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242.提案と一夜の話


「そっか......そっか。傍観者では居られない。うん、その通りだ。」


ルシアにつられるようにミンジェは困ったような、吹っ切れたような眉を下げた顔で笑った。

ルシアは彼がこの会話の中で何を思い、何に気付いたのかは分からない。

けれど、ずっと悩んで、心の奥底に(こご)っていた何かの答えを見つけたのだろうと、ルシアは感じたのだった。


「もう、眠れそうかしら?」


「ふは。...ええ、ぐっすり眠れそうです。」


からかい交じりにそう声をかければ、ミンジェは小さく吹き出して、(うなず)いた。

さて、さすがにそろそろ部屋に戻ろう。

ルシアが甲板に出てきて既に体感、四半刻以上の時間が過ぎていた。


ミンジェのお陰か、私も気が晴れたと思う。

明日は、陸地へ向かう。

戦場へ。

今はしっかりと体力温存をしないとね。


「では、もう中へ戻りましょうか。明日から、忙しくなるのだし。」


「ええ、そうですね。...あ、そう言えば、イオンさんたちは?ルシアが一人になるのをあの人たちが見過ごしそうには思えないんだけど...。」


マーレと協力することになった以上、この船に乗るミンジェも戦争に関わることになるだろう。

忙しくなる。

そう思って、船内への入り口へと足を向ければ、ついて来ようとして、ミンジェは思い出したように辺りを見回した。


ルシアは苦笑を浮かべた。

その通りだ。

協力が決まろうともここは海賊船。

見える場所に居るなら()だしも、ルシア一人がこんな夜更けに甲板へ来ることをあの三人が了承するかと言えば否だし、かといって彼らに気付かれずに部屋を抜け出して来るのも無理だ。


「ええ、絶対引き止められるわね。」


「じゃあ......?」


くすくすとルシアはミンジェの言葉を肯定した。

しかしぱっと見、ルシア一人という状況がその返答と噛み合わずにミンジェは困惑げに辺りを見渡した。


「クスト。」


「......気晴らしは終わった?」


困惑するミンジェを横目にルシアは上空へ向かって護衛の一人であるクストディオの名前を呼んだ。

すると、何もないと思っていたマストの上から影が落ちてきて、ルシアとミンジェの間に着地する。


着地の衝撃を(やわ)らげる為に曲げた膝をすっと伸ばして立ち上がったクストディオはなんてことないという表情でルシアに視線を向けた。

そんなクストディオの突然の登場に案の定、ミンジェが目を見開いていた。


「実はね、私が一人で居たいとお願いしていたから、ずっと上で待っていてくれていたの。」


「...そうだったんだ。全然、気付かなかったよ。」


気の抜けた様子でミンジェは言った。

まぁ、何があってもすぐ飛び出せるように警戒を(おこた)らずに、その上でルシアの邪魔にならないように、且つもしちょっかいを出してくる人が居ても、油断させられるようにクストディオのは気配を消していた。


クストディオは元国王直属の諜報部員。

例え、ミンジェが見た目に似合わず凄腕を隠していたのだとしても、気付くのは難しかっただろう。


「クストは気配を消すのがとても上手だもの。さぁ、身体も冷えてきたし、中へ戻りましょう。」


ルシアは二人に向けて言い、歩き出した。

クストディオがん、と答えてルシアに続く。

ミンジェもまたルシアの横を歩いて、三人は扉を(くぐ)って、船内へと入った。


「明日は出発だから、戻ったらすぐに寝なくちゃね。」


先程まで吹き付けていた風がなくなり、空気が生温かく感じる。

何処か停滞したようにも感じる空気を切って、ルシアは下へと(くだ)る階段に足を降ろしながら言った。

わざわざ言わなくても、どうせ起きて待っているだろうイオンにベッドへ放り込まれるのだろうけど、とルシアは実際に自分がイオンにあれこれ言われながら、シーツに包まる姿が容易に想像出来て苦笑を浮かべた。


「......ねぇ、ルシア。」


「?なあに、ミンジェ。」


笑って、階段の踊り場に足を付いたところで上から降ってきたミンジェの声にルシアは振り返った。

そこには、思考を巡らせている様子のミンジェが居る。

彼はまだ、一歩も階段を下りずに上の踊り場に立っていた。

ルシアは首を(かし)げて、ミンジェの問い返した。


「...その、明日のことなんだけど、ルシアはまだ小舟で出ていくつもり?」


「?ええ一度、陸に居るエディ様に合流したいから。まぁ、協力する以上、また貴方たちとは顔を合わせることになるでしょうけど。」


ああ、どうやって連絡取るようにしようか。

やっぱり、前以て日時場所を決めて落ち合う?

んー、(わし)を飛ばすにもこっちに残る人間でも居ないと...。

あ、でも王子とも合流出来れば、ニキティウスやフォティアに飛んでもらうのもありか。


そんな風にルシアも思考を巡らせていると、ミンジェが階段を降りてきて、踊り場の一歩手前で止まり、ルシアの正面に立った。

ミンジェは然程、身長が高い訳ではない。

けれど、それでもルシアよりはずっと高く、加えて段差分もあって、ルシアは王子を見上げる時のように首を逸らして、彼を見上げた。


「...そのことなんだけどね?僕たちは手を組んだ訳だし、もうこの船で陸へ向かうのもありなんじゃないかな、と僕は思うんだけど。」


ミンジェの提案にルシアは目を(またた)かせる。

...うん、そうだな?


「あら、確かにその方が私は嬉しいけれど。マーレは許可を出すかしら?」


ルシアは純粋に思ったままを口にした。

マーレと小舟を対価として交渉した時、ルシアはマーレが陸地に近付きたくないように感じていた。

それは戦争を止めようとしていることをルシアたちに隠したり、慎重に情報収集していたからで今はもう、そうする必要を失って快く了承するかもしれないが。


うーん、でも今尚続く陸地から一定距離を離した航路の徹底のしようを思えば、彼は渋るんじゃないだろうか。

勿論、ミンジェの方がマーレの付き合いは長いし、私の予想は完全に想像でしかないけれど。

そう思って口に出せば、ミンジェは苦笑をその顔に浮かべた。


「そこは、まぁ...大丈夫ですよ、僕もお願いしてみますから。」


「......そう?なら明日、マーレに出来るか聞いてみましょう。」


「はい。」


少し考える素振りを見せながらも自信があるように言うミンジェにルシアは微笑んで受け入れた。

ルシアの受け答えにミンジェが頷く。


「では、僕の部屋は向こうなので。」


「ええ、おやすみなさい。また明日。」


「はい、また明日。」


階段を降り切ったところで、ミンジェがルシアたちの向かう方とは反対を指した。

ルシアはミンジェに向き合って夜の挨拶を告げた。

ミンジェも笑って、挨拶を返し、薄暗い廊下の先へ消えていった。


「......戻りましょうか、クスト。」


「ん、イオンたちが待ってる。」


暫くミンジェの姿を見送って、視線を反対へ戻し言ったルシアにクストディオは返事して歩き出した。

クストディオもルシアと同じ予想が出来たらしい。


部屋に戻れば、やはり予想通りにイオンもノックスも起きて待っていた。

イオンに小言を言われながら、ルシアはベッドへ(もぐ)る。

そうして、ぐっすりと眠れば、(まぶ)しいほどの朝が訪れたのだった。


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