239.そして、少女はその正体を暴く
「...はぁ?それがどうしたって?あんなの、街中や仲間内での諍いで勝手に身に着いたただの喧嘩術だ。体術なんて立派なもんでもなければ、完全に独学だぞ?」
マーレが意味が分からないといった表情でそう言った。
そして、それはミンジェもエルネストも同じようだった。
しかし、ルシアの言葉でまずはノックスが、続いてイオンとクストディオが何かに気付いたかのように顔を見合わせる。
「本当にそう?...いいえ、違うわね。確かに貴方のそれは独学でしょう。けれど、その基盤となっている動きは別。そちらは師事を仰いで身に付けたもののはずよ。」
「......。」
否とも是とも言わないマーレはルシアの思考を読み取ろうとしてか、食い入るような視線をルシアに向け、その表情は何処か探るようなものだった。
それを見た上でルシアは彼の背後の人物にピントを合わせた。
急に視線を向けられたエルネストは訝しげな表情でルシアを見返す。
「...もしかして、貴方もマーレとよく似た体術を使うのでは?」
「...ルシア、なんで。」
ルシアの問いにエルネストは眉一つ動かさなかった。
しかし、その答えはマーレの横のミンジェから齎される。
ミンジェも全てを口にした訳ではなかったが、その言葉と表情は充分にルシアへ答えをくれた。
「実はね、私、その基盤となっていると思しきものを一つだけ知っているの。それは従来の型ではなく、途中でアクィラ風に変わっていってしまっているものだからあまり知られてはいないようだけど。」
「...ほー?俺はてっきり、お嬢ちゃんはアクィラの出身じゃないと思ってたんだけどなぁ?」
「あら、私は正真正銘、アクィラの産まれではないし、住んでもいないわよ。今回は本当に避暑に来ていたの。」
じゃあ、なんで知ってんだよ。
そんな言葉が発せられてもいないのに正面から三つ感じられた。
...まぁ、避暑に関しては半分冗談半分事実といったところだろうか?
いや、春から滞在はしてるけども。
「...それは、元は貴族たちが身を守る為に習得する護身術。そして、それがアクィラという土地で独自の形態へと進化したもの。そして、今の変化し続けているもの。」
元々は過去の時代にどの国でも使われていたものだという。
それが時代を経て、各国独自の色を見せているのがこの護身術というものだった。
かく言う私も女とはいえ、王族籍なこともあり、イストリア風の初歩だけは知っていた。
まぁ、咄嗟に使えて、役に立つかは別として。
「...アクィラという地においてそれは身分の垣根が低いが故に、平民の喧嘩殺法の中にもその名残が見られたりすることもある。」
「......それが、どうしたってんだ?何も、俺も産まれたその日から海の上に居た訳じゃねーからな、知ってても可笑しくは。」
「貴方の場合、その名残が濃過ぎるのよ。」
マーレの語尾を掻き消して、ルシアは言い切った。
また、マーレがはあ?と声を上げる。
「貴方の場合、もし下町や港町の孤児だったとして。それにしては、型が残り過ぎているの。普通、人の手を介せば介すほど勝手に手が加わっていくもの。原型はどうしたって薄れていくもの。
けれど、貴方には原初のそれではなく、現在のアクィラの護身術に近いものがあった。...まぁ、もしかしたら、幼い貴方の傍に騎士崩れや兵役を退いた者が居たのかもしれないけれど。」
「...へぇ、あの爺さん、元騎士か兵士だったのかぁ。」
それは知らなかった、とマーレは嘯くように言った。
一周回って驚きを隠そうとしているようにも見えるそのマーレの声色は、結論に行き着いているルシアには白しいにもほどがある。
ルシアはじとーっとした目をマーレへと送る。
「...ねぇ、本当に私が、この程度の確証でこの話を始めたと思う?」
「いや、それはないでしょ。」
「貴方に言ってないわよ、イオン。」
マーレへのもう全て知ってるとでも言いたげのアピールとして放った言葉を、マーレではなく、何故か背後のイオンに打ち返されて、ルシアも間髪入れずにぐりん、と振り向いて、イオンを睨め付けた。
「あー、つい。いつもの癖で。すみません、お嬢。続きをどうぞ。」
悪怯れない様子にルシアは後日、ゆっくり話し合いしようか、というアイコンタクトを一方的に送り、正面へ向き、座り直す。
前を見れば、呆気に取られたマーレたちが視界に入り、緊張感も何も立ち消えてしまっている状況にルシアは一つ、咳払いをして場を整えた。
これも、後の話し合い内容に追加だわ、と理不尽にイオンへルシアは罪も追加した。
「...私は先程、言ったわね。これは国ごとに独自に進化し、変化をしていると。そして、それは今尚の話だということも。そして。」
そして、もう一つ。
もう一つのキーワード。
「そして、それは個人によってもということ。例え、それが僅かだったとしても、自己流の変化があるということ。」
そりゃ、誰だって個人差というものの下に自身の勝手に合った形へと変えていくものだ。
マーレのそれも、基盤以降を大幅に喧嘩殺法へと変化させた、自己流の最たるものと言えるだろう。
「確かに貴方のそれは貴方の独学で自己流で、基盤がどうであれ、それは変わりないのでしょう。ただね、変化は原型があってこそなの。貴方のそれにもちゃんと、元の形が残っているわ。」
「......。」
マーレは複雑そうな顔で自分の掌を見下ろしていた。
その目の先に映るのは護身術を師事していた頃の記憶だろうか?
「私はそれを貴方の動きの中で見た。けれど、それは正式な型というよりは貴方の師匠の癖ね。」
まぁ、そのお陰で判明したんだけど。
その癖と言える型が何処かの誰かと一緒だったから。
「...私の知り合いに同じ癖を持つ人が居るわ。尤も、そちらはアクィラのしっかりとした正式で最新鋭の護身術だけど。」
学びという面では最高な環境に居る人だからね。
ルシアは挑むような瞳を向けた。
皆まで言わずとも雄弁にルシアは全てを語ってみせた。
「......はぁ。まさか、巡り巡ってくるとは。」
「あら、もう反論は良いの?」
「...お前、分かってて言ってんだろ。それぐらいは分かるからな?」
長い息を吐いて溢したマーレの諦念の篭る言葉にルシアはからかうように言えば、少し幼さを残すぶっきらぼうな声が返ってきたのだった。
それにルシアはころころと音を立てて笑ったのだった。
「...さて、彼が貴方の兄弟子か、弟弟子かは知らないけれど。その兄弟弟子が今、ポルタ・ポルトに居る。危険な場所に。彼は私の知人でもあるのよ。」
「......俺にとっては弟みたいなもんだったよ。エルネストと二人。」
懐かしむようにマーレが溢した。
ルシアはそんな彼へと手を差し出す。
マーレは困惑の視線をルシアに向けた。
過去、何があって道が分かたれたかは分からない。
けれど、海賊という最も遠いと言っても過言ではないところまでの道程がそう易々としたものではないだろうとは想像出来る。
それでも、マーレが気にかけているのは今までルシアが提示してきた証拠たちが語っていた。
このアクィラの地で二番目に尊い、二つの青を持つ知人の幼き頃の姿が目に浮かぶ。
そして、想像ではあるがその傍に居ただろうマーレとエルネストの姿も。
「その弟分が、――エディ様が厄介な男に付け狙われてるわ。今、陸地で好き放題してくれているある男に。」
「...!」
ルシアの言葉にマーレがまた勢い余ったように立ち上がる。
その瞳に見えるのは焦燥、心配、激情。
それをルシアは追いかけるように見上げて見返す。
「そう、話の途中だったし、エディ様のことで貴方に伝えなかった話もある。けれど、何度か貴方にその存在は伝えてきたわね。」
「......。」
マーレが息を呑んだ。
思い当たるのはルシアの口から紡がれたヘアンとは別の、マーレたちも警戒していた第三の勢力。
「戦争の裏で暗躍している悪魔のような男。」
その気味の悪さは一級品。
「もう包み隠さずに私の情報をあげる。その代わりに。」
諸事情により、省いた情報も対価としては大き過ぎて伝えなかったことも、そして、ただ戦争を回避するには必要ないと外したことも、全て。
「貴方が本当に弟分を少しでも助けたいと、終戦へと動いている理由の中に少しでも、その心が少しでもあるのだとしたら。」
ルシアも立ち上がり、それでも尚、見上げる形のマーレの瞳に視線を合わせて。
向けていた手をより前へ、より高く見せつけるように。
「私に協力してちょうだい。きっと、悪いようにはしないから。」
ルシアの瞳は意志の青い炎が宿る。
その熱に浮かされるかのように、マーレはそれがたった15歳の少女の手だということも忘れたように、ただただ差し出されたその手を掴んだのだった。
タイトルとは違って、本編中にマーレの正体がはっきり明言されてなかった(汗)
落とし所が難しい...。
最近、気温が上がってきて暑くなってきました。
まーた、ばてる時期がきたよ、もう。
そうでなくとも、季節の変わり目は体調崩しやすいので皆様もお気を付けて。
外出自粛期間も含めて、そういや前に散髪してから2カ月近く経ったことに気がつく作者。
まあ、ツーブロックにしてたので、そう煩わしくはないんですが。
問題は色だよなぁ、と。
私は割と明るめの髪色なので、根元の黒が...いや、グラデーションになってて違和感がある訳ではないんですけど。
必須ではない事柄の分、その辺りはこの時勢で仕方はないんだけど、まあ、と思う日々です。
変則的は状況にも慣れてきた頃合いではありますが、そろそろ通常に戻ってほしいですね。
さて、作者のくだらない日常話はこの辺にしまして。
それでは、また次回の投稿をお楽しみに!




