237.そして、彼女は彼らの目的を知る(後編)
「では、マーレ船長。」
「......なんだ?」
改まったルシアの言葉に警戒するようにマーレは間を置いて返事した。
ルシアは青の瞳を、その奥の深淵を覗くように見据える。
「貴方は今、陸地に決して近付かない航路を取っているわ。一体、それはどうしてかしら?」
「...そんなの戦場なんざに巻き込まれたくないからに決まってるだろ。」
警戒心を残したままだが、マーレは素直に返答した。
そもそも、そう言わせるようなルシアの前以ての言葉たちは全て尤もな理由となるものばかりだった。
しかし、ルシアは可笑しそうに笑う。
可憐な少女の笑みと言っても差し支えないそれは、この張り詰めたような場では異様であって、何よりその空気を作り出した本人である、マーレは眉根を寄せて顔を顰めた。
「あら、それなら可笑しいことね?確かにここ数日、この船は陸地の影すら見えないほどの一定の距離を取り続けている。それは間違いないわ。お陰で小舟でも陸地に向かうのは骨が折れると思っていたもの。」
「それの何が可笑しい?」
ころころと鈴の音転がすような声に、いよいよマーレが不機嫌そうな表情を隠さずに無愛想な返事をすれば、ルシアはますます口元を吊り上げた。
「可笑しいわ。もし、この航路が戦場を避けてということなら、どうして私たちを拾うことが出来たの?私たちが漂っていたのはその一定距離よりも内側。どうして、あの時、この船はあの地点に居たのかしら。」
「......食糧や燃料の補給の為だ。暫く、陸地に近付けねぇと踏んだから、あの日は買溜めする為に寄港してた。」
マーレが低い声で理由を口にする。
それは確かに真面な理由。
けれど、ルシアは笑みを収めない。
「あら、そうだったの?あの日は既にポルタ・ポルトは住人が逃げ出し、寂寥としていたというのに?仮に別の港街へ寄っていたのだとしましょう。それだって、戦場を厭うなら既に沖へ出ていたはずよ。」
ルシアはそれでは不充分だと首を振る。
一つ一つ、否定を繰り返して、可能性が潰されていく。
「......それは火事場泥棒でもしようと思ってたんだよ。俺らは海賊だからな。人が居なくなっても、物は残ってんだろ?それをいただこうってな。」
「......そう。」
マーレが嘲笑を形作って、また理由を紡ぐ。
その言葉にルシアは一つ息を吐いた。
そして、テーブルの上に用意してもらった水に口を付ける。
そこには諦めなどは見えない。
ゆっくりと喉を整える、長期を見越した余裕があった。
余裕なく不機嫌を見え隠れさせているマーレとは対照的だ。
「では、そういうことにしましょう。あの日、貴方は食糧調達にあの場所に居た。」
「...ああ。」
あっさりと認めたルシアに警戒いっぱいにマーレが頷く。
けれど、その顔はこれで終わったとは全く思っていない、そんな顔だった。
目覚めてすぐ、様子を見に行ったその先でルシアに交渉を吹っ掛けられたことをマーレは俄かに思い出す。
「だったら、やっぱり可笑しいわ。だって、あの周辺にこの船が船舶出来る入り江や寄せられる陸地はない。加えて唯一、漕ぎ着けられる小舟は大破寸前。」
「......。」
マーレが押し黙る。
そこにあるのは反論を許さないほど完璧に埋められていく否定の言葉だけ。
「最も近場で船が寄れるのは二ヵ所。一つはヘアンの大軍が占拠するポルタ・ポルトの港。そして、もう一つが南西部の入り江。」
他は崖だったり、暗礁が多く、近付けやしない。
「では何故、あの日。貴方は、貴方の船はあの場に居た?彼処はポルタ・ポルトの南東にあたる。決して、居るはずのない場所。」
もう誰も口を挟まない。
ルシア一人の独壇場。
「戦争を厭い、徹底して一定距離以上を近付かない航路。そんな中で唯一の例外。」
それがあの日だった。
勿論、そこにルシアたちが居合わせ、拾われたのは偶然だっただろう。
イオンじゃないけど、本当に悪運が良いことだ。
ただ、あの日にマーレが明確な目的あってあの地点に居たのは間違いでは、ない。
「...貴方は交渉の対価として、この戦争の情報を欲しがった。言い出したのは私だけれど、こんな小娘の話でも欲しいと交渉を成立させたのは貴方。」
それは効率良くこの戦争を避ける為?
いいや、違う。
本当に避けるつもりなら、いくら縄張りだと認識していてもこの地を彼らは離れていくだろう。
だって、彼らは何ものにも縛られない。
海を生きる海賊だ。
それでも、彼らは、いや、マーレは一定距離を近付かないのにこの地を離れない。
ずっと、居るのはアクィラの海の上。
ルシアは確信の青の炎を滾らせて、ぐいっとテーブルを乗り出した。
マーレが僅かに身を後方に傾ける。
「貴方はあの日、陸地の様子を観察していた。敵に見つからないように。若しくは見つかっても攻めようのない崖の傍で。」
それは戦争の行方を見る為に?
逃げるでもなく、熱りが冷めるのを待つでもなく?
いいや、答えはきっと一つだけ。
「マーレ、貴方の目的はこの戦争を止めること。」
ルシアは射貫くような、射手を思わせるような鋭さを持つ瞳を真っ直ぐに向けて、目の前に座る青年に断言し切ったのだった。
すみません、0時は無理でした。
ここ数日はパソコン作業ついでに執筆していたので、今日はそのパソコンが手元になく、久しぶりに携帯入力に手子摺るという...。
加えて過去一番で長い話になり、結局、三分割になりました。
あ、一応、今日で今作品の初投稿から祝7ヵ月です。
そんな日にこれだよ、全く。
酒飲むもんじゃないな、ほんとに。
ともあれ、今までお付き合いしてくださった皆様、本当に感謝しております。
これからも応援よろしくお願いいたします。
ちょっと、いつもよりルシアがイキイキしていたかも。
多分、ゲス顔とは言わずとも悪役令嬢さながらの表情なんだろうなぁ、と想像出来てしまいました。
海賊相手にどっちが悪者なんだか分からないよ、ルシア。
と、いう訳で作者主観の感想はさておき。
昨日の後書き読んでコメントくださった方、ありがとうございます。
とっても楽しく読ませていただきました、本当にありがとう。
他の方も気軽に感想をいただけると嬉しいです。
作者の励みになります(笑)
それでは、次回の投稿をお楽しみに!




