーい、了解しましたー。」
これもそれも竜人の血、と多少の驚きで済んだルシアはニキティウスに向かって、王子に伝言を頼んだ。
ルシアに伝言を頼まれたニキティウスはいつも通りに快諾をして、器用に且つ俊敏に崖を駆け上がり、すぐに崖上の林の中へ消えていく。
「......なぁ、お嬢ちゃん。」
「なあに、マーレ。」
一部始終、口を挟む間もなく見送ることとなったマーレがぎぎぎとこちらを向いて口を開いた。
ルシアはその表情からやや疲れ気味だと感じつつ、にこやかに答えた。
「お嬢ちゃんの仲間は化けもんばっかりか?」
確かにニキティウスなんかは生粋の人間じゃないけどね。
けれど、それを私に言われても、とルシアはマーレに苦笑で応えたのだった。
次回は皆様、お待ちかね...?




