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247.今、出来ること


「あー、居るわ。滅茶苦茶。うようよしてやがる。」


甲板の手摺りに上半身を預けるように乗り出したマーレが双眼鏡を覗きながら、ややうんざりとした口調で言った。


「...マーレ、普通はあれだけの大群の船を見たら、壮観と言うものよ。」


横で同じように双眼鏡を手にしていたルシアは双眼鏡を下ろして、横に居るマーレに振り向いた。

その表情には呆れのようなものが(うかが)える。


「あー?心情的にはうようよのが合ってんだろ。」


「......。」


まぁね、確かにそうなんだけども。

心情的には厄介な虫が大量に湧いていると言っても過言ではないよ。

だがな。


「やる気が(いちじる)しく削がれるからもう少しやる気の出る言い回しをしてちょうだい。」


仮にも元貴族なら、語彙(ごい)力がないとは言わせない。

いくら、下町で育ち、荒くれ者をやってきた結果、スラングばかり豊富になっていたとしても、だ。

ルシアはそんな内心を(すが)めた目にめいいっぱい乗せて、マーレに向けたのだった。



ーーーーー

上陸を諦めてから翌日。

急ピッチで作戦を立て、幸いその間にヘアン船が現れることなく、日が沈む前にルシアたちは船を出航させた。

そして、辿り着いて(いかり)を降ろしたのは出発前と変わらぬ、青一色のど真ん中である。

ただし、意味なく移動した訳でもなく。


「...さて、最終的にはあれを全て沈めるか、追い返すかしなければならない訳だけれど。」


「まぁ、俺たちだけじゃ無理ですね。」


正面に向き直って腕を組んだルシアは全然楽じゃないといった表情でそう言った。

それへマーレとは反対側で一眼鏡を覗いていたイオンがそれを目から外し、ルシアに即答を返した。


「...まぁ、分かり切っては居たけれどね?これだったら、崖に待機している方と全面戦争した方がマシだったかしら?」


「おいおい、正面突破はさすがに船が沈むわ!」


「ええ、だからこうして港のヘアン船の動向を探りに来たんじゃない。」


今からでも戻る?と昼食を取る食堂を決めるかのような気軽さで発せられたルシアの呟きにマーレがムリムリと首を横に振った。

それへ前言は何だったのかというあっさりとした口調でルシアは現状を口にしたのだった。


現在、ルシアたちが居るのはポルタ・ポルトの港より南の沖。

丁度、港を包囲するヘアンの大軍の背後を取るような位置にて、そのヘアンの船々を観察していたのだった。


あちらが背後に船が居ると思い至って、こちらと同じように双眼鏡若しくは一眼鏡で覗き返して来なければバレない絶妙なポジショニングである。

そして、ここまで離れていれば向こうが気付いて、攻撃を仕掛けようとしても逃げ切れる距離でもある。


こうなったのは話し合いの過程で他に何もしようがないと結論に至ったのが正しい。

最初、崖地に居たヘアン船を沈めることも考慮した。

しかし、その直近の陸地に一時拠点が作られていないかどうかも確認が取れない以上、敵の数が測定出来ない。


加えてマーレの言通り、この場合では正面突破になる。

こちらは遠距離攻撃で完全に劣っている為に倒すとすれば近付けねばならず、それはあの砲弾を避けながら前進することを意味していた。

さすがにそれは()が悪過ぎる。

結果、こうしてヘアンの大軍の動向を探り、抜け道を探そうということになった訳だが。


「...ここから西にも接岸出来る場所があるけれど、そちらも用心深ければ塞がれているでしょうし、何か、ないかしら。」


焦燥が少しずつ胸をちりちりと焦がす中、ルシアは態度だけは気丈に打開策を模索していた。

問題はヘアンだけでないのも痛い。

もし、仮にヘアンの目を掻い(くぐ)ったとしても、その先でアドヴィスの包囲網に捕まる訳にもいかないのだ。


「......。」


「ミンジェ?」


「!あ、はい。すみません、考え込んでいて。」


「...そう?まぁ、この状況だものね。」


考え(あぐ)ねて、周囲に視線を泳がせたルシアはマーレの向こう側でミンジェが怖いくらいに微動だにせず、陸の方向を見つめていたのに気付き、彼の名前を呼んだ。

呼ばれたミンジェは今まで外の刺激を全て思考から追いやっていたかのようにびくり、と肩を揺らしてこちらを向いて、眉尻を下げながら謝罪を口にした。

その表情がいつもの柔和なものに戻っているのを見て、ルシアは曖昧に微笑んで肯定を口にした。


まぁ、決して気を緩めている場合ではないのは本当である。

ただ、少しミンジェの表情に何か気にかかったことにルシアはもやっとしつつ、頭の隅に追いやって、双眼鏡を持ち上げ、ヘアンの大軍へと視線を戻したのだった。


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