248.巨影の落つる甲板にて(前編)
「...しかし、このままここに居ても埒が明かないだろ?」
「...そうね。陸で事が起きるのを待ち続ける訳にもいかないし。」
とはいえ、どうするよ。
仕掛けるにしたって、多勢に無勢が過ぎれば、別ルートも...。
現状、何処も陸地は上がれないと見て良いし、時間が経てば状況も変わるかもしれないけど。
ルシアは頭痛そうな顔で額を押さえて、考えを巡らせていた。
彼らの前方には変わらず、ヘアンの大軍があった。
そう、何も変わらずにそれは風景と同化して揺れている。
「いや、大きく変動されても困るんだけどね...。」
「お嬢、独り言ならもっと静かにやってください。たまに通常の声量で溢すのお嬢の悪い癖ですからね。」
「......イオン~?」
「さ、戦場では一瞬一瞬のうちに状況が変わりますからね。目を離さないように警戒は怠らないようにしましょう。」
ついつい洩れ出たぼやきをすかさず拾ったイオンの一言が飛んでくる。
毒舌全開である。
あー、ほんとに今日も今日とて絶好調な護衛なことで。
そして、やはり自覚有り、図星で的の中央ど真ん中の言葉にルシアが出来たのは口を引き結び、むすっとした顔で彼の名前を呼んで制止をかけることだけだった。
しかし、イオンも手慣れたものだ。
素知らぬ振りでまた一眼鏡を覗き、監視を再開したイオンにある種の諦めを浮かべて、ルシアも嘆息を吐いた。
あれ、もうこれ、ここまでがワンセットになってない...?
「......どうにか陸側と連絡が取れれば良いんだけどね。」
まぁ、ないものねだりなんですが。
鷲も連れていないからこっちから連絡手段がない。
これでは本当に何かが起こってから機に乗じるか、王子が私に向かって鷲を飛ばしてくれるのを待つか...。
そもそもポルタ・ポルト入りにて王子と分断されたあの時点で何もかも予定通りではない。
勿論、戦場で予定通りの方が珍しいことだろう。
しかし、その後も街中の拠点で襲撃を受け、エドゥアルドと分断、追われたあげく海に飛び込み、海賊船に拾われ、協力を取り付けるもヘアン船と対峙、上陸困難?
変更に次ぐ変更が繰り返され最早、即興の域である。
そして、それは現状も同じだ。
作戦を立て、破綻、練り直し、また破綻。
ここまで来れば、一つくらいは予定通りにいってくれても、と思うのは自然なことだろう。
けれど結果は、今回だってマーレたちと意見を出し合い動いているものの、ルシアにとってこれは取り敢えずの策であり、現状打開、出来ることを探し、実行しているだけ。
状況はほぼ打つ手なしだとルシアは考えていた。
「あーもう、ここにカリストが居たら、もう少し状況が変わってたかしら?せめて、ニキが居れば...。」
「ないものねだりですよ、お嬢。」
「分かってるわ!」
先程から思っていたままの言葉を言われ、ルシアは少し苛つき気味にイオンに言い返した。
そして、そのまま項垂れるように手摺りへ頬杖を突いた。
...王子がここに居たって打つ手なしだった可能性は高い。
十中八九、陸で何か手を打っていると予想出来る彼が陸に残ったのは正解だろうと思う。
例え、あの時は不本意であった予期せぬ出来事であったとしても、だ。
ただ、ニキティウスがこちらに居たら、連絡の取りようがあったのに。
「......なぁ、お嬢ちゃん。もしかして、エディやここに居るこの三人以外にお嬢ちゃんの仲間が居るのか?聞いてた分ではどうもエディたちとも別に行動してそうだけど?」
「ああ、そうなの。彼らとは街に入る際に分断されてしまってね。」
ルシアとイオンのやり取りを静かに聞いていたマーレが気になったとでも言いたげに告げたのをルシアは頷いて返した。
...そういえば、エドゥアルドがポルタ・ポルトの東南の洞に居ることは話せど、王子たちの存在をマーレたちに話していなかった、とルシアは俄かに思い出した。
「えーと、ニキだっけ?そいつは調教師か、魔術師か何かか?」
「あら、違うわよ。どうして?」
マーレの質問の意図が分からず、ルシアは首を傾げて、そう思い至った理由を尋ね返す。
すると、手摺りに身を預けていたマーレは身体を起こして、逆にこちらが意味が分からないとでも言い出しそうな顔で口を開いた。
「そりゃ所謂、海の上で孤立状態の中、そいつが居れば連絡手段が付くっていうのは鳥の調教が出来てそれを連れてる奴か、魔術が使える奴くれぇじゃねぇの?」
「...ニキは調教師、の才能はあるかもしれないけれど本業ではないし、別段シーカーの産まれでもないから万能なほど強い魔術が使える知り合いは私には居ないわ。」
然も当然のように言われた言葉でルシアは何故、その二択だったのかを理解して鷹揚に頷いた。
確かに一理ある職種だ。
けれど生憎、ルシアの周りにその職業の人は居ない。
いやまぁ、クストディオも含めて、ニキティウスは個人で鷲を調教してても可笑しくはないけどね。
「そうなのか?てっきりそうだと思ったけど。」
「...ニキティウスは密偵仲間。」
「は?密偵?」
ルシアの否定にマーレが納得いかないまでも、ルシアの言葉を否定するつもりはなかったのか、そのまま頷いた。
そこへ念押ししているつもりか、クストディオがぽつりと呟いた。
クストディオの言葉にマーレが目を瞬かせた。
その後ろでミンジェも同じ顔をしているのをルシアは目にする。
「ええ、ニキティウスは密偵なの。」
「...普通の令嬢は密偵なんて関わり合いないと思うんだけど。」
「いや、ミンジェ。そもそも普通の令嬢は侍女や侍従は連れてても、いかにも護衛を兼ねてますっつー奴らを三人も連れてたりしない。」
「いえ、そもそも普通の令嬢というならば、戦場にわざわざ来ません。」
「ちょっと、イオンまで参加しないでちょうだい。悪かったわね、普通の令嬢じゃなくて。」
クストディオの言葉を肯定するようにルシアは言葉を紡いだ。
それへ最初にミンジェが困り顔で疑問を口にし、続いてマーレが別の疑問点を口にして、最後にイオンまで便乗して言いたい放題だ。
またもや、自覚ありのルシアはむすっとして投げやりに言い返した。
「いや、お陰で助かってる部分もあるから、悪いとは言わねぇーけど。ただ、その密偵が居たところで連絡手段が付くって言うのは?」
「ああ、それはね...。」
密偵が一人居たところで海の上じゃ何も出来ないだろ、とマーレが言うのにルシアはあっさりと口を開く。
確かにただ密偵というなら、元密偵のクストディオでも変わらない。
しかし、ニキティウスは。
既に協力関係を結び、船長であるマーレの出自も割れた。
絶対に隠し切らなければならないほどの理由もないだろう。
そう思ったルシアは素直に答えようとした。
だが。
「マーレさん!」
「!ヘアンが動いたか!?」
ルシアの声を掻き消す勢いで見張り台から大きな声が降ってきた。
会話の間、ヘアンの大軍から目を離していたマーレが表情を張り詰めさせて、見張り台を見上げた。
ルシアも話を中断させて表情を引き締め、続くように顔を上げた。
マーレが見張り役の青年に叫ぶように声をかける。
「い、いや...!ヘアンじゃなくて......!」
マーレの言葉でルシアは上げたばかりの顔を下ろして、瞬時に双眼鏡を構えたのと、慌てた様子で見張り台から否定の言葉が降ってくるのは同時だった。
「!!!!」
じゃあ、なんだ、とマーレが聞くよりも早く。
ルシアがヘアン船の状況を双眼鏡で覗くよりも早く。
見張り役の青年が答えを紡ぐより早く。
甲板に大きな影が突如として落ちた。
ここは海のど真ん中で日差しを遮るものも雲しかなければ、それは雲には到底似つかわしくなく。
雲の流れより速く、雲の形よりはっきりとした影。
まさに急に現れたというべき影に、マーレは、甲板に居た者たちは息を呑み、それを確認するように上を見上げた。
それの合間から洩れる逆光に目を眇めながら、ルシアも空を仰いだ。
そこには眩しさで見えづらいが影となって黒く見える物体が一つ。
皆が呆然とそれが何かと確かめようと目を凝らす中、一人、それの正体に思い至ったルシアは盛大に、零れんばかりに目を丸く、見開いたのだった。
今日は一時でした。
そして、サブタイ通り前後編にしています。
後編はいつもの如く、明日で!
さて、正直に終わりの見えない第6章。
作者側では結末まで何とかもっていけそうなところまで算段はついたので一安心。
だがしかし、かなりの長編になること間違いなしでございます(汗)
おっかしいなー?
第5章も含めれば、所謂アクィラ編、すごいことになってない...?
正直な話、今後の章展開では今回が一際長い訳ではないという、冷汗案件。
み、皆さん、嬉しいことにイストリアは一年じゃ終わらないようですよ...!
頑張って、完結まで乗り切って見せるので応援してくださいね......。
今話の今後の展開、読めた方もいらっしゃると思いますが、続きはお楽しみということで。
それでは、次の投稿をお待ちください!
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