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246.治療と次の作戦と


凪いだ、既に馴染んできた揺れの中でルシアは甲板を歩いて回っていた。

その横をクストディオとノックスが歩き、視界の端ではイオンがミンジェと共にルシアと同じく歩き回っているのが見える。


本日、時刻は正午手前ほど。

甲板の上はいつもより静かで、いつもより賑やかだった。



「お嬢。」


「こっちは頭を打ち付けて少しの間、気を失っていた人が居たけれど、軽い脳震盪(のうしんとう)のようだったから安静にさせていれば、大丈夫よ。そっちは?」


「あー、頭はほんとに怖いですからねぇ。こちらは手にしていた武器での軽度の切り傷や擦過傷(さっかしょう)はありましたけど全て軽傷で、ほとんど治療の必要はありませんでした。」


「はい、あのくらいならあの人たちは軟膏(なんこう)も要らないくらいだよ。」


「そう、良かったわ。」


ルシアが一通りを歩き終わり甲板の中央で手にしていたものを整理していれば、同じく歩き終わったらしいイオンたちが近寄ってきて、これまた同じく手にしていた――包帯や軟膏等の治療セットをルシアの前に置いた。


そして、イオンがルシアの整頓整理に手を伸ばしつつ、ルシアへ声をかけた。

ルシアはイオンの手伝いを受け入れながら、顔を上げずに言うべきことを言い、尋ねるべきことを尋ねた。

イオンがそれへ淡々と報告を交え答え、追随するようにミンジェが(うなず)くのを見て、ルシアは胸を撫で下ろして一言、呟いた。


ルシアは甲板のあちらこちらに目を向けた。

現在は雲が多く空を泳いでいることもあって然程、日差しの暑さを感じない。

そんな甲板ではこの船に乗る船員たちが全員、顔を出していた。


数人ずつや各自で彼らは甲板へ座り込み、何かを語りあったり、休息を取っている。

その彼らの中には腕や顔、足等に包帯を巻いている者がちらほら見られた。


それもこれもルシアやイオン、ミンジェたちは先程まで彼らの元を歩き回り、治療して回ったからである。

そう、ルシアたちは治療の為に甲板の端から端へと闊歩(かっぽ)していたのだった。


「お嬢ちゃん。」


「マーレ。船は大丈夫そうだった?」


止血の必要や軟膏以外の薬が要るような怪我人が出なくて良かったと、ルシアがイオンと治療セットの取り合いをしながらも立ち上がれば丁度、船縁(ふなべり)を確認しに器用に船体を伝って降りていたマーレが駆け寄ってくる。

ルシアは手荷物を取られて堪るか、と攻防戦を繰り広げながら、自分の名前を呼んだマーレに返事を返した。


「ああ、掠らせもさせなかったからな。元々一応、確認しに行っただけだし。」


「そう、それは貴方の腕前が良かったお陰ね。」


マーレは得意げな顔をして、船の無事を報せた。

確かに舵を取っていたのは彼なので、船体に傷が付かなかったのは彼の手柄だ。

そう思い、ルシアが素直に称賛の言葉を紡げば、マーレは何と返して言いか分からないとでもいった形容しがたい表情で頬を掻いた。

心無しか、照れてるように見えるのは私の都合良過ぎる解釈だろうか。


「...それより、うちの奴らを手当てしてくれてありがとな、お嬢ちゃん。」


「あら、治療に関しては皆、軽傷だったから大したことはしてないわ。ミンジェにも手伝ってもらったし。」


「僕はほとんど何も出来なかったですよ。ほとんどイオンさんがやってくれたから。」


マーレは話を切り替えるように一度、周りを見渡してからルシアに礼を告げた。

ルシアは複雑な顔をしたマーレとは違って、慣れたようにさらっと謙虚な言葉を吐いた。

ルシアに引き合いに出されたミンジェがこれまた慣れていないように眉を下げつつ、ルシアの横に立つイオンを見上げて述べる。


ルシアが見上げれば、イオンはいつも通りの顔でそこに立っていた。

あ、取られた。

見上げて気を抜いていたルシアから無言でイオンが後は片付けるだけの治療セットを奪取した。

ルシアは向けた視線に非難めいたものを混ぜたが、当の本人は素知らぬ振りでこちらに見向きもしない。


「......ひとまず、大きな被害はなくて良かったわ。ヘアン船も上手く引き|離すことが出来たし。ただ...そうね、暫くエディ様は(おろ)か、陸に近付くのは難しいでしょう。」


「......。」


()め付けても、もう返してくれそうになく、最終的にはノックスへそれを手渡してしまったイオンに取り返すのは諦めて、一つ息を吐いたルシアは真剣な表情を作って今するべき話を切り出した。

ルシアとイオンの静かな攻防を傍目に少し緩んでいた空気が引き締まったように皆が表情を落ち着かせて黙る。


陸地の崖の影から現れたヘアン船から、ルシアたちはほぼ無傷で逃げ切ることに成功していた。

今現在、この船はただ広がる青の中にぽつんと停泊している状態であった。

周りは青に囲まれ、ヘアン船の船体や帆も見えなければ、陸地も見えない。


ルシアたちは陸からそれなりの距離が開いた沖のこの場所で停滞を余儀なくされていた。

理由は(ひとえ)に、予定が大幅に狂ってしまったからである。


「こうなったらもう、別の手段で合流と言うのも現実的じゃないわ。」


「...じゃあ、どうする?」


ルシアは明け()けに当初の目的が不可能に近いと言い切った。

それを聞いて、マーレが難しい表情で問うた。


うーん、作戦続行はもう無理だ。

あの場所にヘアン船があり、待ち構えられたということはその陸にもヘアンの者、若しくはルシアたちを追い回した傭兵(ようへい)たちが見張っていることだろう。

そんな状況下であの傍の洞窟へ行くのは無理である。


例え、隠密行動しようが。

さすがに隠密に特化しているクストディオでも遮蔽物(しゃへいぶつ)のない海から近付いていくのを完全に隠しきれない。


「...海の上からでも出来る、何か、策を練るわ。合流せずに別働隊として動くことになってしまうから、エディ様たちとの協力も出来ないし、下手をすれば敵と誤認される危険もあるけれど。」


しかし、連絡の取りようがない以上、出来ることと言えばそれしかない。

上手くあちらの様子を汲み取って動くしかないだろう。

若しくはあちらがこちらが味方であることに気付いてくれるのを祈るしかない。

その辺はエドゥアルドの慧眼(けいがん)を信じよう。


「...ま、それしかないか。」


数瞬を置いて、マーレがルシアと同じ結論を持ってして嘆息しながら呟いた。

首を鳴らしながら言ったマーレにルシアは頷く。


「ええ、それにはもう一度、作戦を立て直さないと。マーレ、手伝ってくれるわよね?」


「ああ、エルネストにも手伝わせよう。ミンジェ、お前もな。」


「はい。あ、エルネストさんに伝えてきますね。」


ミンジェは素早くマーレに答えたかと思うと、船内の荒れ具合を確認に行ったエルネストに声をかけに甲板を降りていく。


「お嬢ちゃん、俺はあいつらに指示を出してから行く。先に部屋へ行っててくれ。」


「分かったわ。」


今度はマーレがそう言って離れていくのをルシアは見送った。

少し離れた場所で立ち止まったマーレが暫くの間の船の運航の指示を出し始めたのを見て、ルシアも既に何度目かの会議を(おこな)うべく、護衛たちと船内への階段を降りていくのだった。


ルシアたちがヘアンとの戦いの中、作者は頭痛いのと戦いつつの執筆でした(汗)

これ絶対、昨日の麦焼酎とワインとチューハイだよ←馬鹿

自業自得が凄まじい(笑)


皆さんも体調には気を付けて!二日酔いも(笑)

それでは、次の投稿をお楽しみに!


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