236.そして、彼女は彼らの目的を知る(中編)
「......。」
「いやぁ、急にそっちのガキに首根っこ掴まれた時は驚いたわ。」
にこにこ、と微笑むルシアに相対して座るマーレ。
ここは例の奥の部屋で、居るのは昨日と変わらないメンツ。
「......。」
「ああ、それと。そっちの兄ちゃんたちもなかなか強かったなぁ。うちの奴らをまぁ、数瞬で沈め切るとは。お陰で暫く船を動かせなかった訳だがな。」
うちの奴ら、喧嘩は弱くねぇはずなんだけどなぁ。
マーレは頭を掻きながら、イオンとノックスを見上げて、そう溢した。
向かいではルシアが微笑む。
一見、穏やかなこの部屋での状況は、入室時からただただ、微笑み続けるルシアによって、微妙な空気が流れていた。
「......なぁ、確かに約束しといて、すっぽかしたのは悪かったけどよ?元々、正確な時間を決めてた訳じゃないし、あの騒動は止めに入らない訳にもいかなかった訳だしさ?
ここは一つ、しょうがねぇってことで、なぁ?」
そろそろ機嫌直して、話し合いを再開しようや。
マーレは僅かに眉を下げて、テーブルに組んだ手を乗せる。
しかし、マーレの言いたかった最後の言葉は微笑みを強めたルシアによって封殺されたのである。
ルシアの命令に護衛たちが即座に事態の鎮静化を遂行して数分。
マーレはクストディオが引っ張り出して、騒動の中心から引き摺り出された後。
容赦なくその状態のまま、部屋へ連れていけと指示したルシアの怖い微笑みに誰も口を挟めることなく、こうして奥の部屋へ集合することとなった。
「...話をしましょう。」
「お!?お、おう!」
改めて笑みを作ったルシアがようやっと口を開いたことで、笑み一つで黙らせられたマーレが跳ねるように頬杖を崩して返事した。
その横でミンジェがルシアとマーレの双方を交互に見つめ、最後にイオンへ視線を向ける。
視線を向けられたイオンは死んだような目で首を振って否定を示す。
ミンジェは他二人にも視線を向けるが、色好い反応は返っては来なかった。
エルネストはその様子を傍観するように、一歩下がった位置に立っていた。
さて、この場の全員がはっきりと感じ取っているルシアの怒りにも近い強い激情。
当の本人はそれを分かっているのか、分かっていないのか、普段より分かりやすい笑みを浮かべている。
「あーっと、何からだったか...。」
ただの小娘の覇気に圧されていたマーレが、どぎまぎしながらも話を進めようと口火を切った。
けれど、ルシアが手をまるで静かに、とでも言うかのようにマーレの口元に突き出したことで言葉を止めて、マーレは訝しげに首を傾げた。
「話は話だけれど、その話じゃないわ。」
「は?」
首をゆっくりと横に振るルシアに意味が分からずマーレが困惑の声を上げた。
「私が今、したいのは情報提供ではないの。私がしたいのは──。」
ルシアはマーレに突き出した指先を僅かにずらす。
指した先は変わらずマーレだが、今度は何かを指し示すようにその指が向けられる。
「マーレ。貴方の、貴方についての話。そして、私からの一つの提案。」
そう言って、ルシアはにっこりと口角を吊り上げた。
ーーーーー
「......俺の話?俺について何か、話すことがあったか?」
「あるわ、充分に。」
は、と笑い出しそうにマーレが片眉を上げる。
しかし、ルシアは嘲るようなマーレの笑みにも動じずに即答を返した。
「そうね。これは全て私の予測だから、全て正しいとは言わないわ。けれど、まずは順序立てて話しましょう。ただ決して、話し終わるまでは誰も、反論をしないでちょうだいね。」
語気を強め、ルシアはしっかりと忠告を入れて語り始めたのだった。
「まずは私たちの出会いから話しましょう。」
「出会い?」
マーレがますます分からなくなったと言った表情で呟いた。
ルシアがマーレへ向けて目を細める。
「何だよ、質問くらいは良いだろ?」
「...まぁ、良いわ。そう、私たちの出会い。海を漂流する私たちをたまたま近くを航海していた貴方が拾った。」
「ああ、そうだな。」
マーレがあっけらかんと言い返すのをルシアは嘆息にて、許可を出した。
そして、続けて語り出した。
その内容はここの誰もが知る内容であった。
マーレは首肯を返しながらもそれがどうした、という目でルシアを見た。
「私たちの拾われた場所を私は正確には覚えていないのだけれど、いくら波に流されたとしても、陸地からかなり離されていた訳ではないと思うの。」
「...まぁ、そうですね。決して、近くもなかったですけど。」
今度は背後で思い出すようにイオンが呟く。
そう、近くもなかったが遠くもなかった。
骨が折れるが泳ぎ切れる距離ではあったはずだ。
「さて、現在。アクィラでは戦争が起こり、近隣の陸地は既に戦場と化しているわ。少なくとも、私たちを拾った地点から一番近かった陸地は間違いなく。」
これもまた、理解する人間は理解している事柄。
ルシアの言葉はまるで確認作業か何かのようだ。




