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249.巨影の落つる甲板にて(後編)


ルシア以外がその正体に行き着く前に突如として現れたそれは空へと溶けた。

急に太陽を遮っていたものを失くし、甲板に居た者たちは驚愕を受けながら目を(くら)ませる。


腕で光を遮る者。

顔ごと下を(うつむ)く者。

ちかちかとする視界をいち早く戻そうとする者。

その中でルシアは光に目を眩ませながらも、開けた空に目を()らした。


「なっ!?」


船員の目が戻るよりも早く、甲板の中心にドンッと大きな音が響いた。

その音は誰の耳にもそれなりの重量のある何かが甲板に飛来し、打ち付けられたようだと認識させた。

ルシアは目が痛むのも構わず、強引に目を(こす)って甲板の中央を見る。


「!」


甲板の中心、視界の戻った船員やルシアたちが囲むように、それはそこに居た。

よく見れば落下の衝撃か、その甲板の床板には亀裂が走り、遠目では若干へこんでしまっている。

あまりに急な出来事に誰も反応出来ずに居る中で、それは意図も簡単に立ち上がった。


栗色の髪が風に(なび)く。

普段は見えない琥珀の瞳が少し彷徨(さまよ)い、ルシアを見つけて焦点が(さだ)まった。

異質な金色の中で縦長に裂けた瞳孔が丸みを帯びる。


「あ、やっぱりルシア様でしたか。...それにしても、これ。どういう状況ですか?」


へらりと笑いながら、周りの警戒を解かないという器用なことをやってのける見知った青年の姿にルシアは脱力した。

彼のことはよく知ってる。

まぁ、アクィラでのほとんどを別行動していたけれど。


「どういう状況も何も一番、この場を混乱させているのは貴方でしょ。ニキティウス。」


「はぁ!?こいつがニキティウス!?」


思わず額を押さえて溢したルシアにマーレが再び驚愕に目を見開き叫ぶのを、当のニキティウスは飄々(ひょうひょう)とへらりと笑ったまま、眺めていた。


先程、大きく甲板に音を響かせ、着地した不審なそれ。

それは(まご)うことなき、王子の密偵であり、ついさっきまで話題になっていたニキティウスだったのだ。



ーーーーー


「いやー、実は命を受けて、海岸のヘアンの大軍を上から様子を探っていたんですけどねー。ちょっと離れた位置で一隻停まったもんで確かめに来たんですよ。そしたら、見慣れた銀色が見えて驚きました。」


「驚いたはこっちの台詞よ、ニキ。」


お陰で皆一様に太陽光で目にダメージを受けたわ。

割と暫くの間、視界がちかちかと点滅するのが治らなかったからね?


「あー、それはすみません。でも、支柱の上の海賊旗を見て、その船に守護対象を見たら、問答無用で乗り込むのも可笑しくないと思いません?」


「まぁ、普通は海賊相手に交渉して協力関係になってるなんて予想しませんからねー。けど、ニキティウス。お嬢ですよ?」


「あ、それもそっか。すみませんルシア様、次は一刻を争うような状況に見受けられない場合はもう少し慎重に近付きますねー。」


「最早、もう何処から指摘して良いか分からないわよ...!」


ニキティウスとイオンのやり取りにルシアは肩を震わしながら、小さく叫んだ。

ニキティウスの単独でも乗り込む判断をしたという言葉か、イオンのお嬢だからという言葉か。

それとも、それで納得するニキティウス?

ニキティウスの次という発言に誰も異議を挟まないこと?

もう全部だ、全部!!

ルシアが一人そう嘆く中、他の皆はその様子に苦笑を浮かべていたのだった。



ニキティウスが急に現れて甲板が騒然となってから少し。

ルシアは取り敢えず説明を、と見張り役の青年に引き続き見張りを任せて、マーレたちとニキティウスを船内へ引き込んだ。

向かうは例により、もう会議室で良いんじゃないかと思う、あの奥の部屋である。

そこでルシアは連れてきたメンツを強制的に席に着かせて、ニキティウスから事情を問い(ただ)し始めたのだった。


結果、ニキティウスの語ったのは先程の通りである。

どうやら、上空からの調査を王子に頼まれたらしい。

まぁ、早々は空なんて警戒して見やしないもんね。

そう考えると、空からの危険が伝わっていない現状、アドヴィスはやはり完全にヘアンと協力している訳ではないようだ。


「...まぁ、調査の過程で貴方が私を発見してくれて助かったわ。正直、上陸が困難で行き詰っていたものだから。」


ルシアは平常に戻った様子で顔を上げた。

拠点の襲撃で持ち出せたものは(わず)か、加えて海へダイブ。

連絡手段は勿論なし。

何度も繰り返すが出来る選択肢はほぼなかったのである。


けれどここに来て、ないものねだりしていたニキティウスという連絡手段が手に入ったのだ。

これはかなりの僥倖(ぎょうこう)だった。


そういう意味合いで余裕の持てたルシアはあまりに急な出来事で驚かされた訳であったが、ニキティウスの登場を歓迎したのだった。

しかし、歓迎という割には引き摺られ気味に部屋へ押し込まれたニキティウスは苦笑うでもなく、あっけらかんと受け答えるでもなく、目をぱちぱちと(またた)かせた。


「えーと、多分この船の大きさなら気付かれずに接岸出来ますよ?」


「え...?」


「街の西の側に入り江があるんですけどねー?そこの敵は一掃しましたんで。」


そこからなら上陸出来ると思いますよー、といつも通りの間延びした声でニキティウスが説明を始めるのをルシアは彼の登場時よりも尚、強い脱力感に襲われながら聞いたのであった。


すみません、ギリアウト!!

ので、一時です。


作者、割とニキティウスは好き。


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