245.余儀なくされた
「マーレさん!!」
「わーってるっての!!!」
揺れに誰もが堪える中で、咄嗟に叫んだのはミンジェだった。
ミンジェの見た目に似合わないほどの大声にマーレは舵を切りながら、苛ついたような大声で返答した。
「おい、お前ら!!退避だ!!何でも良い、いつでも戦える準備だけはしておけ!!」
「はっ!!」
マーレが周囲に目を走らせながら、全船員に向かって怒鳴った。
緊迫した状況に一部の隙も相手方に見せて堪るか、とでも言いたげなマーレの顔は眉が寄せられ、口が引き結ばれており、迫力があった。
その自分たちの船長の表情に圧されてか、喝を入れられた船員の海賊たちは慌てて散り散りに動き始めた。
その割に行く先やその動きは躊躇いがないので、その統制にルシアはマーレの手腕を感嘆した。
「...ルシア、立てる?」
「ええ、大丈夫よ。クストも無事?」
イオンに半ば引き上げられるように立ち上がりながら、ルシアはこの揺れにも平然と駆け寄ってきたクストディオに振り返った。
そこでルシアは感嘆している場合ではないと表情を引き締め、揺れた瞬間に傍に居なかったクストディオに安否を尋ねた。
「...階段を上っているところだった。」
「ええ!?怪我は...!」
クストディオが告げたのは揺れの瞬間に居たらしい場所だった。
それが階段だった聞いて、ルシアは僅かに顔を青褪めさせながら、クストディオの腕や頬をペタペタと触って、怪我の有無を確認していった。
階段なんかでバランス崩したら、洒落にならないから!
「ない。落ちる前に床を蹴って下の踊り場に着地した。お陰で持っていた物は落としたけど。」
クストディオは煩わしそうに、然れど、乱雑に扱うことなく、ルシアの手を自分の腕や頬から引き剥がして言った。
そうして、詰め寄っていた距離を離されて視界が開けたルシアは差し出されたクストディオの手の中を見れば、彼の手には食糧等や陸地での活動に使えそうな装備の類いが放り込まれた麻袋があった。
小さく口を開いて見せられたそれの中は、適当に放り込んだ上に掻き混ぜたかのようにぐちゃぐちゃだった。
あー、とルシアはクストディオが言いたかった意味を理解して声を洩らした。
要するにこの袋の中身の惨状は落とした結果だということだろう。
「...まぁ、クストに怪我がなくて良かったわ。幸い食糧が零れた訳でもないようだし。」
「おい、そこッ!!二撃目来るぞ!!」
「!」
ともあれ、無事で良かったとルシアが胸を撫で下ろしたと同時に、マーレの厳しい声が咆哮する。
瞬時に今度はルシアの正面に立っていたクストディオが先程、剥がしたばかりのルシアの手を掴んだ。
破裂音が耳を劈く。
ビリビリと鳴る空気に身体が固まった瞬間には既に、ルシアの真横で水飛沫が柱のように立ち上がった。
そして、再び襲い来る揺れ。
「っ......。」
今度は力いっぱいに足を踏ん張らせて、何とかクストディオと甲板に転がるのを回避したルシアは陸地に向けて、視線を凝らした。
そして、見えたものに息を呑む。
「...あれはヘアンの船です。ルシア、危ないけど一応、いつでも下船出来るように甲板で身を低くしてて。」
「ミンジェ。」
ルシアが口に出すより前に答えを発したのはミンジェだった。
ルシアは距離のある眼前のものから視線を外して、揺れの際に離れてしまったミンジェが揺れに堪えながら、こちらへ歩いてくるのを見る。
そう、ルシアが見た光景。
それはミンジェの言葉通りだった。
崖の影からこの船より小さめの船が一隻、その姿を突然現していた。
よく見れば、その側面の筒から小さく煙が上がっているのが見える。
「ミンジェ...あれは沖まで追いかけてくると思う?」
「......多分、沖までは。この船がアクィラの軍艦とかなら別でしょうけど。」
寄ってきたミンジェに冷静にルシアは意見を求めた。
ミンジェは視線を外したルシアとは逆に対岸の船を睨め付けながら、唸る。
そして、出した答えはルシアと同意見であった。
多分、マーレも同じことを思ったのだろう、この船の方向転換した向きは完全に沖へと向き、今や全力でこの場から離れようと船員が駆け巡っている。
「...マーレさんなら、船に損傷を受けることなく退避出来るから。」
「...ええ、そうね。」
ミンジェがどんどんと眉根を寄せていくルシアに向かって言った。
ルシアは少し表情の緊張を解いて、苦く首肯を返した。
船の上という状況、敵の攻撃が遠距離の砲弾ときては、何もしようがないからだ。
こういう状況において、居ても立っても居られずに行動してしまう性分なので歯痒いことこの上ない。
今、ルシアに出来るのは、マーレを信じることと彼の邪魔にならないこと。
そして、イレギュラーに対して気を張っておくことだけである。
「...これは、もう。」
ルシアは独り言ちた。
ここにヘアンの船が現れ、襲撃を受けた。
結果的に撤退を余儀なくされた。
こうなってはもう、エドゥアルドたちと合流は疎か、陸地に上がることだって難易度が高い。
これはもう、海上から出来ることを考えた方が良いかもしれない。
少なくとも、暫くは陸に上がれないだろうとルシアは読んだ。
もう一度、空気が震える。
しかし、すでにスピードの乗り出したこの海賊船には届かず、いくらか後方で水の柱が立った。
ルシアはそれを、その奥を、後方全てを見渡しながら、狂った今後の予定を高速で組み上げ直し始めたのだった。
はい、昨日は申し訳ございません(汗)
休載させていただきました...。
今回もまた、話があまり進まなかったのでちょっと不安な作者。
これ、第6章、収まり切るだろうか...?
今話は普通に執筆してたら、漢字が分からず、検索かけている途中でそれが方言であることに気付くっていう...ありがちだけど、そのうちやらかしそうだよね。
通じると思ってたら、方言でしたとかね。
もし、気付かずに上げていたら、こそっと教えてくださいね。
さて、皆様どうでしたでしょうか?
楽しんでいただけていたら、幸いです。
コメント等いつでもお待ちしております。
気軽に一言でも良いので送っていただけると嬉しいです。
それでは、次の投稿もお楽しみに!




