229.海賊船長と不思議な少年海賊(後編)
「...よろしくね。」
ルシアは笑みを張り付けて返事を返した。
少年は頷き、抱えていたお盆を机に置いた。
その際に笑顔ではい、と答えた姿はただの少年だ。
自分とそう歳の変わらない。
見た目はピオのように柔らかく可愛らしい雰囲気をしている。
でも何処か、含みのある少年。
そこまで考えてルシアはまあ、少年と言えども海賊なのだ、無垢ではやっていけないと考えを打ち消した。
ルシアはもう一度、少年を観察しようと視線を向ける。
すると、視線に気付いた少年が丁度コップに注ぎ終わった水をルシアに差し出しながら口を開く。
「はい、どうぞ。あと、僕に何かありましたか?」
「...いいえ?ありがとう。」
ルシアは微笑んで首を横に振り、水を受け取る。
少年はそうですか?と首を傾げたが、すぐに表情を戻して残りのコップにも水を注ぎ始めた。
「ああ、そうだわ。貴方の名前は?」
「ああ、ごめんなさい。僕はミンジェと言います。」
「そう、ミンジェね。マーレから若い人ばかりだと聞いていたけれどまさか同い年くらいの子が居るとは思わなかったから。」
だから、少し気になって見ていたのだ、と先程の視線を不自然に思われないようにルシアは言った。
ルシアの言葉にミンジェがちょっぴり意地悪そうに、可笑しそうに笑みを溢した。
「あはは、確かに僕が最年少ですけどね。でも、僕はこれでも19歳なので。貴女よりは年上なんじゃないかなー?」
「え!?」
そうして、笑ったミンジェの暴露にルシアは目を丸くした。
見れば、視界の端で護衛たちも目を見張っている。
いや、それにしても19歳...。
私じゃなくて王子と一緒。
ルシアはミンジェをまじまじを見つめる。
ミンジェはその視線を擽ったそうに笑った。
ミンジェもマーレたは違う意味でよく笑う。
「とっても、童顔なんです僕。」
「ええ、そうね...吃驚したわ。」
「でしょ?」
よく言われ慣れていると分かる笑んでの返答にルシアもつられて力なく笑った。
何だか、一緒に居ると気の抜ける人だ。
「それで、お嬢さんは?何て呼んだら良いの?」
「......ルシアよ。」
ルシアは長考の後に素直に本名を口にした。
偽名を考えないでもなかったが、アクィラでルシアの正体が分かる人間など一握り。
それが、海賊船の上ともなると間違いなく0だ。
バレる心配がないのなら本名を名乗った方が、何かの拍子に人づてに伝わった時に、王子やエドゥアルドと合流しやすい。
...まぁ、一握りの中に一部、厄介なのが混ざってはいるけれど、それも誘き寄せられると考えれば、悪くはない。
危険は危険だけど、護衛たちが居れば倒せずとも戦線離脱は可能だろうし。
と、いう複合的に見てメリットが大きいかと判断したルシアは本名を名乗ったのだった。
続くように視線を向けられた護衛たちが短く名乗っていく。
「へぇ、ルシア。ルシアね。てっきり、ポルタ・ポルトの子かと思ったんだけど、余所の国から避暑にでも来てたの?」
「...ええ、そんなところよ。」
名前、アクィラ風の響きじゃないね、と続けたミンジェに、後々のボロが出る可能性も考えて、ルシアは曖昧に頷いた。
そりゃ、イストリアの人間だからね!
「...あら。でも、貴方だって変わった名前。元々は他国の出身なの?」
「はは、変わった名前ならマーレさん以上に変わった名前の人なんて居ないよ。」
ルシアはふと、ミンジェという名前もアクィラの響きではないと思い至って尋ね返す。
言われた側のミンジェは一瞬、きょとんとした顔を見せたかと思うと、可笑しそうに笑いながらマーレの名前を口にした。
「...まぁ、『海』なんてそのまま名前を付けないわよね。せめて...。」
「はは、アクィラなら『海の男』辺りが妥当かなー。」
「ええ。」
そう、普通はマリーノ辺りなんだよなー。
マーレなんて単語そのままの名前はまず聞かない。
偽名か?
そうルシアが眉を顰めているところに、ミンジェからマーレは孤児だから名前が無くて自分で適当に付けたのだと昔言っていたと聞いて、納得した。
多分、子供の時に渾名の感覚で付けたのだろうな、とルシアは思い浮かべた。
「あ、そう言えば、ルシアは直近の陸に向かいたくてマーレさんに小舟を治してもらってるって聞いたけど。」
「そうだけど、それが?」
急に話を変えたミンジェにルシアは首を傾げた。
ミンジェは水の入ったコップを捌きながら口を開く。
「いやね。ここからすぐ近くの陸って今、すっごく危ないと思うんだけど、なんで戻りたいの?
ルシアはマーレさんが海を漂っているところを拾ったって言ってたけど、それって何かから逃げて海に飛び込んだんじゃないの?」
「......。」
ミンジェの言葉は核心を突いていた。
そう、それは事実だ。
無邪気そうな質問に見えてその実、探りを入れられているかのような質問だとルシアは思った。
弓張月の如く銀に輝く瞳が返答を待っている。
「海には落ちたの。馬車が大きく傾いで放り出されちゃって。家族が陸に居るわ、戻らないと。」
「あ、そうだったんだ。それは早く戻らないとね。」
心配してるだろうね、というミンジェに頷いた。
別に全て嘘じゃない。
馬車から転げ出たのも、家族が陸に、戦場に、居るのも。
まぁ、馬車からそのまま海には落ちていないし、飛び込んだは正解だけども。
「そっか、なら余計に急かさないとね。僕がせっついて来て上げるよ。ちょっと、窮屈かと思うけど、部屋に居てね。」
いつの間にか、お盆を抱え直したミンジェがそう言った。
そして、呼び止める暇もなく朗らかに笑って部屋を出ていってしまった。
急に静かになったように感じられる部屋の中でルシアは肩から力を抜いた。
そこで初めて肩に力が入っていたのだと気付く。
「...鋭いんだか、純粋なんだか。」
「...さぁ、どうでしょうね。」
ぽつりとノックスが呟いた。
ルシアは曖昧に返答する。
「......マーレもそうだけれど、あれほど内心が読みにくくなければ、海賊業はやってられないってことかしらね。」
少なくとも、ただ素直な人間には思えないけれど。
ルシアはそんな気持ちを込めてそう呟いた。
マーレもミンジェも考えがいまいち読めない。
やりにくいなー。
「......。」
ルシアは机の上に頬杖を突く。
目を閉じれば、波を泳いで進む船の脈動がゆったりとルシアを揺らす。
......出身の話は何処かなんて聞き返されると面倒だから、そのまま流したけれど、明らかにはぐらかされた。
何かあるのだろうか...?
ルシアは暫く揺られるままに身を委ねて、考えねばならないことを考える為、戦争の、その現状を生き抜く為の対策を練る為に思考の世界に浸ったのだった。
お待たせしました、後編です。
それでは引き続きお楽しみください。
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待ってます。




