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240.災厄の生き残り

※今回は少しショッキングな表現がありますので、ご注意ください。


マーレとルシアが手を取り合ってから数分後。

ルシアはマーレの出自とそれに付随(ふずい)する非情な過去を聞いていた。

それは協力にあたって、ルシアがマーレに尋ねたのである。

その半分は複雑な事情を察して、気がかりであっただけでもあるのだけど。


「......まさか、いえ、確かに貴族の出だろうとは思っていたけれど。」


「まぁ、小さい頃の話だからな。もう、海賊として生きてる時間のが長い。」


「...それにしたって、あの公爵家の御嫡出(ごちゃくしつ)がまさか、生き残って海賊になってるなんて思わないわよ。」


「へーへー、どうせ俺は高貴には程遠いだろうよ。」


ルシアの驚きを含んだ言葉にあっけらかんとマーレは返していく。

そして、最後には投げやりに拗ねたような言葉を吐いた。


いやね?

分かってた。

分かってたんだよ。


ただ、そこに居るだけで目立ち、人を目を引くと。

それが、王子たちの持つようなカリスマ性を思わせると思ったことも。

エドゥアルド――王族と兄弟弟子ならば、上位貴族だろうとも。


しかし、それが公爵家だとは思わないだろう。

それもアクィラの前国王の弟君が臣籍降下するにあたって、築かれた家だという。

つまりはマーレの祖父はれっきとした王子だった訳で...。


「...貴方は、エディ様の親戚だったのね。」


「ああ、俺は王宮に上がって第一王子と一緒に護身術と剣技を学んだ。そこへよく来ていたのがエディとエルネストだった。」


マーレは懐かしむように言った。

彼はエドゥアルドを弟のようだと言っていたから、本当にそんな幼少期を送ったのだろう。

ルシアはまだ道が分かたれることも予想していなかっただろう子供たちを思い浮かべて、胸をつきり、と痛めさせた。

そのまま、エルネストに視線を向ける。


「貴方のそれも(くだん)の災厄の際に...?」


「...いえ、これはそれよりも1年は後のことです。」


エルネストは眼帯の上から火傷(やけど)のような痕に触れる。

その隻眼(せきがん)は何の感傷も見せはしなかったが当時、少年が受けた災難を思えば、ルシアの胸中が悲哀に埋まるのは必然だった。


まずは今から丁度、15年前。

()しくもルシアの産まれた年と、そしてイストリアの『竜王(りゅうおう)長子(ちょうし)』が失われたその同年に、このアクィラでもある大きな事件が王都を含めた国内全土を恐怖に染めたという。


それは最初、行方不明者が出たという、その後に起こる悲惨な大事件が終わった後にしてみれば本当に些細な始まりだった。

いや、確かに行方不明者のその家族たちにとっては大事には違いないけれど。


しかし、前世のあの平和な彼の祖国であっても年間に一体、何人の行方不明者が居たことか。

こちらでは前世の世界ほど連絡手段というものがなく、片田舎ではある日突然、帰ってこなくなったということも少なくない。

だから、この大災厄の始まりも、そう不自然で奇妙な出来事とは捉えられなかった。


だが、それは徐々に徐々に人に懐疑心を植え付けていくこととなる。

最初の一人をきっかけに一人、また一人と行方不明者が例年のそれより遥かに多く早い間隔で増えていったのだ。

それがついに見過ごせないところまで来た時、当時8歳だった第一王子が(かどわ)かされた。

エドゥアルドの亡き兄のことである。


そう、実はアクィラにはその昔、もう一人王子が居た。

きっと、その存在は第二子で当時4歳間近だったエドゥアルドが薄ぼんやりと覚えている程度。

その下の彼の弟妹王子王女は知らないだろう。


...まぁ、遺憾なことに何処の国でも王族、特に王子の命は危険に(さら)される。

イストリアだって、第二王子は王妃によって今はなく、タクリードに至ってはその歴史の中に、その御代ごとでの空席は一つや二つではない。


そうして、アクィラでは第一王子がその悲劇に()った。

王子が(さら)われたことでアクィラはより本格的に事件の解決に動いた。

そして、同関連と思われる消えて居なくなった人間が50では足りなくなったその日、第一王子は遺体で発見されたのだ。

前王弟の築いた公爵家のその敷地にて。


ニグレッリ公爵家の惨劇として、それはイストリアにも伝わっており、ルシアも知っていた。

15年前の大災厄、それは最後にニグレッリ公爵家に居た人間が全て惨殺され、その後、犯人が自殺したことで(ようや)く幕を閉じた。


この犯人が王子を殺害した殺人者であり、多くの行方不明者と思われていた人間たちを殺した殺人鬼である。

そして、彼の者は当時のニグレッリ公爵の兄にあたる人物だった。

そして、マーレの。


「当時、公爵の兄君は最愛の妻を亡くして以降、錯乱(さくらん)した結果、弟である貴方の父君が公爵位を継いでいた。」


「ああ、伯父は錯乱の末に人間を生贄(いけにえ)に使用してまで最愛の妻を(よみが)らせようとしてたらしいぜ。」


そんなこと、出来る訳がないのに。

ルシアもつい(のど)に詰まらせたそんな言葉がマーレの喉にも引っ掛かっているのが見て取れた。


「それで、伯父は人を攫い、終いには俺にとって大事な友であり、弟分一号でもあったあいつを攫って、それでも、達成出来なかったことに焦り、ニグレッリ公爵家へ押し掛けて片っ端から殺して回ったという訳だ。まぁ、それでもなんも得られるものはなかった訳だが。」


「...そうね。」


その惨劇の日、マーレは屋敷に居たという。

伯父から逃げながら、彼は母によって隠し通路へと押し込まれた。

しかしながら、殺人鬼である伯父にとっても、その屋敷は幼少期過ごした家なのだ。

そこへ逃げたことがバレてしまうのは時間の問題だった。


だから、彼の母はマーレだけを通路へ押し入れ、その入り口の仕掛けを壊し、また扉の前に使用人たちと共に横にあった重い本棚を倒して、(ふさ)いだのだという。

マーレは逃げろという母に反論を返しながら、もう開きようのない扉に(すが)り付いた。


その時、俺の顔は涙に濡れ、恐怖に怯えぐちゃぐちゃでそれは酷いもんだっただろう、とマーレは言う。

それに気を向ける余裕すらもなかったのだと。

だが、それが当時10歳だった少年により大きな絶望を叩きつける結果となったのである。


マーレの母は彼が扉を挟んだすぐそこで殺された。

少年はその光景を(わず)かに開いていた覗き見の穴から、その音を扉越しに聞いた。


「暫く、俺は動けなかった。頭は真っ白で、直前まではっきりと感じていたはずの恐怖すらも残ってなかった。それが、逆に俺の命を救ったんだ。伯父にもう既に逃げられたと思われたから出口に先回りされずに逃げ出せたんだ。」


茫然自失の少年は確かにあの日、覗き穴をあちらから覗く狂気の瞳を見たという。

しかしながら、奇跡的にも少年の立つ位置は死角だった。

もし、言われた通りに逃げて居れば、母の悲鳴に逃げていれば、過呼吸にでも(おちい)っていれば、空洞(くうどう)に響く足音が、息が、声が、まだ彼が隠し通路を抜けていないことを殺人鬼に伝えていたことだろう。

母の死を目の当たりにしたからこそ生き(なが)らえた、それはどんな悲劇だろう。


息が出来なかった。

その瞳が去って、時間が経って眩暈(めまい)が視界を支配したことでやっと少年は自分の息が止まっていることに気付いた。

気が付けば、過呼吸のように苦しい息にを吐いては吸って()せた。

まるで水の中に居るかのようにこんなに上手く息が出来ないのは初めてだった。


「そこからは、下町で死んだも同然に生きた。それから1年が経って、少しだけその生活に慣れてきた頃にエディを庇って火傷を負い、影武者が出来なくなったことで家に勘当されたエルネストに偶然再会した。あれは本当に偶然だった。


まぁ、そこからは色々あったが結果として俺は前を向くことにした。どんどんと仲間を増やしていって海に出て、今に至るって訳だ。」


「......そう。」


複雑だろうと思ってはいても、あまりにも悲惨な過去が出てきたことに何と言って良いのか分からずにルシアはそれだけを返した。


「...まぁ、だからって訳じゃねぇけど。エディにまで危ない目にはあって欲しくは、ない。......その為にお嬢ちゃんと組むのが最善って言うなら手ぐらい組んでやるよ。」


マーレの言葉にエルネストも(うなず)いている。

彼らのエドゥアルドを思う気持ちは痛いほどルシアの胸を突き刺した。


「......ええ、そうね。また、アクィラが恐怖に染まってしまう前に。そしてエディ様を助ける為にも。」


この戦争を終わらせよう。

手を取り合って。

そう、ルシアは真っ直ぐで未来を見つめる瞳をマーレに向けながら言ったのだった。


これが、戦争終戦への大きな足掛かりの始まりだったことを、ルシアたちはまだ知らない。


マーレとエルネストの過去話でした。

なんだか、初期よりずっと重々しいことに...。

正直、これで良いのか...。


次回からはまた明るめに戻っていくはずです、多分。

カリストの出番はもう少しかかりそうです。

ちょっと会話回ばかり続くかも。

ご了承ください。


コメント、ブックマーク、評価、メッセージ、拍手、全てちゃんと目を通させてもらってます。

ありがとうございます、感謝でいっぱいです。

また、気軽にコメント等、いただけると嬉しいです。

これからも、応援よろしくお願い致します。


それでは、また次話投稿をお楽しみに!


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